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俺の女2

 石造りの二階建て集合住宅は、一階の正面に複数戸分の玄関があり、その一つが私の家になる。

 中の階段で上下の階に移動可能なメゾネットタイプだ。


「ねぇ、サムとの結婚の申し込みを受けたって本当!?」


 玄関の扉を開き、そのまま中に入って居間にいた親に会うなり、私は叫ぶように大声で質問していた。マルクによって肩を抱き寄せられた格好で。これも彼の考えあっての行動みたいだから、黙認している。本当はすごく恥ずかしいんだけどね!


 両親は血相を変えた私を見るなり、目を大きく見開き、それからマルクを見て目を丸くしていた。


「おおおお、落ち着きなさい」


 お母さんが一番動揺している。それでもお客さんに中に入るように勧めていた。

 我が家の狭い食卓にお父さん対三人で着席する。私が一番端っこで、真ん中にマルク。その彼の隣に大柄のサムがいる。

 お母さんがかまど(暖炉兼用)と食卓を往復してせっせと動き、みんなにお茶を出している。私も手伝おうとしたけど、隣にいるマルクをチラリと見て断られてしまったので、黙って座っている。


 弟はまだ帰宅していなかったので、修羅場に巻き込まれずに済んでいる。


「サムが先ほど我が家に来て、ミーナとの結婚の許可を求めてきたのは本当だ」


 仕事を終えたお母さんが座ったあと、気まずそうにお父さんが話を切り出すと、サムがそのとおりと言わんばかりにうなずく。


「おじさんは、すぐに良いって言ってくれたんだぜ」


 自信満々に答える彼にお父さんはため息をつく。


「違うぞ。正確にはこう言ったんだ。『ああ、いいぞ。ミーナさえ良ければ』とな」


 両親の答えに心の底から安堵したのと同時に、私の意志を優先してくれる両親を心からありがたく感じた。


「サム、お父さんにこう言われたら、次は私に求婚するべきじゃなかったの? お父さんは私の意思を尊重するって言ってくれたんだから」

「え? そんなことわざわざ聞かなくても分かっていたし。ミーナは俺のこと、好きだろう?」


 そう切り返されて、思わず口籠った。

 たしかに記憶を思い出す前の私だったら、結構彼を比較的好ましく思っていたから。

 でも、彼に夢中というわけでもなく、他の女の子が話すように恋をしているわけじゃなかったけど。


「お祭りのとき、俺に花をくれたしな。それって、そういうことだろ?」


 年に一度、地元で花祭りが開催される。国王の即位記念日を祝うため、色とりどりの花が町中に飾られ、国中から観光客が溢れかえる。


 そのとき、男女が意中の相手に花を贈るのも、名物となっていた。


「うん。仕方がないから花をもらってやるよ。俺しかもらってくれる奴はいないだろ。そう言ってサムは私のボロボロな花をもらってくれたよね」


 いつも不恰好な花輪しか作れなかったから、そんなものでも貰ってくれる彼を優しいと思っていた。

 家族の役立たず。自分自身、そう思っていたから特に。


「でも、サムは他の女の子の花ももらっていたし、一緒に他の子と二人きりで出かけてもいたから、あれって義理で私の花を貰ってくれたんだと思っていた」

「そうだったのか!?」

「そうよ」

「じゃあ、俺の勘違いだったのかー!」


 サムは見るからに落ち込んで、オレンジ頭を抱えたまま勢いよくうつむいていた。


「ミーナごめん。俺、すげー恥ずかしい」

「いいよ、私のことは気にしないで。それよりもサムの落ち込み具合が今は心配」

「ミーナは優しいな。それなのに俺はミーナに誤解させるようなことをしていたんだな」

「誤解というか、全然言われるまで特別好かれているって分からなかったよ。ごめん。それに私が魔導士になっても、スミおばさんが言ったように私はサムのお嫁さんには向いてないと思うし」

「そうか……。色々と悪かったな」


 彼は私の言葉をきちんと受け止めて、気まずそうだけど反省しているようだった。私のお断りが彼にも伝わり、ようやく問題は解決したみたいね。


「でも、お前に振られたら、俺は一体誰と結婚すればいいんだ……。俺が気に入った女の子は、みんなお袋がダメって言うし、お袋が決めた相手と結婚するなんてカッコ悪くて最悪だ……。自分の嫁くらい自分で決めたいのに」

「ん?」


 サムからさらに問題発言が聞こえた気がした。


「もしかしてサムは、本当は私以外の女の子と結婚したかったの?」

「いや、そういうんじゃなくて、どんな子もお袋がダメって言うんだよ! だから、もう魔導士になるミーナくらいしか残ってなかったんだよ」


 そうサムが言った途端、私とサムの間にいたマルクがいきなり立ち上がった。


「黙って聞いていれば、君は彼女をなんだと思っているんですか! 彼女はこの世でたった一人しかいない大事な人なんです! そんないくらでも代わりが利く程度の好意で彼女に近づかないでください!」


