謝りたい<最終話>
いやー、本当にびっくりしたよね。マルクがあの知の大魔導士と言われたカイハーンの生まれ変わりだったなんて!
私、ずっと彼の名前をマーク・カイハーンだと覚えていたのよ。
本当は同じ綴りで、マルク・カイハーンと読むと知ったときの衝撃は、私の乏しい語彙力では表現できないわ。
前世の記憶をいつ取り戻したのって聞いたら、前世の私と出会う前だって言うのよ。
あの初対面で威圧をかけたときから、中身はあのカイハーンだったの?
相手はまだ幼い子どもだと思って、すっぽんぽんで鱗を取りに行ったときも?
パンツを買いに行かせたときも?
それに気づいたときのショックと言ったら!
憧れの大魔導士に私ったらなんてことを!
「痴女ですいませんでした!」
気づいたら頭を下げて必死に謝っていたわよ。そうしたら彼ったら、すごく残念そうな顔をしてこう言ったの。「違う、そうではありません」って。
謝罪が足りないのかと思って、今度は床の絨毯の上に額をこすりつけるような勢いで頭を下げたら、なぜか彼は崩れ落ちるし、しまいにはさめざめと泣かれてしまった。
どうしたらいいのか分からなくて、彼の体にしがみつきながら必死に謝るしかなかった。
まぁでも、彼は私の愚行について全然気にしてないみたいで良かった。そもそも恨んでいたら、偽装とはいえ結婚を申し込まないよね。私ったら、うっかりだったわ。
もう早く教えてくれれば良かったのに。どうりでカイハーンの理論について本人みたいな回答が返ってくるはずよね。言われてすぐに納得してしまったわ。
そう彼に伝えたら、また心が無のような顔をされたけど。
数日後、厄災の犠牲者となった魔導士たちの国葬が行われた。私はそこで大魔導士として参列することになった。ラクシル王子から紹介されて、国の救世主となった。
魔導学校は、みんなで校外学習に行ったあとに辞めた。友人たちは私の事情を理解してくれて同情的だった。でも、クラスでドジっ子として認定されていたから半信半疑の子もいたけど、魔物のせいで荒れた土地を私の魔導で元どおりに戻したら、やっと大魔導士だと分かってくれたみたい。
マルクの屋敷で居候していたカーズ先生は、「やっと大魔導士様の身の安全が確保できたな」と嬉しそうに笑い、自分の家に戻っていった。彼にも養子の件で随分お世話になったのでお礼を言うと、照れくさそうだった。
ラクシル王子の国王即位の儀のときに私とマルクの婚約も発表されて、集まっていた民衆から大きな歓声が上がった。
私が大魔導士として披露されたあと、どうやらマルクの手記の内容が普段本を読まない民衆にも「引き裂かれた運命の恋人たちが、生まれ変わってやっと結ばれた物語」として噂話で面白おかしく広まっていたみたい。みんなに大々的に祝福されるようになっていた。
元々私とマルクの結婚を了承していた両親ももちろんお祝いしてくれた。まさか自分たちの娘が有名人の生まれ変わりだったなんてびっくりしていたけどね。それでも実の娘として変わらず大事にしてくれるから、すごくありがたい。
即位儀式で恒例になっているお祝いの花輪を花好きのマルクに贈ったら、涙ぐみながら喜んでくれたから、下手くそだけど作った甲斐があったわ。
マルクの手記は結局読んでいなかった。彼の気持ちを勝手に覗き込むような真似みたいで、なんとなく気が進まなかったから。私について書かれていると知っているなら、なおのこと。
あの男は、隠居後に体調を崩したみたいで、もう表舞台には出なくなった。マルクの話によると、愛妾と庶子が結構いるので、規則に従い国費ではなく彼の私財から彼女たちに財産を分配されることになり、人数が多すぎて本人にはほとんど残らないようだ。前王妃には愛想を尽かされて頼れないし、無計画すぎて痛い目をみたみたいだった。
彼によって無理やり愛妾にさせられた人は、ようやく自由を得ることができ、特にあの男のお気に入りだったヘイゼルっていう女性は、すぐに引き裂かれた恋人の元へ戻ったらしい。
陛下のせいで可哀想だと思っていたら、「腕の立つ魔導士ほど、相手にとって都合のよい幻を見せられるんです」とマルクが急に意味深なことを言ってきた。
「王宮の広間でミーナが威圧をかけたときに私以外に立っていた人がいたでしょう? あの人が前陛下の庶子で、彼女の子どもだったんですよ」
言われて、あのとき見かけた黒髪の若い男性を思い出した。
「偶然、彼女の恋人も彼女と同じ黒髪黒目。彼も優秀な魔導士だったらしいですよ。二人に子がいれば、さぞかし優秀でしょうね」
身代わりを用立て、幻視系の魔導で見かけを誤魔化せば、あの男を騙すことは不可能ではない。でも、それは王宮内に協力者が必要だ。
