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第4話 さらばH・C・伊東

 表通りでのキュウリ騒ぎ(キュウリは何もしてないが)の後でウィリアムたちはレストランに戻ってきた。

 成り行きでコーヒーを飲みながらハイパーココナッツ伊東の話を聞くことになる。


(バカンスがどんどん遠ざかっていくな)


 内心でそう思うウィリアムだった。

 とはいえトウガが行かなければ自分が行くつもりだったのだし、事が終わって「いや関係ないです知りません」ともいかないだろうししょうがない。


「あいつは……セルゲイは元々は自分と同じこの街の青年団のメンバーだったんですが……」


 湯気の立つコーヒーカップを前に俯き気味の伊東。


「数年前にこの島にガイアードテクニクス社が進出してきまして、それからはそこの社長の手先になって色々とトラブルを起こすようになってしまいました」


 ガイアードテクニクスの名前はウィリアムも聞いた事があった。

 金属部品の加工を得意とするかなり勢いのある新興企業だったはずだ。


「それてスーパーパイナップル君と仲良くなくなっちゃったんだ~」

「ハイパーココナッツです……」


 パフェを食べながら相槌を打つパルテリースに訂正する伊東。


「それで、あの巨大なキュウリ?は何なのかな?」


 気になってしょうがない部分を訪ねるウィリアム。


「あれはですね、ガイアードの連中が使役している文字通りのキュウリで……。連中は今ジャングルを切り開いてどんどん工場を作ってるんですが、そこで先住のエルフたちと争いになってるんです。それで兵隊として持ち出してきたのがあのキュウリなんです」

「ジャングルを、ってエルフの土地を侵略しているっていうことか? それはまずいだろう」


 キュウリをどこから出したのかも気になるがそれよりもとんでもない話が出てきた。

 どれだけ力のある企業だろうと多種族への侵略行為が容認されるはずがない。

 伊東の話が事実だとすればとてつもない大問題である。


「そうなんです、まずいんですよ。ところが……ここの土地のエルフは何と言うか、他所とは違って非常に特殊でして、その事がこの問題をより複雑にしています」

「……特殊とは?」


 伊東の話はこうだ。

 200年以上前に自分たちの祖先がこの島に入植を開始した時、先住民であったエルフたちと交渉を試みたのだが手酷く拒絶された。森に入れば殺すとまで言ってきたらしい。

 以後何度となく接触は試みているものの今日に至るまで拒絶され続け一切の交渉ができずにいる。

 基本的にエルフたちは森からはほとんど出てこない為、自分たちも森へは近付かないようにしてこれまでずっとやってきた。


 そして今回その均衡を破ったのがガイアードテクニクス社というわけだ。


「うーむ……」


 考え込むウィリアム。

 エルフと言うのは基本的には排他的な種族である。

 積極的に多種族と関わろうとしない。

 とはいえ今のご時勢にこの世界でエルフたちが自分たち以外の種族とまったく関わらずに生きていくのは非常に難しい。何せ人間は数多く世界中で繁殖してしまっているのだから……。

 なのでどこのエルフも多かれ少なかれ妥協して多種族と交流している。

 この島のエルフほど徹底的に多種族をシャットダウンしている例は世界中を旅してきたウィリアムでも聞いた事がなかった。


「手出しする法がないということかな」

「はい、おっしゃる通りです。これまでは森に入ればエルフに攻撃されるので入らないようにしよう、という漠然とした暗黙の了解のようなものがあるだけだったので。いざそれを意に介さず森に入る者がいても我々にはそれを罰したり干渉したりできる法やルールがないんです」


