アルフラインの本心と罠
お母さんの台詞から、10、100、1000、10000と韻を踏んでいるつもりです。
じんわりと熱を伝えてくるだけで微動だにしていなかったルーシェが、ぴくりと動いてたじろいだ。
「あ、あの……アルフライン様?」
久方ぶりに名を呼ばれて、回している腕に力を込める。
髪に指を差し入れ、紅いハイビスカスの花を外して捨てた。
「……おかえり。やっと……俺のルーシェだ」
「……おっ俺のですか?」
焦ったように聞き返しているのも愛しい。
そのまま頬に、目尻に、額に唇を寄せてもまだ足りなかった。どうしようもなく乾いていた飢えが満たされない。
「君は何処まで覚えてる?」
「えっ? えっと……」
浮気を疑われた事も些か、引っかかっていた。
「……髪、綺麗な水色のままだけどいいの?」
細やかな加虐心に駆られて、耳元で告げる。
びくりと腕に抱いた身体が跳ねて、怖々と髪色を確認した後、見る見るうちに瞳が潤んでいく。
「……ぁ。ごめ……ごめんなさ…………」
「何を謝るの? 嵐の海で俺を助けてくれたのは君でしょう」
「わっ私じゃ身代わりに……人魚になれないのに…………本物の人魚がいたら、身を引かなきゃいけなっ……うぅ……幻滅……しなぃでっ……」
しゃくり上げるように泣いているが、どうも何か勘違いをしているようだ。
「……幻滅もしないし、そもそも俺は君を身代わりで愛した事はないよ」
「……だっ……違うって…………間違いだって。婚姻の誓いの時……」
「それは君を愛している俺の気持ちを否定しないで欲しかっただけだ」
どうやら浮気を疑われていたのは本当らしい。しかもかなり前からだ。
たまに見せていた不安気な表情は、そのせいだったのかと合点がいった。
軽い怒り以上に泣いてる顔が可愛くて、もっと泣かせたくなってしまう。
「……俺はあの日。嵐の海に身を投げ出して死のうとしていたんだ。それを君が助けたんだから、責任とって?」
ひゅっとルーシェの息が止まる。
まだ潤んだまま大きく見開かれた瞳の色が綺麗だ。アルフラインを写す、大好きになった淡い水の色。
「君と出逢わなければ俺は死んでいた。身を引くって? そんなの赦さない。 今でも君がいなかったらこの世界に生きている意味がないんだ…………ねぇ、そんな俺を放っておける?」
「っ……そんな風に言わなくても、私はお側にいたいのに……酷いっ。そんな風にアルフライン様自身を貶めないで……」
ぽろぽろと溢れる涙が、自分の為に流れているかと思うと、暗い喜びと共に堪らなく愛しくなる。
「ごめんね。でも泣き顔が可愛くて」
次々に頬を伝う涙を舌で舐め取って、何度も唇にも触れて、ようやく溜飲をさげる。
「君が俺のものでなくても、俺はもうとっくに君のものなんだよ。覚えておいて?」
半分は罠で半分は本心だ。
「でも婚姻の誓いを受けてくれたのだから、俺の側から絶対に離れないで」
水色の髪が揺れて、素直に頷く。こう言えばお人好しの上に責任感も強い彼女が必ず承諾してくれるのは解っていた。
ルーシェの気持ちが育つまでは、自分のものにはせず待っても良いが、捕まえておくための手段は選ばない。
本当はひと欠片でも誰かに渡すつもりはないが、それを本人に言うつもりはなかった。
代わりに――
「1000夜この腕に抱いて10000回愛を囁く事を君に誓うよ」
足りていなかった愛情表現を上乗せして、泥々に甘やかしてやる。そうして彼女も自分無いしでは生きて行けなくなればいい。
それが溶けるような微笑みをルーシェに向けているアルフラインの心からの本心だった。




