レナインの主戦場
戦いに必要なのは剣だけではないと語る背を先導に、リムの部屋の扉を開ける。
物々しい数の護衛がその前を警備していたが、見知った顔の令嬢が誕生日の祝いをしに来たのだと説明すれば通してくれた。
重厚な扉を閉めれば室内にリム以外はルーシェ達しかいない。
その仲間には昨日ルーシェと連れ立った令嬢の1人が含まれていて、腕組みをして入口に寄り掛かり悪態をついていた。
リムの家庭教師もしていて、バルバラッサ家とは懇意な仲だという。
「何故、わたくしがこんなことを」
「3人のうち貴方だけは奴隷売買の件を特別に見逃して差し上げるのですから、そこに黙って立っていてください」
彼女を帳簿で脅してリムの部屋に案内させたレナインは、そんな彼女の恨み言を飄々と受け流していた。
誕生会が始まる前の僅かな待ち時間。
部屋の中にいたリムが他人が入室してきたのを察して、持っていた物を後ろに置き姿勢を正す。
赤いドレスを着て背筋を伸ばし、ソファに座っている少女はまるで人形のようだった。
その足元にレナインは膝をつき、胸元に手を当てて敬礼する。
「リム様、お初にお目にかかります。アルフライン様の従者をしている者です」
「お兄様の?」
アルフラインの名を出した事で、無表情だったリムの表情が僅かに緩む。
「……そのお兄様はどちらに?」
「ご自分がこちらを訪ねては目立つからと、誕生会のホールで待たれておいでです」
「…………そう。それで貴方達は何をしに来たのかしら?」
並んで彼女の前にいるレナインとルーシェ、家庭教師の令嬢を見渡して残念そうに首を横に振った。
「私どもは先に誕生の祝いの品をお渡しに来たのですよ」
「なら、その辺に置いて行って。……多分お姉様が不要なものはお捨てになるけど」
ルーシェ達のような者が多いのだろう。部屋の隅には豪華な贈り物が山になって積まれていた。
「そうですか。……実は少しお話したい内容がございます。お耳をお貸し頂いても良いでしょうか?」
リムが小さく頷くと、レナインは眼鏡の奥を優しく細めて彼女の耳元で何かを囁く。
リムの目が大きく開かれて、彼女の驚きと戸惑いを語っていた。
「けど……そんな……」
(何を言ったのかしら? 凄く困っているみたい)
ルーシェはレナインの計画を知らされてはいなかった。贈り物を送りたいと、渋る周りの意見を無視して付いてきたのだ。
「迷われるのは当然です。けれど時間があまりないのです。ご決断を」
「あの、レナイン様。ちょっとだけ時間を貰っても良いでしょうか?」
12歳になったばかりの幼気な少女に決断を迫る言葉に割って入る。
「リム様が喜ぶんじゃないかなと思って選んだんです。どうぞ」
後ろ手に隠していた贈り物を彼女の前に出す。
包は汚れていたので取り払っていて、むき出しのホワホワした毛が踊っていた。
「……ぬいぐるみ」
王女である彼女にそんな安っぽい物を贈る者はいないのだろう。
長い沈黙の後、おずおずと手を伸ばして受け取ったリムはぎゅっとそのぬいぐるみを抱き締めた。
「ソファの後ろにいる子と一緒に可愛がってあげて」
「ルティを知ってるの?」
もちろんと頷くと、隠すようにクッションの下に置いていたテディベアを取り出して両腕に抱える。
それは時計塔で彼女のポシェットから顔を覗かせていたぬいぐるみだった。
「ありがとう。ずっとルティにお友達が欲しかったの。この子と貴方同じ空色のおめめね。綺麗」
薄いクリーム色で耳にリボンをつけたテディベアの目は確かにルーシェの色と似ていた。
「そういえば貴方は?」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はルーシェ・ハーク・ルギナス。アルフライン様の妻になります」
ドレスの裾を引いて自己紹介をすると、アルフラインに似た琥珀色の瞳が揺れる。
「……ねぇ。お兄様のところにお義姉様はいるの?」
「えぇ。そうですよ」
微笑んで答えると、リムはぎゅっとぬいぐるみを抱き締める力を強めた。
「…………そう。決めたわ。だって空色が綺麗だもの」
弾かれるようにレナインが反応して、リムに何かを記入させる。
ちょうど書き終わったところで、そろそろ時間だと所在なさげにしていた令嬢に急かされた。
「お、お義姉様……また会いましょう」
扉を出るところでリムが上擦った声で引き止めた。
誕生会のホールでということだろうか。
立ち止まって振り向くと、琥珀色の瞳は揺れたままだった。
これ以上ここに留まるのは難しいと、レナインにそっと背を押されて、その期待を湛えた瞳は扉の向こうに消えた。
ペンは剣より強し。
レナイン、良かったねぇ。しみじみ。




