王子の右腕と左腕 右腕の愛情
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「ルーシェ様!! お手伝いします」
「ありがとう。エリー」
王子が留守にしていると耳に挟んだルーシェは、執務室の大掃除をするため、箒と塵取りを抱えて昇降機に乗ろうとしていた。更に水を汲んだバケツに雑巾。
二度に分けて運ぶつもりだったルーシェを追い掛けてきたエリーはメイド仲間だ。
出来れば様づけはやめて欲しかったが、呼び方を除けばエリーはフレンドリーで明るかった。
「昇降機って便利ですよね。これもアルフライン殿下の魔力のおかげなんですっ」
ルーシェから箒と塵取りを預かったエリーは、鳶色の髪をツインテールにしていて、ルーシェと同じくらい小柄な少女だった。胸には鈴蘭の紋章を付けている。
「魔力って凄いね……」
昇降機は毎日最上階までお茶を届けているルーシェには既に欠かせない移動手段だ。
ソダージュ共和国では水車が主要な動力源のため、自動装置はここまで発達していない。
「魔導師様が3人がかりでも無理だった旧式の魔導鐘をたったひとりで起動させてしまうなんて、さすがはアルフライン殿下って感じでしたっ」
王子に対する尊敬の念で、そのエメラルドグリーンの瞳をキラキラさせている。
エリーは気持ちが全面に押し出てくるので喜怒哀楽がわかり易かった。
「魔力が強い殿下にこんな辺境のメザホルンを治めて貰って、随分生活しやすくなって。みんな感謝してるんです」
エリーだけでなく、このメザホルン城でのアルフラインに対する忠誠心は厚い。
その中の最たる人物が、執務室の扉の前で待ち構えていた。
「よう、嬢ちゃん。王子は出払ってるぜ」
サイフォス・ガンスター。
アルフラインの側近で近衛隊長を任されているだけあって、屈強な身体付きをしている。
黒い甲冑でマントも黒く、紋章も紫紺の杜若だ。スッキリ切り揃えられた髪も、スっと切れあがった目も、緑がかった黒色をしている。
重々しい格好のせいで立っているだけでも威圧感があった。
ただ鋭利なナイフというよりは重厚なハンマーといった鷹揚さがあって、呑気な雰囲気も合わせ持っていた。
独房まで迎えに来たのもこの男なら、浜辺で眠っていたルーシェを捕らえたのも、またこの男だった。少なからず因縁がある相手だ。
「悪いがここの見張りを頼まれちまってな」
すまなさそうに頬をかいているが、この分では通して貰えないだろう。折角用意した掃除道具も無駄になりそうだ。
「サッ、サイフォス様。ルーシェ様はただお掃除をっ」
隣で申し出たエリーの声は震えていた。
強面のサイフォスに怯えているかと思いきや、そうでは無いらしい。
ハートマークが飛んでいそうなうっとりした目に、赤く染まった頬。
誰が見たって、恋する乙女の見本のような表情だ。
(ええっ?? エリーってサイフォス様が……)
あまり恋愛事に聡くないルーシェでもピンと来るのに、秋波を送られている当の本人は気づいていない。大鈍である。
「あんたらの持ち物をみれば何しに来たのかはわかる。だが王子は嬢ちゃんにここに入って貰いたくないみたいでな。なんか悪巧みでも考えてんだろっ」
「殿下の悪巧みですか!? 素敵ですねっ」
相槌を打つエリーに、いやいやと突っ込みたくなる。
忠誠心があったとしてもアルフラインへの不敬で捕まりそうな言い種である。
「嬢ちゃんに関しては王子の方に分があってな。強くは出られないんだ」
(どんな理由があっても、ちゃんとお止めして頂きたかったですよ?)
何故なら十中八九、その被害に会うのは自分な気がするからだ。
「分があるとは、どういうことですか?」
しかし住込みメイドの分際で近衛隊長に意見する訳にもいかずに言葉を濁す。
「あぁ? 実は嬢ちゃんを男と間違えたのは俺でな。未だにチクチク言ってきやがる。ったく……その、チョーカーがなぁ」
「チョーカーですか? お母様の形見ですけど何かあるのでしょうか?」
ここのところ立て続けに指摘されるので気になってくる。身につけていては何か問題があるのだろうか。
「…………母親…のか? そいつはダッカローゼンの剣士が武勇の誉にするもんだ。女はまず付けない」
「ダッカローゼン帝国なんて遠方の武芸についてもご存知なんて、サイフォス様は凄いです!!」
エリーが褒め讃えているが、確かに遠い。ダッカローゼンは西に広がる大国である。
ルーシェはソダージュ共和国で育って19年。この城に来るまで1度たりとも故郷を出ていない。
母親に関しては不明なので、立ち寄った事があったのだろうか。
「……本当は腕に嵌めるんだが。野郎の格好して倒れていたうえに男物を持ってたんで、悪かったな。嬢ちゃんを王子に会わせた後は散々だったんだぜ」
男に間違えるなど有り得ない。そんな節穴の目で隊長が務まるのかなど、かなり辛辣な言葉を並べつられられたらしい。
「……飯も嬢ちゃんとなら摂るみたいだしな」
「バスケットに入っている軽食ですか? あれ美味しいですよね」
メイドをやり始めてから、最初の頃にはなかったバスケットが追加されていた。
「一緒に食べないと、食事を忘れてそのまま捨てちゃうんですよ」
仕方なくアルフラインと昼に囲むようになったのだが、日々メニューが充実していくそれは、とても手が込んでいた。
「そりゃ嬢ちゃんが来る前は飯も摂らずに執務していたからな。その王子が平らげてくるんで、料理番が必死で作ってるんだ」
まったく困った主だと漏らす嘆息に、愛情が見え隠れする。
「おかげで誰も嬢ちゃんが給仕をやるのに口を挟めねぇ。我儘なんて滅多に言わない王子がごねたからな。我儘を聞いてやりたい奴の気持ちもわかるが不用心だろう。俺は一応反対したんだがなぁ」
無愛想だが率直な批判は心配しているからこそ出るものだった。
「サイフォス様はアルフライン様が本当にお好きですね」
「……好きねぇ。そんな甘ったるい感情じゃないがな」
サイフォスだけではない。アルフラインを慕っている人物は多かった。
「まぁ王子が子供の頃から面倒を見ているからな。そんなわけでここは通せん」
ぶっきらぼうでもアルフラインを影から支えているサイフォスは、彼の命令であれば譲らないだろう。
これでも王子の右腕と呼ばれる男だった。
「サイフォス様、男前ですね」
揶揄れてばかりで素直になれないルーシェには、彼らのアルフラインへの忠誠が羨ましくてたまらなかった。