前夜祭
次の日の夕刻。前夜祭の会場に向かうために同じ馬車に乗り込んだアルフラインは、隣に座るや否やルーシェを引き寄せた。
「……君を抱き締めさせて」
馬車内にはヴァオスも乗っていて、その態度に眉をひそめているのだが、ルーシェを腕に収めたままピクリとも離そうとしない。
抱擁を無理やり解くのも忍びなくて、アルフラインの髪を梳いてやる。
「それ、気持ちいい…………昨夜はほとんど眠れなくて」
暗に催促をされても、そんなに遠い距離ではなく、あっという間に目的地に到着してしまった。
アルフラインが名残り惜しそうに腕の力を強めてくる。
「……入口まではエスコートが出来るから一緒にいられても、その後は恐らく姉上に連れ回されるだろうから」
舞踏会では夫妻は共に入場するのが暗黙のマナーだった。だからアルフラインはテレサから一旦は解放されたのだ。
「どうしても俺に正后派の貴族を宛てがいたいらしい。どの令嬢も君の身分が低いのを軽んじている節があって、正直うんざりする」
王族には複数の妻を迎える権利が与えられている。
現に国王には6人の王妃が存在し、第2王子は3人の妃を娶っていた。
舞踏会はまたとない機会で、貴族の令嬢を紹介されるのは目に見えていた。
「レナインにやり過ごせとは言われているが、久しぶりに誰かの駒になった気分だな」
「そういえばレナイン様をお見かけしていないですね」
降りる準備をするために梳いていた手を止めると、逆にアルフラインがルーシェの頬に触れてくる。
「……レナインはリムについて探っている。前夜祭には姿を現さないし、今日は結局会わせて貰えなかった」
本来の主役である第4王女は、本当に同じ屋敷にいるのかと訝しむ程に存在感がない。
11歳という年齢では夜会への参加は難しく、前夜祭が本人を抜きにして行われる通達は既にされていた。
「レナインにとっては、俺や……君が目立ってくれた方が動きやすいんだ。俺達から目を離せなくなるほど、リムの周りは手薄になるからね」
「……それはルーシェを囮に使っているように聞こえるが?」
不愉快さが滲み出てはいても、静観を守っていたヴァオスが険の籠った声を上げた。
「…………その通りだよ。だからレナインはルーシェに舞踏会の特訓をさせたんだ」
アルフラインの母リリティアを慕っていたレナインにとって、その子供である彼と妹は特別な存在だった。
テレサも血は繋がっているのだが、如何せんあまりに素行が悪いためレナインの中では除外されているらしかった。
「王子の俺は危害を加えられたりはしないが、ルーシェはそうじゃない。状況が想像していたよりもずっとまずい。……このまま連れて帰りたい」
ダンスホールを目前にして、冗談を述べている雰囲気ではなかった。
「でもたったひとりの妹姫様なのでしょう? レナイン様だって懸命に……」
「リムを……妹が俺と同じ境遇なら助けになってやりたい気持ちはある。だけどそれで君を失うくらいなら、俺は容赦なくリムを切り捨てるよ」
ルーシェの頬に手を当ててじっと見詰めてくる瞳は真剣で、認めてしまったら本当にメザホルンに送り帰されそうだった。
「俺の縁談の他にも何か企んでいる気配があって、しっぽを掴みきれていない。君に手を出してくる可能性が高くて、苛苛する」
アルフラインの立場も相当悪くなるはずなのに、それよりもルーシェを優先してくれるのは、大切にされているようで嬉しかった。
けれどもそれではいつまで経っても役に立てないままで。
気合いを入れ直し、アルフラインを見詰め返す。
「私ならヴァオスさんが護ってくれますっ!! せっかく舞踏会の練習をしたんですよ? 目立たないようにしてますから、行きましょう」
頬に当たる彼の手を握って離し、どこまでもルーシェを甘やかそうとする優しい腕から逃れて先に馬車を降りた。
しばらく間があったがアルフラインも緩慢な動作で外に出てくる。
「…………行こうか」
「はい。頑張ります!!」
「……頼むから頑張らないで。護衛の者は入口までしか付き添えないんだ。自分の身の安全だけを考えて」
まだ渋っているの確かなのだろう。普段の穏やかさが抜け落ちたような無表情だった。
それでもルーシェが大人しく帰る気がないのを悟ったのか、エスコートのための腕を差し出してくれた。
よそ様の小説を読んでいたら時間が色々過ぎていた。
帰ろうとしたところはアルフラインだなぁとしみじみ思います




