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第7話 恐るべき生体兵器

 ムラーク島3日目。

 アンカーの街の一角には主に観光客を客層とする露店の立ち並ぶエリアがある。

 今日のウィリアムたちはそのマーケットに来ていた。

 カラフルな生地や板を屋根壁とする露店が遠くまで続いている。

 人通りも多く盛況だ。


「どれも美味しそうだね~」


 パルテリースは専ら食べ物を売る露店にばかり目を奪われているようだ。

 ウィリアムも何か土産になるものはないかと辺りを見回していると……。

 木彫りの面の並ぶ露店が目に入った。

 目鼻口の強調されたデザインのいかにも南国風といった面が並んでいる。

 それを順に眺めていると……最後に1つだけ木製ではない、生地の……面と言うか覆面が。


「お客さんお目が高いねえ。それはね、あの有名な『10・15武術館決戦』の時にヒデ・イシカワが被っていたマスクで……」

「失礼する!!!」


 店主の説明が続くが残像が残るほどの高速で離脱するウィリアム。


(危ない!! レスラーは本当にどこに潜んでいるかわからんな)


 冷や汗を拭うウィリアム。

 何かとレスラーと関わることが多いのがウィリアムという男だった。

 レスラーに好かれやすい体質をしているというか……。

 そんな彼に後ろからトウガが抑えた声で話しかけてくる。


「先生……」

「ああ」


 肯くウィリアム。

 彼の言いたいことは察している。

 ……先ほどから自分たちの後をつけてくる者の気配がある。

 フードを目深に被ったベージュのマント姿の小柄な何者か……。

 それが市に入る前からウィリアムたちをずっとつけている。


「!!」


 その追跡者の前でウィリアムたちは急に早足になった。

 小柄な影が慌ててその後を追う。

 そして曲がり角を曲がったウィリアムを追ったマントの者であったが……。


「……!?」


 曲がり角を曲がった先の人ごみの中にウィリアムたちはいなかった。

 ひと際目立つ大柄なトウガが一行の中にいるのだから見落とすはずがない。


(どこに……!!??)


 焦って周囲を見回す小柄なマント姿。

 その背後にヌッと大きな影が差す。


「がははは。追いかけっこはここまでだぜ」

「う、うわっ!!??」


 襟首を掴まれて吊り上げられるマント。

 片手で持ち上げているのは勿論トウガだ。

 曲がり角を曲がったウィリアムらは即座に道に面した角の店舗の裏口に飛び込んだ。

 そして店内を経由し曲がり角を曲がる前の道路に面した正面の出入り口から出て追跡者の背後に回り込んだというわけだ。


「は、離せッ!! 人間めッッ!!」

「ほぉ~? じゃそういうそっちはどこのどちら様だ?」


 吊り上げられたままジタバタと暴れるのでフードが外れる。

 銀色のクセッ毛の髪に顔が見えるようになった。


「やはりな」


 ウィリアムが呟く。

 外気に晒されたのは尖った長い耳。

 追跡者の正体は小柄なエルフの少女だった。


 ────────────────


 マーケットの騒ぎの後でウィリアムはトウガとエルフの少女を連れてホテルに戻ってきた。

 パルテリースはまだ色々食べたいものがあるというのでとりあえず置いてきた。

 人に聞かれたくない話をするのならここが最善だ。

 エルフの少女は渋々と言った感じで付いてきた。


 まずはウィリアムたちが自己紹介を済ませる。


「……我の名はエルザだ」


 硬い表情で名乗る少女。

 健康的に日焼けしており部族的(トライバル)な装束に身を包んでいる。この辺はあのジャングルのエルフたちに共通する特徴だ。


「それで、私に何か話があるのかな。森の事だと思うのだが」


 相手をなるべく警戒させないように穏やかに話しかけるウィリアム。

 エルザはそれでもしばしの間悩んでいるようだったが……。


「本当にお前たちは侵略者をどうにかしてくれるのか?」


 やがて意を決したようにそう言った。


「我らはもう限界なのだ。お前たちの言う通り森は随分奪われてしまったし大怪我をする一族の者も日に日に増えている。このままでは……」


 下を向いてきゅっと唇を嚙むエルザ。


「何とかできればいいとは考えている。しかし君たちが人間を拒絶している現状ではそれはとても難しい事だ。わかるかな」

「…………………………」


 一瞬辛そうに表情を歪め黙ってしまうエルザ。


「何故君たちはそこまで人間を拒絶するんだ?」

「それは……」


 エルザは逡巡する。


「全ては、女王様の御意思だ。女王様は以前人間に裏切られて今でもそれを許していないのだ」

「人間に? 何があった?」


 ウィリアムが問うとエルザは首を横に振る。


「わからぬ。我はまだ100歳そこそこの若輩だ。我の生まれる200年以上前の話だと聞いている」


(うちのひい婆ちゃんより年上なのかよ……)


