Rhapsody in blue for love with you ~君と奏でる愛のための憂鬱な狂想曲~ 1曲目
アルフライン視点で婚姻の儀式まで。
暗めです。
自死のネタもある為苦手な方はご注意ください
カツンカツンと操舵室に向かう途中、無機質な床を蹴る音だけが響き渡る。
シンダルム王国第7王子アルフライン・ハーク・ルギナスはそのシルバーブロンズの髪と琥珀色の瞳に仄暗い輝きを宿して、誰もいない廊下を進んでいた。
「……姉上もよく画策するものだ」
2歳上の同じ腹から産まれた姉は、母の容姿や魔力を引き継がず、国王によく似ていた。
その国王の健在を祈願する船上祭で、姉によって縁談を仕組まれた。
現正后派の息がかかった貴族の娘で、挨拶もお座なりにすぐに断りはしたが気分は最悪に近い。
アルフラインは第7王子で末弟だ。つまり上に6人の兄がいる。その6人は2つに別れて、皇太子派と現正后派で争っていた。
アルフラインがどちらかに着けば拮抗が崩れ、いつ内戦が起きてもおかしくない。
そんな状況にも関わらず、自分の派閥の娘を婚約者として差し向けてくる姉には嫌悪感しか湧いてこない。
「所詮、王子や王女など政局の駒か。そうでなくても俺は魔導具を動かす為だけに存在しているようなものか……」
見目が麗しく人狼の½という理由だけで、孤児院育ちの母は王に召し抱えられた。
魔力の強い子が産まれるかという実験台のような扱いに、心を壊したのは当然の成り行きだったのだろう。
姉と自分を産み、歳の離れた妹を出産したの翌年。
母はアルフラインや同じ孤児院育ちだったレナインとサイフォスを目前にして、胸を突いて自害した。随分前の昔話だ。
「……やはり帰路分の魔力を送り込まないと持たないな」
船首にほど近い操舵室に入ると、この客船を動かすための魔導炉が弱々しく輝いている。
客船は予想外の悪天候を受け、大きく進路を逸脱していた。
呑気に祭事やら舞踏会やらを楽しんでいられる連中が羨ましいほどだ。
「人魚の領域が近いのか?」
操舵室の窓に打ち付ける雨は激しく、嵐と評していい。人魚の領域は常に嵐と共に移動すると知られた存在であった。
魔導炉に帰路分の魔力を注ぎ終わると、雷鳴が轟く。
その閃光は赤い、血のような色をしていた。
色彩が分からなくなったのは何時からだったか。
誰にも言ってはいないが、全てが血のように赤く染まってみえるのは、もう何年も前からだった。
次に味が分からなくなった。
何を食べても砂を噛んでいるよう感じる。
それでも城の食事は真心も感じるから口には入れられた。だが、この船の料理は全く喉を通らなかった。
一体いつまで。
一体いつまで自分は生かされるのだろう。
母が亡くなった後、アルフラインを案じたサイフォスとレナインに誘われて、陸の要塞と呼ばれるこのメザホルンに赴いた。
だがメザホルンに居ても尚、王都からの干渉を完全に防ぐのは難しい。
もううんざりだ。
どうせ生きていても母のように道具として使われるだけなら、この世界に生きる意味が何処にあるのか。
アルフラインが窓へ寄って考えに耽っていると、操舵室のドアが音を立てずに開かれる。
「アルフライン様。此方でしたか……」
「レナインか……」
「探しました。お独りで行動されるのは御控えください。この船にはサイフォスの搭乗は許可されておりません。私ではどこまで御守り出来るか……」
祭事に武官は不要だ。剣など野蛮だと宣った貴族達が多かったのだ。護衛を疎かにして、緊急事態にどう備えるつもりなのか。全てが忌々しく愚かしい。
正しくアルフラインが己の世界に絶望した時、それを嘲笑うかのように操舵室を含めた船首を大波が襲った。
音を立てて割れ、窓の硝子達が散らばって海に落ちていく。
衝動的にそれと同じ運命を望んで、海に身を投げた。
「っ……アルフライン様!! 何故!?」
「レナイン……お前は戻れ!!」
悲鳴のような呼びかけを拒絶して、アルフラインは海に落ちていった。




