君 死にたもうことなかれ side サイフォス
レナインがちょっと不憫
やっぱり左腕を書いたら右腕も
客船は明らかに異常な状態で港に停泊し、サイフォスは盛大に顔を顰める。
許可が降りず搭乗出来なかった彼は、予定より遅れた帰還をただ待つしかなかった。
「あぁ、なんだって!? もう一度言え!! レナイン!!」
主であるアルフラインの姿が見当たらない。
客船から降り立った、顔面蒼白のレナインを問い詰めたところ、海に落ちたと告げられた。
「……だからっ……海に……っ!!」
「お前はそれで!! むざむざ帰ってきたのかっ!!」
「王子が……戻れとっ……」
目の焦点が合っていない、茫然自失としているレナインの胸倉を掴みあげる。
「落ちた場所は!! お前なら覚えてんだろっ。探しに行く!!」
「……無理だっ。人魚の領域が来ている。……軍艦を出さないと……それには……王子の承認が……」
「うるせぇ。がたがた言ってないで、場所を教えろっ」
怒りたけるサイフォスから目を逸らして、レナインが弱々しく呟いた。
「っ。……もう、止めよう。……私やお前は王子がいれば満足かもしれない。…………けれども、王子の幸せは誰がっ……」
ほとんど慟哭のようなそれは聞き入れ難く、眼鏡がひしゃげる程の力で頬を殴り飛ばす。
「簡単に諦めるなっ!! ……馬鹿野郎っ」
衝撃で床に転がったレナインが頬を押さえながら、ぽつりぽつりと正確な位置を漏らし始める。
それを記録して使える船を探す為、手当り次第に海辺を走った。
丁度、浜辺の遠くに乗れそうな漁船が見えた。小型だが、これ以上なく焦っているサイフォスには救いの船だ。
向う途中、浜辺で倒れている人影が目に入ったが、今はそれどころではない。
無断で漁船に乗り込み状態を確認する。
そこにも人が倒れていた。意識がなく死んだように横たわっている。
昼下がりの陽光が差し込んで、シルバーブロンズの髪が光を弾いていた。
それはこれからサイフォスが探しに行かなければならないはずの人物だった。
駆け寄って恐る恐る首に手を当てると、すぐに脈が返ってくる。
「っ、生きてる……よかった…………リリティア様」
安堵から力が抜けて、ずるずると甲板に座りこんだ。
「……あぁ?なんだよっこれ…………ちくしょう」
顔を隠すように手で覆う。その無骨な手の甲を濡らして、幾筋も水滴が落ちていく。
泣きたいわけではないのに涙が溢れてとまらなかった。
「恰好っ……悪ぃ」
正直なところでは、もう失ったかも知れないと思った存在が生きてこの場にいる。
それは一度大きな喪失を経験しているサイフォスに取って何よりの僥倖だった。
ひとしきり泣いて、アルフラインを抱え、その周りにあった水色の髪も集めて船を降りる。
サイフォスとは別に船から伸びている足跡があり、その先には倒れたままの人影があった。
足跡は真っ直ぐ、漁船から客船の方に伸びていた。
「……こいつも船に乗ってたのか? てか、不法入国だな……」
仰向けに転がしてみても、紋章は見当たらなかった。外傷はなく眠っているだけのようだ
「この恰好、男か? げっ、こいつがしてるのって、あの炎武のブレスレットじゃんか」
ダッカローゼンでも一部の猛者しか持てないような品物だった。服も男物だ。
王子が船に倒れていた事情を知っているかもしれないなと、左肩でアルフラインを抱え直し、右肩にその生き倒れている身体を抱えた。
ざくざくと音を立てて浜辺を歩く。
サイフォスが殴り飛ばした場所から動かず、生気を失って座り込んでいるレナインの前に立って影を作る。
「呆けてんじゃねぇよ。……もう、見失うな」
左肩から王子を下ろしてレナインに預ける。
信じられないと言ったように目が大きく見開かれた。
「俺はこの正体不明な輩を牢屋に放り込んでくる。……王子とてめぇの手当ては任せたぞ」
アルフラインを抱き抱えたレナインが何度も無言で頷いたのを見届けて、ひと息ついてサイフォスはゆっくり城に向かった。