何が事実なのか彼女本人しか分からないけど、自分の予想が当たっていたらと祈らずにいられなかった。
二年後の本日、成人した私とマルクの結婚式は、王家の全面的な後援で行われた。本当はそんな派手な催しは苦手で回避したかったんだけど、救世主である大魔導士との円満な仲を王家側はアピールしたかったらしい。あの男のせいで、随分評価を下げてしまったからね。宣誓の件でマルクが前王妃にお世話になっていたので、協力する義理があるからとマルクから説明を受けて了承したけど、結婚式に強いこだわりを見せて私のドレス選びを一番嬉々として行っていたのは彼自身だったと思う。
でも、家族も私の花嫁姿をすごく喜んでくれたので、結果的にマルクの言うとおりにして良かった。マルクの着飾った姿も素敵だったから見れて眼福だったしね。
披露宴が終わってマルクと屋敷に戻り、風呂に入ってあとは既にクタクタだった。使用人が勘違いしたのか、なぜか今まで使っていた部屋じゃなくて夫婦部屋に案内されたけど。
今まで別々の部屋で暮らしてきたから、結婚後も同じように別々で寝ると思っていた。
彼は言っていたもの。別に恋人らしい振る舞いを求めているわけではないって。彼は私のことを以前と同じように好きらしい。だから多分、前世のように家族みたいに暮らしたいってことよね。
眠くて面倒だから明日伝えておこうと部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ直後、誰かが慌てて入室してきた。せっかく寝落ちしそうだったのに騒がしい音で起こされてしまった。
うっすら目を開けると、再び部屋が明るくなっている。マルクが風呂上がりなのかバスローブを羽織っていた。
彼もどうやら間違って案内されたようだ。
「今日は素敵な結婚式だったわね。マルクも疲れたでしょう? 間違ってこの部屋に案内されちゃったみたいだけど、疲れたから今日はこのまま休みましょう?」
ベッドは大人二人が寝ても余裕の大きさだった。使用人を呼び出して部屋を変えるのは手間だ。夜中に働かせるのは可哀想だと考えていた。
目を瞑った直後、ベッドの端にマルクが腰掛けたみたいで、少し寝床が揺れた気がした。
「ミーナ、新郎を置いて先に寝ないでください」
すぐに寝入りそうだったのに布団を無情にもめくられて再び邪魔された。温もりも布団とともに奪われていく。また目を開けると、彼が座りながら私を見下ろしていた。
「ミーナ?」
銀糸の長い髪を垂らして、風呂上がりで火照った肌を首元から覗かせている。出会ってから二年経っていたけど、見た目は変わらず若いまま。美しい容貌も変わらない。無防備な姿から色気まで感じる。
「マルクもここで寝ればいいじゃない」
横になったままで、自分の横の空いている場所を手でペシペシと叩いて示した。
「そうですが、その、今日は初夜じゃないですか」
「うん?」
「あの、ミーナは夫婦の夜の営みには興味はないんですか?」
もじもじと恥ずかしそうに質問してきた。
「えっ?」
驚くことを言ってきたから、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。起き上がってマルクを見つめる。彼はとても気まずそうで、目線をあからさまに私から逸らしていた。
「もしかして、私とそういうことをしたかったの?」
恋人らしい振る舞いは求めていないって、マルクは言っていたから、ずっとそうだと思っていた。
私の問いに彼は黙ってうなずく。
マルクは密かに興味があったのね。
前世を含めて全然そういう経験はなかった。でも、お母さんから結婚前に畑に種をまいて子ができる話を聞かされて、さらに犬の交尾を偶然目撃したことがあったから、大まかに何をするのかは想像できたので、内心激しく動揺していた。
「夫婦の営みって、要は子作りよね? 子どもが欲しいの?」
「いえ、子どもが目的ではないです。ただ、あなたに触れたいだけです」
マルクは目を逸らしたまま答えるけど、彼の頬がさらに赤くなった気がした。
恥じらいに悶える彼の姿を見て、静かに胸に来るものがあった。彼に怒られそうだけど、正直言って可愛かった。
でも、ちょっと不満な点もあった。
「そんな大事なこと、突然言われても困るよ」
「そうですよね。すみません困らせてしまって。二度と話題にしませんから安心してください」
マルクが逃げるように慌ただしく腰を浮かせて部屋を出ようとする。
「ちょっと待ってよ!」
咄嗟に彼の腰にしがみついて彼の逃亡を阻止する。今日に限ってやたら布が薄くてスケスケで少し肌寒かったせいか、彼の体から伝わる体温がやたら温かく感じる。
「そういう拒絶の意味で言ったわけではないの。いいから座って!」
ペシペシとベッドのシーツを叩いて先ほどと同じ姿勢にさせた。
