ドレスアップと対の百合の紋章
転生系のドレスアップのシーンは読んでいてワクワクします。女子の憧れ?
舞踏会もいつか書きたいです。
「5日目か……」
最上階に通して貰えなくなってからだ。
やはりいきなり押し入って掃除をするのは失礼だったのかと訝しむ。
アルフラインにも、もう5日会っていなかった。
王子付きのメイドが王子の側に行けなければ手持ち無沙汰で、ルーシェは与えられた自室で休んでいた。
「……寂しくなんかない。ただご飯を食べているか心配なだけ」
自分に言い訳するのも疲れてきた。
誰もいないのだし本音を漏らしても構わないだろう。
「ほんとうは……凄く寂しい」
一緒の時間を過ごす程に。
人柄を知る度に。
――――惹かれていく。
この気持ちを恋ではないと、もう言いきれない。
「最初から構わないでくれればいいのに。このまま放っておいてくれたら、平気になったりするのかなぁ……」
悶絶しながら、周囲を見渡す。
住込み労働者用の質素な部屋に、不釣り合いな贈り物の山。
どれも王子に与えられたものばかりだ。
身分違いも甚だしいのだ。
ルーシェはこの国で最低限必要な紋章さえ持っていないのだから。
「はぁ駄目だ。もう……」
どんどん気が滅入ってくる。チョーカーを触っても、一向に気持ちは浮上しなかった。
しばらく腰掛け椅子に座って落ち込んでいると、ドアの前が賑やかになった。
「開けても大丈夫ですか?」
「エリー? どうぞ」
入室を許可すると、エリーと共に数人の女性が入ってくる。
「ニーナ様まで!? 何かあったのですか?」
白髪の混じる髪をお団子にまとめたニーナは、ルーシェ達を取り纏めるメイド長だった。世話好きで面倒見の良い女性だ。
「ルーシェ様のお着替えに参りましたの」
「えっとぉ?」
メイド服なら既に着ているし、自分で着れますよ?
状況が理解できず、あさってな発想になる。固まったままのルーシェを後目に荷物が運び込まれ、ところ狭しと並べられた。
ドレスや靴に髪飾り。
箱に包装されて収まっていた新品が次々と空けられていく。
髪は丁寧に櫛で梳かされて、爪の先まで整えられた。
お化粧も入念に、甘い香りのコロンを仕上げにかけられる。
「さぁさぁ、完成ですわよ。お美しいこと!」
姿見の鏡に映る姿はまるで何処かの姫君のようだった。ニーナも満面の笑みだ。
淡い水色のレースが幾重にも重なるフレアドレスに、アクアマリンを花びらに見立てた飾りがところどころ散らされた髪飾り。
ネックレスも髪飾りに合わせた繊細な細工で、いつも嵌めているチョーカーは宝石箱にしまわれてしまった。
薄く施されたチークや口紅がルーシェの品の良さを引き立てている。
「お綺麗です。ルーシェ様」
「元々素材が宜しいですからねぇ。私も満足の出来ですわ。さぁ王子様がお待ちですよ」
理由を尋ねる間もお礼を述べる暇もなく、自室から連れ出される。
廊下に出ると左右にサイフォスとレナインが立っていた。2人が並ぶと怖い。
対称的な雰囲気だが威圧感が半端なかった。
「おぉ馬子にも衣装だな。見違えたぜ嬢ちゃん」
「サイフォス!! ……貴方は女性の扱いを学んでください。お手をどうぞ、ルーシェ様」
差し出された腕におずおずと手を伸ばす。
履き慣れないハイヒールは歩きづらく、覚束無い足取りでレナインについて行く。
剣を携帯して背後に回ったサイフォスは、護衛というより見物人に近い風情で闊歩していた。
昇降機に乗り込み、降りたのは最上階だ。
執務室に向かっているのだと思っていたが、昇降機から案内されたのは反対方向だった。
そちらにあるのは王子やその家族の寝室だけ。
「あの……どうして…………」
疑問符が引切り無しに浮かんで、思考が追いついていかない。
「まさか聞いていないのか? 紋章が出来上がったんだとよ。……王子とそこのレナインは百合の紋章を創らせてたぞ?」
それは嬉しい。百合だとまずいのだろうか?
「……同じ花の形を象った紋章を身に付けられるのは夫婦だけです。対の紋章は婚姻の誓いに渡されるのですよ。ルーシェ様から了承の意は頂いていると王子はおっしゃていましたが?」
受け取ると言ったのは確かだが、婚姻の誓いなどとは知らされていない。
心の準備が出来ていない。
ちょっと待って欲しいと伝えるより前に、王子の寝室の扉は静かに押し開かれていた。