メイドの条件
アルフラインを書いているとこちらが小っ恥ずかしくなります。。。
軽い自立宣言のつもりが、まさか隣国で暮らす事態になるとは夢にも思っていなかった。
シンダルム王国とソダージュ共和国は隣接しているが、国交は閉ざされていて、陸続きでは帰れない。
海に出ようにも船がない。王子を乗せた小舟は、救人の物として厳重に保管され、人魚の領域の接近を控えて出航も止まっている。
ほぼ勢いで家出をしたルーシェには手持ちの資金も乏しかった。
「お父様も兄様も心配してるよね。せめて城の外に出られれば帰る方法も探せるのになぁ」
ルーシェが投獄されていたのは、身分を証す紋章を所持していないせいだった。
シンダルムでは王国に属する民の証として、紋章を胸に飾ることを義務付けられている。
紋章がなければ不審者として捕えられても仕方ないと後から教えられた。
「その不審者をお城で働かせてくれるってだけで有難いんだけどさ」
独房に戻されても可笑しくはない状態だったのに、まさに王子の一声だ。
特別にルーシェの紋章を創る手配をしてくれたうえ、仕上がるまでの間は城で持て成すよう取り計らってくれた。
しかし瞬く間に用意された客人としての待遇より、帰路のためにも今後の生活のためにも堅実に働きたかった。
紋章が出来るまでひと月余り。
雑用でもないかとお願いしてみたところ、条件付きだが住込みメイドの仕事も紹介してくれた。
嵐の夜の一件は誤魔化したはずなのに、王子は基本的には親切だった。
瞳の色は変わらないから、救人を思い出し好意的なのだろう。単純に他国の娘が珍しいのかもしれない。
「だからってこんな条件を出さなくても良いのに……」
麗らかな午後のひと時。
渋々見取りを覚えた城の最上階に足を運ぶ。
紅茶と焼き菓子とバスケットを載せたトレーを持って、反対の手で重厚な扉をノックして開けた。
王子の執務室だけあってかなり広い部屋の奥にある机に、ようやく慣れた手つきでそっとお茶を置く。
「どうぞお召し上がりください。アルフライン様」
ルーシェのぎこちない声に反応して、アルフラインが澱みなく走らせていた羽根ペンを止める。
優雅にティカップの取手を持つ様は独特の品があった。
「あぁ。良い香りだね。うん。美味しい。お菓子も美味しいんだよ。ルーシェも食べて行ったら?」
「私は仕事中ですから」
出会いがしらに抱き締められた印象が強く、十分な距離を保ってトレーを抱えた。
「今日のメイド姿も可愛いね。やっぱり専属にして正解だったな」
「……私が毒でも盛っていたら、どうするんです?」
条件を変えて欲しいと掛け合っても全く聞き入れてくれないので、このくらいの脅しは赦されるだろうと脅してみる。
「君が毒を盛るの? そうだな、どうしようか。ルーシェの毒なら食べてみようかな」
しかしアルフラインは子首を傾げながら焼き菓子をひとつ摘んで咀嚼し、余裕な態度を崩しもしない。
「ルーシェの毒は蜂蜜みたいだね。しっとりしていて甘いな。ほら、君も口を開けて?」
あろうことか口元に差し出してくる。
「なっ!!……た、食べないですっ!!」
「そう? 美味しいのに」
あからさまに残念そうにされても、動揺を隠しきれずしどろもどろに断るのが精一杯だった。
アルフラインのペースに呑まれて、黙って給仕を続ける。
空になったバスケットを軽食が詰まったバスケットと交換して、邪魔にならない範囲で清掃もこなしていく。
ルーシェがメイドをする条件は2つあった。
ひとつは、許可なく城外に出ないこと。
これはまぁ、また捕まる可能性を考えれば、納得は出来る。
もうひとつは、王子のお世話係になることだ。
聞いた時は不安と疑問しかなかったが、条件を出した本人は至って満足そうだった。
そのため毎日こうしてお茶を運んでいるのだが、アルフラインが休息している姿をほとんどみない。話しかけてようやく手を休めるくらいだった。
「お仕事ばかりしていると、身体を壊してしまいますよ」
傍からみても心配になる。彼を嫌っているわけではないので尚更だった。
「……ありがとう。普段はそうでもないんだけど。船の件で色々とね……」
王の一存で決行された、王政の安寧を願う船上祭。
その結果、船は嵐に飲まれて大破し使い物にならない。おまけに責任を負わされて、某々に伝書を飛ばして対応に当たっていた。
「王が健在なのは結構だけど………余計なちょっかいを出されるのは煩わしいな」