 腕を組んで黙って聞いていたトウガは思った。


「件の何事かは300年以上前の出来事という事か。ここの住人たちの入植は二百数十年前、ここで調べても何もわからないだろうな」


 入植の時には既に女王の人間不信モードは完成していたという事だろう。

 それはいきなり手酷く拒絶してくるはずだ、とウィリアムは思った。


「お前たち……!!」


 ぐわっとエルザが立ち上がった。

 決意を秘めた強い光を宿した瞳で。


「女王様にお会いしてくれ! あの方を説き伏せるより他に方法はないのだ! あの方も本当はおわかりのはずだ。このままでは我々は森を追われてしまう!!」

「そりゃ構わんが。俺らが行って会ってくれるのか? 女王サマは」


 トウガの言葉にエルザが頷く。


「我が連れていく! 我は罰せられるだろうがそのような事はもう問題ではないのだ!」


 ウィリアムとトウガが顔を見合わせて肯きあった。


「……わかった。行こう。案内を頼む」


 ちょうどそこでドアが開いてパルテリースが戻ってきた。


「たっだいま~! お小遣い沢山使っちゃったよ~」


 両手に抱えきれんばかりの食べ物の山を抱えているパルテリース。


「ホラこれとかすっごい美味しいんだよ! 串刺しメロンのホイップ&チョコチップがけ! 食べてみて食べてみて」


 言うや否やパルテリースは自己紹介も済ませていないエルザの口にズボッと串刺しメロンを突っ込んだ。

 突然の事に目を白黒させていたエルザもやがて観念したのか口の中のものをもぐもぐと咀嚼し始めた。


「うう……美味い。人間……こんな物を……ずるい……うぅ」


 ぽろぽろと涙を零しながらもぐもぐしているエルザを食べ終わるまでにこにことパルテリースが眺めていた。


 ────────────────

 今出ればまだ陽のある内に彼らの集落に辿り着ける、というのでウィリアムたちは慌ただしく準備を済ませて宿を発った。

 あまり時間に余裕のある話ではなく急いだ方がいいと判断した故である。


 ルートは昨日の道行きに近い。

 渓流に沿って進み草原を抜けると森が見えてくる。


「……む」


 先頭のウィリアムが足を止めた。

 草原で何者かがこちらを待ち受けている。


「よおてめえら!! 1日ぶりだなぁ!!!」


 それはセルゲイだった。

 1人でポケットに手を突っ込んで草原で仁王立ちしているリーゼント。


「なんだお前? 昨日真っ青な顔して逃げてったと思ったらまた来たのかよ。お供のヘチマがいねえぞ? 愛想尽かされたか?」

「うるっせえ!! ヘチマじゃねえキュウリだ!!」


 トウガの挑発に唾を飛ばして応戦するセルゲイ。

 彼ははあはあと荒い息を吐きつつニヤリと不敵な笑みを見せる。


「キュウリじゃお前らの相手は務まらねえ事がよくわかったからよ。今日は()()()を連れてきてるぜ」

「……!!」


 何かが……巨大な赤い球体がセルゲイの後方からこちらに向かって高速で回転してバウンドしながら向かってくる。

 無言でトウガが一向の前にかばう様に両手を広げて立ち塞がった。


 ドゴッッッッ!!!!!!!!!


 球体を受け止めるトウガ。

 その瞬間大地が一瞬揺れる。


「うぐっ……ぐおおおおおお!!!!!」


 しかしその勢いを殺しきれず両足で地面に溝を掘りながらかなり後方までトウガは押し込まれた。

 球体はかなり弾力があるのか、回転が止まるとぷるんと震えて飛び上がりセルゲイの斜め後ろに落ちた。


「クックック、どうよ? 俺の新しい相棒はよ!!」


 勝ち誇るセルゲイの背後の球体……直径は2m近くあり赤く半透明で微妙に透けている。

 そしてその球体から四つ足のつもりなのか下部に申し訳程度の4つの突起が出てきて本体を支え、球体表面に丸い黒いつぶらな瞳が2つに口なのかωみたいなマークが浮かび上がり、耳っぽい三角の突起が上部に2つ生えてくる。


「なんかすっごいの出た」


 パルテリースが呟く。

 その何かをどうにか説明しようと試みるなら「赤い大きなマスコット調のかわいい猫の顔に4つ足が生えてるやつ」とでも言えばいいのだろうか?

 まんまるでぷるんぷるんしている。


「これこそがイクラと猫の戦闘力を併せ持つ合成獣(キメラ)!! その名もイクラネコよ!!!」


 拳を握って叫ぶセルゲイ。

 一行の間になんとも言えない空気が舞い降りる。


「……イクラの戦闘力って……なんだよ……」


 そしてセルゲイは肩を落とすとか細い声で呟いたのだった。






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