 パリリンカ総督府側としてはこういう事態が起きた時の為にエルフ側とやり取りして色々取り決めを作っておきたかったのだろう。

 それを拒み続けたのはエルフ側なので今のこの事態は彼らのそういう姿勢が招いたと言うべき部分もある。

 後から来ておいて、と思っているのかもしれないが人間側としては森から出てこないエルフたちに対して森はこれまで侵してこなかった。

 その外側で暮らしているのだ。

 それすらも許さないというのならせめてそれを主張してもらわないとどうしようもないだろう。


「そう、我々にはルールがないのだ」

「!!」


 突如頭上から降ったその一言にウィリアムが顔を上げる。

 そこに立っていたのは痩せた背の高い男だった。

 軍服のような礼装を着て胸には勲章を下げている。

 だいぶ灰色の混じった黒髪をキチンと撫で付けたシャープな雰囲気の中年男。


「そ、総督閣下!!」


 慌てて伊東が立ち上がる。

 いつの間に男はそこに現れたのか……。

 総督、つまりはこの島の、否パリリンカ諸島全域の人類圏の最高権力者ということだ。


「伊東君、『勤務時間中にティーブレイクをかます者あれば総督自らがデコピンするものとする』ルールだ。知らないわけではあるまいね?」

「は、はい! 総督……ですが……!」


 バチン!!!!!!


 問答無用で総督は丸めた中指で鞭打つように鋭いデコピンを伊東にかました。

 すごい音である。

 パルテリースは思わず首を縮めている。


「ぐあああああッッッ!!!!! あがああああッッッッ!!!!!」


 額を両手で押さえた伊東が床の上でのた打ち回っている。

 コーヒーが不味くなる画だ。

 しかし彼の受難はこれで終わりではなかった。


「そして伊東君、『頼んだ書類をやむを得ない理由なしに時間までに届けなかった者には総督自らがカンチョーをぶちかますものとする』ルールだ。これも知らないわけではあるまいね?」

「ひぃッッ!! そ、総督!! それは……それだけは……ッ!!!」


 ズボオッッッッ!!!!!!


「おへェェェェッッッッ!!!!!!」


 流石にそれは、とウィリアムが止めに入る間もなかった。

 重ね合わせた両手の人差し指と中指、その4本の指を穂先にした渾身のカンチョーが無情にも伊東に炸裂する。

 白目を剥いて泡を吹いた伊東が床の上で意識を失ってビクンビクン痙攣している。

 ……もう完全にコーヒーを飲む気は失せた。


「ルールだよ伊東君。ルールを守れるのが立派な大人だ」


 指先をハンカチで拭いながら渋いバリトンボイスで言う総督。

 そして彼はウィリアムに向き直って一礼する。


「お見苦しいものをお見せして申し訳ない。パリリンカ総督エンリケ・ラディオンと申し上げる」


 つい1分前に部下をカンチョーして死の淵に追いやった男とは思えない品のある礼をするエンリケ総督。

 完全に気圧されつつもウィリアムが名刺を取り出す。


「ウィリアム・バーンズです。物書きをしています」

「おお、なんと……」


 さしものエンリケ総督も目を見開いて驚いている。


「お会いできて光栄です、先生。是非総督府へも遊びにいらしてください。歓迎致します。今は職務中故、これにて……」


 エンリケ総督が胸のポケットから小さなベルを取り出してちりんちりんと鳴らした。

 すると店の入り口が開き1匹の大きなゴリラが入ってくる。


「ジョージ、彼を回収してくれ」


 床の上で悶えている伊東を指して言う総督。

 ジョージと呼ばれたゴリラがグッと親指を立てて了解の意を示す。

 賢いゴリラだ。


 そしてエンリケ総督は退出しジョージと呼ばれたゴリラは倒れる伊東に歩み寄ると……。


 ドボオッッッッッ!!!!!


「んぐぇぇぇッッッッッ!!!!」


 追いカンチョーをかまして店から出ていってしまった。


「えええ……」


 パルテリースとトウガが揃って頬を引き攣らせている。

 こうして後には陸地に打ち上げられた魚のようにビクンビクン痙攣を続ける伊東が残されたのだった。











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