表情はにこやかだが、発言は些か物騒だ。それが原因で死にかけたのだから致し方ないのかも知れないが。
「国王ってアルフライン様のお父上でしょう?」
「……そうだね。王にとって俺はどうでもいい存在だろうけど。端っこだけど領土の一部を治めているから、利用価値くらいはあるかな?」
随分と疎遠な関係なのか、顔色も変えず飄々と吐き捨てている。
静かな冷笑を称えているアルフラインとは対象的にルーシェは眉を釣り上げた。
「アルフライン様は物じゃないでしょう? 利用価値だなんて。自分を道具みたいに扱わないでください」
怒っているのは態度に現れているはずなのに、アルフラインは笑顔の種類を変えただけだ。楽しそうにルーシェを眺めている。
「嫌なら嫌って言って良いんです。それでお父上に叱られたら、私も一緒に謝りますから」
「君が一緒に謝ってくれるの? なら俺は無敵だね」
遂に目線だけでは収まらず、クスクスと楽しげな声が漏れ始めた。
「もう!! 真剣に怒ってるのに!」
相手に笑い出されてしまっては立つ瀬がなかった。怒りを引っ込められず、頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん。つい……」
まだ笑い声を立てていたアルフラインが、場を繕うように手のひらで口元を隠す。
その手首にはルーシェの髪で出来たアクアブルーのミサンガが今日も巻かれていた。
「……それ、ずっと付けているんですね」
「あぁ、これかい? このミサンガは込められている魔力が高いから守りにもなるし」
「……魔力?」
自分の髪なのに聞き慣れない言葉だ。
「シンダルム王国は魔導具が発達した国だからね。ソダージュ共和国では確かに余り知られていないのかな。人以外の種族については知ってる?」
自信はないが小さく頷く。
「見た事はないですけど……」
街に出入りする行商人から噂を聞いた記憶はあった。
西の人狼。
北の麗人。
東の翼人。
そして、南の人魚。
人が暮らしているダッカローゼン帝国、シンダルム王国、ソダージュ共和国の3国を中心に、それを囲むように異人種の領域が広がっている。
「異人種は基本的に人嫌いだから滅多に人里には出て来ないけど、どの種族も魔力が高い。……その中では友好的な人狼と接しているシンダルム王国では魔力の研究が盛んなんだ」
「……そうなんですね」
「魔力を測定する魔導具もあって、この髪の魔力量は中々見かけない数値だった。だからお守り」
有事の際には魔導具を発動出来るくらいの魔力を持っているからと教えてくれる。
「それに……君の瞳と同じ色をしているから、外したくなくてね」
「……私と?」
さり気なく付け足される言葉にドキンと心臓が跳ねる。
反応を楽しんでいるだけなのだろうが、赤面しないように注意しないと行けなくなるのでやめて欲しかった。
「ルーシェこそ、そのチョーカーをずっと付けているんだね。君に似合いそうなものを選んだのだけど、俺の送った物はつけてくれないの? 」
アクアマリンの宝石が散りばめられたネックレスやイヤリング。
それに合わせた青系のドレスが数着。
どれもルーシェが城で生活している部屋に届けられた王子からの贈り物だった。
服も何も持っていなかったルーシェには有難かったが、高価な品物すぎて仕事には向かないのだ。
「あれは凄く綺麗で勿体なくて……」
「ふぅん? でもそれも細工は美しいけどね」
ルーシェがしているチョーカーは真ん中に大きな赤い石が埋まっていて、それ以外は留め具まで繊細な彫刻が施されている。
価値がある物なのは確かで、売買を持ち掛けられた記憶もあった。
「……これはお母様の形見なんです。だからメイド長に頼んでつけさせて貰ってて……、細工とかは……」
珍しく冷たい目を向けてくるのアルフラインに、語尾が弱々しくなってくる。
「……他の男の物を身に付けているっていうのが気に入らないんだけど」
「えっ?」
良く聞き取れなかったが、きちんとお礼を述べてなかったのが失礼だったのだろうか。気分を悪くさせてしまったのかもしれない。
「あの…………アルフライン様から頂いた贈り物も嬉しかったですよ?」
「……お母上の形見じゃ仕方ないね。もうすぐ紋章が仕上がるみたいだから、それはちゃんと、身につけて欲しいな」
「はい!!もちろんです。もうすぐなんですね、 ありがとうございます」
口元に弧を引くアルフラインの瞳が妖しく瞬いた。そんな事は露知らずルーシェは紋章が出来るのを無邪気に喜んでいた。