第38話 縁と試練
「…」
脚元に落ちてくるのは、小鳥の死体だ。首元についた傷跡は鋭利で、血が止めどなく流れて出ていく。
「ウインド・スラッシュ!」
隣にいる少年の指から、緑色の風が放たれた。弧を描きながら飛ぶ風は、飛び交う小鳥の首に、正確に命中する。
「これぐらいでどうでしょうか」
八羽の小鳥の死骸を集めた彼は、俺に和やかに目線を向けてきた。
「…」
「ザラ様?」
「…あー、うん。ありがとう、もういいかな」
「はっ。では早速キャンプの支度をします」
「あー、そう。うん」
「何か予定でもお有りですか?」
「いや、無いよ。ただキャンプのやり方知ってるんだって」
「ダーラ様とザラ様の会話を聞いていたものですから」
この少年と出会った時、俺は本当に戸惑っていた。少年は年頃は俺の四つか五つほど下なのだ。そんな年頃の知り合いはいない、前世にもザラとしても。
何より美少年なのだ。緑色の髪の下にある目は丁度いい大きさで、力強い。端正な鼻や口元も相待って、何処かの王子かと思える。
こうなれば、記憶には全く心当たりがない。
「ザラ様?」
「はい!」
「ごめんだけど、人違いでは?」
「いいえ、貴方はダンド村のザラ様。僕がお仕えする方です!」
「いや、知らない知らない。君が誰かも分からないし」
「はっ!」
少年は慌てて跪く。俺も慌ててしまうが、頭を下げる彼は全く気がついてくれなかった。
「改めて名乗らせてもらいます。僕はラキと申します。ザラ様の使い魔として召喚されたトラナー・スパイダーです」
丁寧に名乗ってくれたラキが、おずおずと顔を上げる。だが俺の顔を見て、首を傾げてしまった。
「あの、ザラ様?」
「うん。あー、ラキ、くん?」
「はい」
「ごめん、全然わからない」
「なるほどね。『進化召喚』か。聞いた事無いな」
「僕も今回初めて聞きました」
「使い魔を召喚する際に、高位の存在へと進化せさる…」
「あの巻物には、『進化召喚』の呪文と魔法陣が書かれていたのでしょう」
「それを師範がね」
「ダーラ様は過去の実績が目覚ましい、とお聞きしております。かつての戦利品なのではないでしょうか」
「高そうだもんな」
「高そうも何も、『進化召喚』は神話の類です。一国の全財産を使っても飽き足らない、遺物中の遺物ですよ」
そんな物を託してくれたのか。師範も人が良い。
「僕が呼ばれたのは、やはりザラ様との関連が強い生物だからだと思われます」
「気にしてなかったけど。まぁ、言われたら君だよね」
ラキ、もといトラナー・スパイダーとは今回初めて会った訳じゃない。
両親とヤム婆の死体と再会した後、俺はビヨットを真剣に練習し始めた。練習の一環で怪我を直したのが、ラキなのだ。
「ちょくちょく来てたのは覚えている」
「ザラ様のビヨットが精錬されるにつれ、近くにいるだけで活力が湧いてくるようになりました」
「終練の洞窟の効果もあるだろうね。外に出てからはあの頃みたいに、動物は寄ってこないし」
洞窟を出る直前の頃には、側にはいつも何かしらの生き物がいた。彼等も召喚の対象だったのかもしれないが、ラキが適任と判断されたそうだ。
「でも何で今来た?」
「はっ。召喚に応じ進化したはいいものの、何故かザラ様とは離れた場所に運ばれてしまったのです」
「じゃあ俺を探しに?」
「ザラ様のビヨットは幸い、感知できました。方角と距離は把握できたので、二日前の夜にはお近くまで」
「村に来ていたのか」
「ええ。ですがザラ様のお近くに強大な力を感知し、迂闊に近づけば危ないと思いまして」
「審査官の護衛だね」
ダンド村の行き方を教えてくれたロズ審査官は、魔獣から取り出せる硬貨の観察と、集約魔法の付与が仕事だ。どちらも大陸経済に深く関わる仕事だから、口外は愚か盗み見も厳禁である。
実はロズ審査官の側では、常に護衛が付き添っていたのだ。あまりに自然にいるから、俺も気がつくのに数日を要した。
「あれは強いものな」
「はい。近づくだけで危険だと直感しまして、対象が離れる時を伺っておりました」
その場の石ころと変わらないほどに周囲に溶け込みつつ、一瞬たりとも気を抜かない精神力。大剣や大槍を軽々と扱う技量。
俺では手も足も出ない実力者だ。ラキが恐れるのも当たり前だろう。
「それでこのタイミングなんだな」
「はい。遅くなりまして、申し訳ありません」
「いやいや、来てくれてありがとうな。俺正直召喚は失敗してと思って、諦めていたから」
布袋から『進化召喚』の巻物を入れた箱を取り出し、中身を開ける。広げた巻物は煤汚れ、文字も判別が難しかった。
「召喚が成功したのはいいけどさ。何で近くに召喚されなかったんだろう」
「ザラ様に心当たりは」
「師範から魔法については教わってないんだよ。基本的な知識は教えてもらったけど、運用方法とかはさ。俺魔力無いし」
「そうでしたか… お借りしてもよろしいですか」
「いいけど…分かる?」
「ええ。進化の際、魔法の知識も付与されています。召喚魔法についても、基礎知識は」
「じゃあお願いしようか」
渡した巻物を丁寧に扱うラキは、注意深く目を通していく。そんなに丁寧に扱わなくてもいいと思うが、彼がやりたいようだ。
巻物の中心部に描かれた魔法陣を手でなぞる彼は、ふと手を止める。
「ザラ様。魔法陣の設定はザラ様ご本人が?」
「まさか。師範だよ」
「はっ。そうですか…」
「何かあった?」
「召喚地点の設定がされておりません。これではランダムに召喚されてしまいます」
えー…
「もしかして空白の部分か」
「はい。ここだけ煤の下からインクが出てきませんでした。元から何も書かれてはおりません」
「そっかー。やっぱ書かなきゃ駄目だったか」
師範も全部はやらないでいた。俺にこれぐらい察しよ、という試練だったのかもしれない。
「聞いときゃ良かったな。使う機会がないと思っていたから、あー…」
「そうでしたか…」
「系統魔法については結構詳しく談義したんだけど、召喚魔法とかは…」
「確かに使用する術者は少ないですからね」
「そっかー」
(本当にピンポイントの試練を与えてくるなぁ)
師範が出す試練に頭を痛めながら、俺は人生で初めての、使い魔を召喚できた。彼は俺の心強い味方になるだろう。
第38話の閲覧ありがとうございました。
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