「その、いきなり心の準備もなく、子作りを求められたら動揺しちゃっただけよ」
私に伝える機会はいくらでもあったはずよ。結婚式の一週間前に校長も辞めて、屋敷で研究の準備をしていたくらいだし。
「その、言いづらくて、遅くなって申し訳なかったです。でも、あなたが嫌がることをするつもりはありません」
「そっか。マルクは私に気を遣ってくれていたのね」
「はい。だから、あなたが性的なことに興味がなければ、すぐに終わる会話でした。本当に気にしないでください」
「気にするよ。言ったでしょ前に。マルクばかりに無理はさせたくないって」
「……それでは、私の要望に応えてくれるんですか?」
尋ねながらチラリと視線を私に向ける。そこに彼の欲望の片鱗が見えた気がした。
以前の記憶が唐突に思い出される。彼にベッドで抱きしめられたときに感じた体の変化を。あのときと同じようにむずむずした変な気持ちになってくる。
意外な彼の一面を垣間見て、彼をもっと知りたいと願い、期待する自分がいてびっくりした。
「……そのつもりだけど、本心を言えば不安があるの。恥ずかしいし。だから、大丈夫かどうか、少しずつ試してうわぁ」
いきなり彼に押し倒された。
マルクの顔が間近にある。彼も息を凝らして私を見下ろしている。彼の垂らした髪が、くすぐるように私の頬に掛かっていた。
心臓が口から飛び出そうなほどドキドキと緊張する。彼も同じ心境なのか、表情は強張っている。一心に私を見つめる瞳は潤み、激しく燃えるように熱かった。お互いに余裕なく、固唾を飲んで様子を窺っている感じ。
彼の鼻と触れ合い、息遣いが感じるほど近い。
マルクのことは大事だし、好ましいとは感じていた。でも、この彼に抱く気持ちを自分でもよく言い表せなかった。
友人や家族へ向ける感情とは違う気がする。彼との関係は義理や人情を通り越して、どんどん複雑になっている。適切な言葉をずっと探し続けていた。
彼が私の目を見て、ふと笑う。安心させるように私の頬を優しく撫でる。
「愛しています、あなたをずっと」
マルクにそう囁かれて、唇が優しく重なる。
驚きと期待で心が躍り、胸が震える。
求めていた言葉が、やっと見つかった気がした。
彼の熱が、肌から直に伝わってくる。激しく深い想いも。溶けるように混ざり合い、私の中で弾けて広がっていく。波のように何度も打ち寄せて、消えない跡を残していった。
目が覚めると、部屋の中は朝日が差し込み、周囲を明るく照らしていた。物音しない静かで爽やかな目覚めだった。
背後にはマルクがいる。以前のように彼に抱きしめられていた。
身動きして振り返れば、彼もそれで起きたらしく、うっすら目を開けていた。
うっとりするほど幸せそうに微笑んでいる。
そんな彼を見つめながら、私も幸福感に包まれていた。
「マルクおはよう」
そう言って、彼の頬に口づけする。そうすると、ますます彼が嬉しそうなので、私もつられて楽しい気分になった。
とても幸せだった。胸の中は、彼を愛おしく思う気持ちでいっぱいだった。
昨晩、彼から与えられた言葉が、私の中でたしかに根付いていた。
「私も愛しているよ」
想いをやっと言葉にできた。
昨日は色々ありすぎて全く余裕がなかった。気づいたら気を失うように寝ていたから、言いそびれた気持ちを伝えると、彼は目に見えて驚愕していた。綺麗な青い目が大きく見開かれ、私を食い入るように見つめていた。
「ほ、本当ですか? 今の言葉は」
「うん」
「まさか、そんな」
あなたからそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。彼は声を詰まらせて、涙を浮かべていた。手で自分の顔を覆う。
そんなに感極まる彼を見て、なんだかすごく申し訳なくなる。
本当はずっと前から彼のことを愛していたと思う。でも、私があまりにもポンコツすぎて、気づくのに時間がかかりすぎていた。もっと早く伝えられれば、彼を今まで落胆させることも、こんなに追い詰めることもなかった。
マルク、ごめんね。思わずそう言いかけて、口をつぐんだ。
きっと彼は謝罪なんて望んでいない。
そう思い直して、彼を慰めるために胸に抱き寄せる。サラサラな彼の頭髪を撫でれば、彼は肩を震わせて、おとなしくされるがままになっている。そんな彼も愛おしく感じる。
「ありがとうマルク。私をずっと愛してくれて」
きっと一生彼には頭が上がらない気がした。
<完>
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
短編版の最後説明的だったところが解消されてるといいのですが。
反省点を活かし、これからも頑張りたいと思います。




