あなたを死なせない
音無夕太郎(おとなしゆうたろう)はかつて、川に飛び込んで自殺を図ろうとした二十代の女性を助けて表彰されたことがある。そんな彼がいまは死ぬことを考えている。二十代ならまだいくらでもやり直しがきく。でも、40を過ぎてすべてを失っただけではなくこの先の責任だけが残る。人生に失敗したことが明らかな自分には死ぬことが最上の選択肢だ、そう考えずにはいられなかった。
彼はユキという社内の二十代の女性と不倫関係にあった。そのユキが妊娠をし、子供は産む、奥さんと別れてほしい、と言って会社で手首を切る騒ぎを起こした。しかもユキは会社を辞めないと言い張る。音無夕太郎は会社を辞めるしかなくなった。意を決して妻に話したところ、妻は小学生になったばかりの息子を連れて実家に戻り、離婚の交渉を弁護士に一任した。音無夕太郎は不倫相手と妻の両方から慰謝料を請求され、仕事も失い、投資の失敗で借金も残り、しかも今後20年に及ぶ養育費の負担もある。会社をやめて一か月がたっても「死ぬのが一番いい」という考えが浮かんで職探しをする気にもならない。夏の終わりの夕方、最後の晩餐のつもりで音無夕太郎は街に出る。
駅前でエレクトリックギターの弾き語りをしているリコという女がいた。音無夕太郎は彼女の歌声と表情にすっかり痺れてしまった。生きるとか死ぬとか、そんなことはどうでもよくなった。最後の晩餐の気分も吹き飛び、ビールと中華料理で胃袋を満たした。
店を出て歩いていると、ギターケースを括りつけたカートを引きずっているリコが歩いている。リコは音無夕太郎に気づいて挨拶をする。
「素晴らしい歌だった、またぜひ聴かせてほしい」彼が言うと、リコはこう返した。
「死にたいんでしょう? 一緒に死んであげてもいいわ…」
彼はユキという社内の二十代の女性と不倫関係にあった。そのユキが妊娠をし、子供は産む、奥さんと別れてほしい、と言って会社で手首を切る騒ぎを起こした。しかもユキは会社を辞めないと言い張る。音無夕太郎は会社を辞めるしかなくなった。意を決して妻に話したところ、妻は小学生になったばかりの息子を連れて実家に戻り、離婚の交渉を弁護士に一任した。音無夕太郎は不倫相手と妻の両方から慰謝料を請求され、仕事も失い、投資の失敗で借金も残り、しかも今後20年に及ぶ養育費の負担もある。会社をやめて一か月がたっても「死ぬのが一番いい」という考えが浮かんで職探しをする気にもならない。夏の終わりの夕方、最後の晩餐のつもりで音無夕太郎は街に出る。
駅前でエレクトリックギターの弾き語りをしているリコという女がいた。音無夕太郎は彼女の歌声と表情にすっかり痺れてしまった。生きるとか死ぬとか、そんなことはどうでもよくなった。最後の晩餐の気分も吹き飛び、ビールと中華料理で胃袋を満たした。
店を出て歩いていると、ギターケースを括りつけたカートを引きずっているリコが歩いている。リコは音無夕太郎に気づいて挨拶をする。
「素晴らしい歌だった、またぜひ聴かせてほしい」彼が言うと、リコはこう返した。
「死にたいんでしょう? 一緒に死んであげてもいいわ…」