王子の右腕と左腕 左腕の理念
サブタイトルが全然決まらず。よく修正しています
執務室は諦めたものの、折角なので隣室の清掃と決め込んだ。
ノックもおざなりに扉を開くと、中に居た人物が驚いた顔をして手を止めていた。
「レナイン様。お掃除をさせて頂きたいのですが、構わないですか?」
「ああ、構わないが……」
執務長官であるレナイン・ウォーカーは、サイフォスとは正反対に白を基調にした礼服を身にまとっている。胸を飾る紋章はエーデルワイスだ。
色素の薄い髪を後ろできっちり結んでいて、それこそ鋭利なナイフのように鋭いアイスブルーの目をしていた。眼鏡を掛けているため、より一層几帳面に見える。
「貴方はこんな、掃除などしなくても良いのですよ」
そう言いつつ場所を開けてくれるレナインは、不躾な訪問を怒っている訳ではなさそうだ。
勢いで入室してしまったが、綺麗に使われていて埃もない。
何処か清掃出来るところを探していると、何もない壁に1枚だけ人物画が掛けてあった。
「あれは……」
胸に百合の紋章をつけた女性の絵を思わず見入ってしまう。
「…………アルフライン様のお母様?」
顔立ちも何処と無く似ているが、瞳がそっくりだ。
「シンダルム国王の第6王妃。リリティア・ハーク・ルギナス様です」
「アルフライン様と同じ琥珀色……」
絵画の人物は吸い込まれるような美しい色合いの、寂しげな眼差しをしていた。
「琥珀の目が月光を浴びて金に代わるのが人狼の特徴です。リリティア様は½で、アルフライン様は人狼との¼になります。ご存知なかったのですか?」
「だから王子は魔力がお強いんですよね」
エリーも知っていたようで頷いている。
(人狼の特徴…………。だからなのかな)
あの目でずっと見られていると落ち着かなくなるのだ。逃げ出したくなる。
「アルフライン様のお母様なら、いつかお会い出来る日も来るでしょうか?」
リリティア様にもドキドキするのか確かめたかった。
だが――
「……それは無理ですね。リリティア様は随分前にお亡くなりになっています」
くいっと眼鏡を指先で持ち上げたレナインの回答で、それが叶わぬ願いだと知る。
「……貴方にはもっと、この国や王子の事を知って頂かなければ困ります」
四角四面な口調は硬く、何か感情を押し殺しているかのようだった。
「私が教えますから、定期的に執務長官室に来てください」
「……努力します」
早くソダージュ共和国に帰りたいとは伝えているのに、覚えろとは如何なものか。
しかし住込みメイドの身分では従っておくのが賢明だろうと判断する。
あまりメイドとして扱われていない気もするが、そう思っていないとやっていられなかった。
「不自由があれば何なりと私に申してください。貴方にはなるべく王子のお側に居て頂きたいのです」
(あぁ、我儘を聞いてしまう人か)
先程、サイフォスが漏らしていた愚痴が反芻される。ルーシェの意見を聴き流しても、アルフラインの命令を受け入れたいのだろう。
――ゴーン。ゴォーン。
ちょうど鐘の音が鳴り響いた。
「お昼を告げる魔導鐘ですっ。ルーシェ様、早く掃除を済ませてしまいましょう」
「えぇ、そうね」
慌てて部屋の隅を箒で穿いて、手早く雑巾で拭く。
食堂に向かう準備を始めていたレナインは、手元の書類を片付け、視線を城の中心にそびえ立つ塔にある鐘の方に向けた。
「魔導鐘は音色と共に魔導具へ魔力を供給します。メザホルンで鐘を鳴らせる魔力を持つのは王子だけ。魔力が強い者が敬われる所以です」
「魔力って凄いんですね」
本日何度目かになるか。つくづく実感させられる。
「……それ故に歪みも存在するのです。元々ソダージュ共和国は魔力に頼らず、人の手で生きようという者が集まって出来た国なんですよ」
王子に代わって、実質的にメザホルンの指揮任命権を持っている切れ者。
サイフォスが右腕ならレナインは左腕と称される。
その人物に教えて貰うのはかなり気が重かった。