人魚の涙と風の力
一行を乗せた馬車が停止したのは、もうすぐメザホルン領を抜けようというお昼時だった。
「……落石か」
そう報告を受けたアルフラインは邪魔にならないところに馬車を停めさせて、様子を見に行っている。
連れ立ってルーシェも外に出ると太陽が高く登っていた。
「ルーシェ様、陽射しが強いのでお帽子を」
「ありがとう、エリー」
渡された帽子を被って左右を見渡す。
確かに道の右手には肌が露出したほとんど崖のような岩山が競り立っている。そこから崩れたのだろう大きな岩が道の半分を塞いでいた。
道を挟んで反対側は遠くに水面が煌めいていた。見渡す限り海のような湖が広がっていて、この街道しか通れるところはないようだ。
そのせいか馬車の往来は頻繁に行われている。完全に通行を塞いでいる訳ではないで、時に渋滞を起こしながら岩の横をゆっくり通り過ぎていた。
「報告はまだ城に挙がってきていなかったですね。どう致しますか、アルフライン様」
「……岩の近くにいる者を遠ざけて、待機させておいてくれ」
「承知しました」
アルフラインの指示でレナインが配下や通りすがりの通行人も使って岩の付近から人や馬車を離した。
「さて。ルーシェも危ないから動かないでね」
ルーシェの位置を確認してから、アルフラインのつけている耳の宝石が蒼さを増して鈍く光る。
ふわっと彼の周りに風が巻き起こったのは一緒で。
つむじ風が烈風のような塊になって岩へぶつかり、ドンッと衝撃音を鳴らしながら岩を動かして道の外に退けていく。
見る見る間に街道の岩は全て取り除かれていた。幾つかの岩は粉々に砕け散って跡形もない。
「わぁ。凄いです。アルフライン様」
ルーシェがあげたような歓声が通行人からも方々で挙がっている。
風に関する魔力では、この王国で今の彼に勝てる者はいない。
本来は精霊が持つ魔力をこうして目に見える形で行使出来るのは、異人種や一部の精霊に好かれた魔導士とその血を継いだ貴族だけだった。
ルーシェが人魚の½なら、アルフラインは人狼の¼であり、それぞれ高位の水と風の魔力保有者だ。
「人魚の涙の力を借りてるから、俺だけの魔力じゃないけどね」
「……姉者の魔力であったが、お主に馴染んだならそれはお主の力だ。強い魔力はその身を苛む時もある。心して使うと良い」
元はその人魚の涙の持ち主だったヴァオスが静かに、アルフラインの右耳の飾りに目を向けていた。
それはチョーカーと共にルーシェの母親の形見と言える宝石で、それ自体が魔力の結晶のような品物だった。
「覚えておくよ」
余裕の表情を浮かべてアルフラインが不敵に微笑む。
魔力に呼び起こされたのか騒がしい風に、そのシルバーブロンズの髪を揺らしている彼の姿は、神々しいくらいに凛々しかった。
思わず見蕩れていると、悪戯な風に帽子を飛ばされる。
追い掛けるより前にアルフラインが魔力で手繰り寄せていて、ルーシェの頭に被せてくれた。
「ぼぅっとしてどうしたの?」
「あっいえ。……アルフライン様がかっこいいなぁって」
改めて口にすると恥ずかしいのだが、アルフラインは目を細めていて満足そうだった。
「これのおかげもあるんだけどね」
そう左耳に付けている小豆ほどの宝石を指で軽く触る。
「その左耳のピアスも人魚の涙なんですよね?」
「あぁ。ヴァオスには悪いけれど、俺にはこちらの方が大切な宝物だよ。ありがとう」
お礼をされる意味がわからず首をかしげても、アルフラインは微笑みを深めただけでそれ以上は教えてくれなかった。
「あっそうだ。ターンメルダでは絶対にルーシェは魔力を使わないって約束して欲しいんだけど」
「わかりました。けど、どうしてです?」
「ん~。その方が色々面倒がないから。とにかく約束ね」
日常的に使用してはいないので特に不便はないが、理由は教えてくれなさそうだ。
「まだ先は長いから行こうか」
話を誤魔化すように促されて馬車まで慌てて戻る。ターンメルダまではまだ、半分以上の道のりが残っていた。
ストックが溜まって来ているので日曜くらいなら連投が出来そうです。




