白浜を目指して 密室馬車
王子の婚約者として生活するようになって、書庫通いとレナインの講義が日課になっていた。
昨日の復習でシンダルム王国の歴史書を開いていると、エリーが大きな籠を抱えて入ってくる。
「どうしたのエリー?」
「さぁ。参りましょう!! ルーシェ様」
あれもこれもと籠にしまっていたエリーを何事かと訝しんでいると、最後にはルーシェも連れ出された。
「待って!! 何処に行くの!? エリー」
「何処ってもちろん!!」
なんと正門だ。
入城した時は眠っていたし、それ以降は外出禁止だったため、メザホルン城の出入り口すらルーシェは初めてだった。馬車まで手配されている。
大小様々な籠が別の馬車に積まれている間に、サイフォスとレナインを連れて当然のようにアルフラインが近づいてくる。
「レナイン。じゃあ後は頼んだよ」
「行ってらっしゃいませ。アルフライン様。……サイフォス、王子とルーシェ様をしっかり御守りしろ」
「へいへい。そんな危ねぇとこ行くわけじゃないんだし」
仰々しく礼をしたレナインに対して、サイフォスが適当にあしらっている。
「ほら出掛けるよ。ルーシェ」
先に乗り込んだアルフラインに手を取ってもらい、呆然としたまま馬車の中に入る。
遠ざかる城の影に、通り過ぎる街並み。
馬車越しでも始めて尽くしで、高揚して頬に赤みが差す。
「何処に向かっているんです!?」
「この先に離島があるんだ。途中からは歩かなきゃいけないんだけど……。浜辺が好きなんでしょう?」
「一緒に行くって約束覚えていてくれたんですね!!」
「まとまった都合を空けるのに時間が掛かってしまって……。呆れてない?」
アルフラインは王子として果たす公務もある中で、ルーシェに最大限の時間を割いてくれている。呆れるなどとんでもなかった。
「嬉しいです!! ありがとうございます」
「むしろ俺の方がルーシェとの時間が足りていないんだけどね」
ふわりとアルフラインの手が回されて、そっと抱き込まれる。
「レナインに押し付けりゃ良いのに、自分の分を片付けてくるから疲れんだろうっ」
「……サイフォスは黙っててくれる」
護衛として同乗しているサイフォスの横やりを一瞥して、温もりを求めるかのような仕種で頬を擦り寄せられる。
「ねぇ着くまで休んでててもいい? 駄目かな?」
「えっ!? どっどうぞっ」
そんなに疲れていたのかと慌てて答える。
(でもどこで休むのかしら……?)
馬車はある意味密室なうえ、過度のスキンシップで既に心拍数はあがり気味だった。
「そう? じゃあ遠慮なく」
アルフラインの頭が自分の膝の上に乗っけられて完全に平常心が振り切った。
そんなルーシェの髪を、どこ吹く風で仰向けになりながら下から見上げる格好で気ままに梳いてくる。
「ルーシェはさぁ、お人好しがすぎるかな。俺は君なら簡単に騙せる自信があるよ? ……あんまり俺以外に優しくしないでね」
好き勝手に膝枕をさせておきながら、なんて事を言うのだろう。
サイフォスの嘆息だけが響いて、もうルーシェは早く目的地に着いて欲しくて仕方なかった。
車はない世界観。馬車はロマン!!




