人魚の涙と海からの来訪者 ハーフマーメイドの宿命
20話を超えてようやく、タイトルのハーフマーメイドの伏線を回収しました。
「母……娘ですか…………貴方は一体? ルーシェは漁師の娘と言っていましたが?」
「……姉者はマレンカレン王の末の姫君だ。我ら人魚の正統な血統の者だ」
言い付け通り刃物を収めて大人しくしている男が、我慢出来ないとばかりに口を開いた。
「この子は私の娘よ。でも父親は人間だったわ。このブレスレット、あいつのなの。これしかないって押し付けてきた」
自分の首元に着けているチョーカーをそう懐かしそうに触る。
「つまり嬢ちゃんは人魚の½ってことか? 人魚ってのは恐ろしいな。½で、あの魔力なのかよっ」
かりかりとサイフォスが頬を掻く。
魔導具で増幅すれば独りで国家間のバランスを壊しかねない。人魚が皆、これ程の強さなら敵には回したくない相手だった。
「……我らとて、ここまでの力を持つ者はいない。人魚が人の子を宿すと、その子は母親の全てを吸い取って産まれてくる。その娘の魔力は……母親食いの……忌まわしき力だ」
忌々しいと評された本人はどこ吹く風で、南瓜ほどの大きさの水球を幾つも作り出しては、お手玉のように空中で回して遊んでいた。
「人の子を産んだ母体は泡になって消え、吸った子供は母親の面差しを強く写す。力が強すぎて、果てる者さえいた。……その子供を憎むべきか? 愛すべきなのか? 不毛な争いを……その悲しみを……我らは耐えられぬ!! …………故に我らは人との交わりを絶った」
「……変わってないわね……ヴァオス」
「姉者っっ何故!! 人などと交わった!? 貴女を失って皆がどれほど悲しんだか。…………いや、今は問いまい。このままマレンカレンに帰ろう。 その身体と人魚の涙があれば姉者はそのまま……その身体を貰っても良いはずだ」
「舐めんてんか、おめぇ。俺の前でさせるかよっ」
サイフォスが剣の柄を握りなおして吼えているが、アルフラインの心情も似たようなものだ。
そんな勝手な感傷で、連れて行くなど許せるわけもない。
どんな理由があろうと納得する気は毛頭ないが、穏便に済ませられる範疇は既に超えていた。
「その娘のせいで姉者は……」
だがアルフラインが動くより先に、ぴたりと回っていた水球が静止する。
「……せいって……何かしら? 私は短くても格好良く、自分の人生を生きたわ……」
この場で誰よりも憤っているはアルフラインではなかった。
数百個の水球が一斉に男を目掛けて飛んでいく。
「勝手に決めつけないでちょうだい。私はあの男を愛して、その子供を産んで…………誰より幸せだった」
ひとつひとつの殺傷能力は低いが、蓄積された衝撃に男が膝をつく。それだけ隙が出来れば充分だった。
「サイフォス、生かして捕まえろ。まだ聞きたい事がある」
手際良くマントを紐代わりに男を縛りあげたのを見届けて、安堵の息が漏れる。
残る問題は、その様を黙って傍観している彼女だけだ。
「……其奴を城の牢に閉じ込めてから、迎えに来てくれる?」
「おい!! その間のお前の護衛、どうするつもりだ!?」
「……2人っきりにさせて欲しい」
軽々と男を担いだサイフォスが盛大なため息をついた。
「お前に何かあったら、俺がレナインに怒られるんだからな。戻ってちゃんと自分で怒られろよ」
アルフラインの頭を2度わしゃわしゃとかき混ざして、振り返らずに男を連れて大股で行ってしまう。
「ああ、ちゃんと戻るさ」
その為に、自分にとって何より大切なものを取り戻す為に。
アルフラインは大輪の紅いハイビスカスの花と向き合った。
ルーシェがハーフマーメイドだと知っているのは産んだ本人と気の知れた数名だけなので本人に出張って来てもらいました。