 すごい怒り方だった。こんなに激情に駆られた彼を見るのは久しぶりな気がする。

 私のために真剣に抗議してくれた。その彼の気持ちが、とても嬉しかった。


「花なんて彼女から一度ももらったことがないのに」


 そうマルクが悔しそうに呟いていたので、意外だった。

 彼がそんなに花好きだとは知らなかったから。


 叱られた当人であるサムは、なぜ怒られたのか戸惑っているようだった。


「なんだよ、別に好いてくれる女の子から嫁さんを選んでもいいだろ? なにが悪いんだ?」

「あれもダメ、これもダメ、じゃあ残ったこの人でいい。そんな方法で嫁に選ばれたと知った相手の気持ちを考えたことはなかったんですか?」

「いや、そんなつもりはなかったけど……」


 サムはみるみる萎んでいった。


「ごめん。俺、調子に乗っていたみたいだ。相手の気持ちを全然考えていなかった」


 本当に反省しているみたいだから、これ以上は勘弁してあげて欲しいと、マルクの服の袖をつんつんと軽く引っ張った。


 彼は私の意図に気づいたのか、ため息をついて腰を再び下ろしてくれた。


「あのさサム、あなたのお嫁さんって、いずれはスミおばさんがしていた仕事を引き継ぐってことでしょう?」

「ああ、そうだな」

「スミおばさんがしていた仕事って、すごく大変そうだったよ? 家事全般はもちろんのこと、お店の仕事もかなり担っているでしょう? それって誰でもできる仕事じゃないと思うの。少なくとも私には無理だし」

「そ、そうなのか……?」


 私の意見にサムは初めて知ったと言わんばかりの意外そうな顔をした。


「うん、もしおばさんが帳簿をつけていたり発注したりしていたなら、算術や勘定もできないとダメってことでしょう? サムが気に入った子で、そういうのできそうな子がいた?」

「あー、分からない。でも、得意そうではないかも……」


 サムが気まずそうな顔をする。


「でも、もし嫁が苦手な仕事なら、俺がすればいいんじゃないか?」

「うーん、でもそれって言わないと分からないよね? 私に言われるまで、サムもお嫁さんの仕事はスミおばさんがやっていた仕事だと当たり前に思っていたでしょう? スミおばさんも同じじゃないかな? 自分がやって当然と思っているなら、お嫁さんにも同じ仕事をお願いするんじゃない?」

「あー、そうかも」

「なら、スミおばさんがやっている仕事をどんどんサムがこなせば、どんな人がお嫁に来ても、サムおばさんはうなずいてくれるんじゃない?」


 ちなみにシリムおじさん(サムの父親)は、いつもお店でお客さん相手にのんびり話しているくらいだった。一方で、常に忙しそうに動いているスミおばさんが印象的だったんだよね。極端だなぁって。


「そうだな。俺、やってみるよ。ミーナ、ありがとう。色々と失礼なことをしたのに、お袋の相談まで乗ってくれて助かったよ。それにしても、よくお袋がごねていた理由が分かったな」

「魔導の基本だよ。因果律は。何事も結果には、元になる原因がある法則なのよ」

「そうか。ミーナも魔導士になるために頑張っているから、俺も家の仕事を頑張ってお袋に認めてもらうよ」


 それからサムは席を立つと、マルクの方を見つめる。


「そこのミーナの連れの人にも謝るよ。ごめん、すげー喧嘩腰で悪かったな。それにミーナのことで怒らせてごめん」

「いえ、分かってくれれば問題ありません」

「今回の件で、俺のことを本当に分かってくれるのはミーナだって気づけたから、今度こそは気を付けるよ」


 サムはニヤリと挑発するように相手を見下ろしていた。対するマルクは、学校で常に見せている温厚な先生らしくなく、彼を険しく睨みつけている。


 再び二人で火花を散らさないで欲しいな。どうしたんだろう? いつもは二人とも、愛想がいいタイプなのに。


「じゃあ、今日は突然来て悪いし、もう帰るよ。おじさん、おばさん、お邪魔しました!」


 サムは私の両親に勢いよくお辞儀をした。


「ああ、また遊びにおいで」

「サム、またね!」


 彼が帰った後、急に家の中は静かになった。

 示し合わせたようにお互いに顔を見合わせ、苦笑いをする。

 無事に問題が解決できて良かった。そんな安心感を私たちは共有していた。たぶん。


 実は、話が拗れたらどうしようって心配していたのよね。魔導で過去の記憶をいじるのは難しいのよ。最悪呪いをかけて相手の行動を制限するしかないと思っていたけど、そんな事態にならなくて幸いだった。


 お母さんが淹れてくれたお茶が美味しいわ。まったり味わっていると、お父さんが意味ありげな視線を向けてきた。


「それで、ミーナの連れてきたお客様は、本日どんな用だったんだ?」

「あっ」


 サムの件があったせいで、頭からすっかり抜けていたわ。


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