人魚の涙と海からの来訪者 1人目の来訪者
1章の佳境に入ります。
陽射しもそのままに、大雨以来続く快晴と白い浜辺のコントラストが清々しい。
ルーシェはアルフラインと離島へ再訪していた。
イルカの様子を見に来ただけなので、サイフォスを含めて3人きりだ。
エリーが選んでくれた、腰に大きなハイビスカスが飾られたパレオ状のドレスが海に映えていた。
「嬢ちゃん、あんまり深いとこは入るなよ。俺は危険がねぇか向こうの方を確認してくる」
砂浜は安全だと判断したサイフォスはひらひらと手を振って、高台の方に去っていった。
勝手に名前をつけたイルカはまだその離島に残っていて、ルーシェが呼びかけると寄ってくる。
「キュイ!! 元気だった?」
すっかり住み着いてしまったようだ。
夢中になって波打ち際でキュイと戯れて遊んでいると、アルフラインまでいなくなっていた。
「あれ? 2人とも何処に行ったんだろう?」
丘は岩石のようなものもあって見通しは悪い。島の反対側の方にでも足を伸ばしているのだろうかと首を傾げる。
ざぁざぁと不意に波の音が大きくなった。
(……呼んでる)
波が――、海が――、誰かが――。
呼び声に吸い寄せられるように其方を振り向く。遠くに人影が霞んでいた。
(……誰?)
サイフォスでもアルフラインでもない。
装束のような服を着た男の髪は――
――空のように青い水色だった。
近づいてくる影に後退りたいのに、見知らぬ恐怖に足が竦んで動かなくなる。
呼ばれている。呼び声は幻聴ではなく、はっきりと男の方からしていた。
遂には目の前に立たれた。
想像より穏やかな優しい顔立ちで、真っ直ぐ後ろ一本で髪を結わえていた。
深緑の瞳にじっと見定められ、しゃらんと鎖のようなものが首に掛けられる。
「……見つけた。生きていたのだな。…………産まれて……いたのだな」
鎖の先に付けられた水色の宝石がルーシェに触れた瞬間。
電流のように流れ込んでくる力に息が出来なくなる。
「っ……あっ」
ずっと呼んでいたのは――
切ないような、悲しいような、愛おしいような
そんな想いも一緒に流れ込んでくる。
呼び声はその水色の宝石から鳴り続けていた。
「……人魚の涙と馴染むまでは動けまい」
金縛りのような状態になって、崩れ落ちるところを男の腕に支えられる。
「それがそなたの本来の姿なのだな……悲しき定めよ。……本当に姉者と似ている。美しき水の蒼だ」
瞬く間に腰まで伸びた髪は、瞳と同じ色に染まっている。
身体が灼けるように熱くて、震えが走って止まらない。
「お前が動けるようになったら、共に帰ろう。人魚の領域に」
マレンカレンなんて聞いた事もない。そんな知らない場所に連れて行かれたくはない。
そう拒むよりも前に、自由の利かない身体は易易と抱き抱えられていた。




