Rhapsody in blue for love with you ~君と奏でる愛のための憂鬱な狂想曲~ 6曲目
ルーシェがメイドの格好をする機会はもうないかなと思います。ちょっと残念。
「メイド?」
「はい。ルーシェ様は働きたいと仰っていて」
客間も立派過ぎるからと住込み従者用の部屋に早々と移ったようだった。何とも欲のない。
「仕事を紹介する代わりに紋章が出来るまでは城外に出ないよう申し伝えています」
公務のやり方を以前は円卓で集まって決めていた。レナインの報告を受けて終わる内容が多いため、今は執務室で聞き取っていた。サイフォスも呼び寄せている。
「メイドをルーシェがやるなら俺の専属にして欲しいな」
「……それは如何かと」
「お前なぁ……」
アルフラインの前に立っていたレナインと壁に寄りかかっていたサイフォスの二人共が難色を示した。
「サイフォスにも伝えておくけど、俺はルーシェを妃に迎えたい。その彼女が他の誰かの為に働くのは嫌だし、俺からは中々会いに行けないから丁度良いだろう」
「アルフライン!! お前大丈夫か? 初めて会った奴をそんなに信用して、裏切られたらどうするつもりだ」
サイフォスが呆れた体で訊ねてくる。間者の線を疑うべきだという意見は王族なら当然だろう。
「裏切られたらか? ……それで構わない。専属のメイドはずっと断っていたから元々いないんだし、もう決めたから。レナイン、ルーシェにお願いしておいてくれる?」
「……承知しました」
「レナインっ!? 甘やかすなよっ!! 」
事、ルーシェに関しては譲らない姿勢を貫いているからか、あっさり承諾したレナインに対してサイフォスは渋面だ。
「ルーシェの性別を間違えたサイフォスに指摘なんてされたくない」
そう歳の離れたサイフォスに非難を含んだ言い方をすると、ぐっと押し黙る。
どちらにせよアルフラインが我を通せば、配下は従えざるを得ない。
だが今まで使ってこなかったカードを切ってまで、言い分を通した主にサイフォスは不満を隠さなかった。
(自分でも呆れるほどだからな)
暴君にでもなった気分だと、自制が効かない状態に苦笑して。
それでもアルフラインは彼女に会えるのが嬉しかった。
翌日からルーシェはアルフラインのメイドとして執務室にやって来た。
危なっかしい手つきで紅茶とクッキーを置く。
「どっ……どうぞ……」
再会した時に近づき過ぎたからか、かなり距離を取ってお盆を盾代わりにしていた。
毛を逆立ている猫みたいだが、 黒のドレスにエプロンをつけ、頭もヘッドドレスを飾った恰好で威嚇されても怖くはない。子猫ような雰囲気で逆に構いたくなるくらいだった。
「王子様のお世話なんて……困り……ます………」
「俺は嬉しいよ。しっかりお世話してね?」
身分に気を使っているせいか、控えめな断り方だ。
本当はものすごく困惑しているのだろう事は表情で知れた。
(素直な性格をしている……)
アルフラインとは違い、策略などとは無縁な育ち方をしているのだろう。
一挙手一投足が気になって、片付けをしている間もつい目で追ってしまう。粗方終わったところでルーシェがおずおずと口を開いた。
「……そのクッキー。シナモンが入ってて美味しかったですよ?」
全く手が付けられていないのに気がづいたのだろう。残念そうに見つめていた。
「……食べる?」
「おっお仕事中……ですから」
「それなら俺に付き合ってよ。一緒に食べよう?」
「……仕事なら。……仕方ないですね」
渋々といった態度を取りながら、目を輝かせている。相当食べたかったのだろう。
「……っ、ふふ」
あどけないその様に思わず、久しぶりに笑い声をあげる。
「もう!! 本当に美味しかったんですからね!!」
そう怒りながらも頬張る姿は幸せそうで、一緒にと誘った手前、普段は口にしない焼菓子に手を伸ばす。
シナモンの風味が広がって、それはちゃんと。
長い間忘れていた、味がした。
そういえば母が好んだ香辛料だったと思い出す。
「ほら! 美味しいでしょ?」
「…………あぁ。……そうだね」
驚いた素振りをしたアルフラインに得意気な声がかかる。
(君がいると違うのかな)
色も味も。一緒にいるだけで変わっていく。
何かの手品みたいだ。
だからどんどん離したくなくなって、アルフラインの方が困ってしまうのだった。




