誕生会の前夜
「ここはアルフライン様のお部屋では?」
「バルバラッサ公に進言したら、ふたりで一緒に使って構わないそうだよ。俺も使い始めたのは先程からだけどね」
アルフライン専用の客室だと聞かされていたが、いつの間にかルーシェの荷物もこの部屋に移動されている。
心配そうな顔をしたエリーが駆け寄ってきて、泥と煤だらけだったルーシェの世話をまめまめしく焼き始めた。
風呂に入れられている間に明らかになった手足の縄の跡に、半ば泣き出しそうな顔をされる。
服もナイトドレスに取り替えられ、綺麗になったところで部屋に戻された。
テーブルには2人分の食事が用意されていた。
久しぶりに顔を見たレナインが、アルフラインの横で給仕をしている。
「……レナイン、首尾はどうだ?」
「書類は整えました。明日、リム様と2人っきりになれる時間があれば……」
「それが簡単に出来れば苦労はしないな。向こうも警戒しているから」
入口付近で所在なさげにしているルーシェに気付いたアルフラインが、立ち上がって空の椅子を引きルーシェを座らせる。
その椅子ごと、背後から抱き締められた。
「……ねぇルーシェ。一緒に歩いていたのは誰?」
顔が見れなくて本当に良かった。真綿で首を絞めるような優しい声だけで背筋が凍る。
「えっと、チョーカーを欲しがっていた旅の商人の方です」
嘘はついていないのだが、長い沈黙の後に大きな溜息をつかれた。
「…………少なくてもあれは商人ではないな。馬で振り切るにも苦労したんだ」
詰め寄られてもルーシェとて、大して知っているわけではない。しかしアルフラインは納得していないのか更に冷たい空気を張り付かせていた。
「なんで腕にそんな跡をつけて、煤だらけだったのか。全部、教えてくれるよね?」
縄の跡も気づかれてしまったらしい。嫌と言えるはずもなく、洗いざらい事細かに説明させられる。
魔力も使ってしまったのも告げると、いよいよアルフラインの機嫌は地を這っていた。
「そっそうだ。鞄の中に帳簿があるんです。なんか大事なものらしくて」
少しでも彼に認めて貰いたくて、その存在を必死で思い出す。
「……レナイン。鞄を確認して来い」
「ルーシェ様、失礼しますね」
勝手に鞄を開ける無礼を詫びてからレナインが中身に目を通す。
「あっ、中に入ってる包はリム様への贈り物なんです」
アルフラインに拘束されたまま身動きが取れないルーシェが、控え目に頷いて応じた。
「これは奴隷売買の記録簿ですか。……今日ルーシェ様を騙した御三方の名前もしっかり記載されている。……これを使えば明日、優位に事を進められそうです!!」
どうやら役に立つ物らしい。珍しく感情の篭った言いぶりに胸を撫で下ろす。
「…………レナインは策を練り直してくれ。エリーも下がって欲しい」
しかしアルフラインは背後に立ったまま微動だにせず、レナインとエリーも不要だと退室させた。
重く冷たい空気だけが2人の間に漂う。
「……お食事が冷めてしまいますよ」
「…………そうだね」
返事はあっても拘束が緩む気配はない。ルーシェは困り果てて項垂れるしかなかった。
色々と情緒が不安定ですいません




