プロローグ
プロローグをつけてみました。
番外編とあまり変わらないです。
無機質に床を蹴る音だけが冷たい空間に響き渡る。
シンダルム王国第7王子アルフライン・ハーク・ルギナスはその廊下を、琥珀色の瞳に仄暗い輝きを宿してながら進んでいた。
「……姉上もよく策ばかり労するものだ」
同じ腹から産まれた姉は母の容姿や魔力を引き継がず、国王によく似ていた。
その国王の健在を祈願する船上祭で、姉によって縁談を仕組まれたのは半刻ほど前だ。
望んでもいない婚約者候補など会う気にもならないと、周囲の制止を振り切って祝賀の場を退席し、船首にほど近い操舵室まで赴いた。
室内は船上祭を行っている客船を動かすために魔力を貯めておく魔導炉だけが、ほとんど消えそうな光を湛えていた。
「……やはり帰路分の魔力を送り込まないと持たないな」
客船は予想外の悪天候を受け、大きく進路を逸脱していた。
呑気に祭事やら舞踏会やらを楽しんでいられる連中の気楽さが羨ましくなる。
「人魚の領域が近いのか?」
操舵室の窓に打ち付ける雨は激しく、嵐と評していい。人魚が暮らすマレンカレンは、常に嵐と共に移動すると知られた存在であった。
魔導炉に帰路分の魔力を注いでから、雷鳴が轟く窓に寄って外を望む。
稲光が彼のシルバーブロンズの髪を照らしていた。
どんな状況でも顔色ひとつ変えないため、氷のようだと囁かれている表情のまま夜の闇を映す。
泣く事も笑う事も随分前に忘れてしまった。
青白い光を放っている魔導炉のように、王国の道具として生きるだけの世界に何の意味があるのか。
「姉上、俺の隣に座る妃など不要に決まっているでしょう」
愛などという情は、母が亡くなった時とっくに枯れているのだから。政局の駒にされるだけの婚姻には嫌悪感しか湧かなかった。
荒む天候よりに、壊れかけている自分の心に失笑する。
誰もいない空間だけでしか安堵の息もつけない。
この苦しみを救ってくれる者など現れないだろう。
アルフラインにはもう王子として生きる気概がほとんど残っていなかった。
そうして正しく己の世界に絶望した彼を誘うかのように、けたたましい音がさんざめく。大波が爪を立てて、操舵室を含めた船首を襲い、船体が大きく傾いた。
砕かれた窓の硝子達が、無惨に外海に放り出される。
衝動的にそれと同じ運命を望んで、アルフラインは海に身を投げた。