国王の欲望
「生まれ変わりの弱点でしょうか。前世での死因に酷く恐怖を感じるのは」
移動の最中、マルクが心を見透かしたように耳元で囁く。全くもってそのとおりだったので、彼の腕に抱きつきながらコクコクとうなずいた。
自分でもおかしいと思っていた。気配りに長けたマルクも当然気づいたようだ。
屁っ放り腰でよろよろと歩いていたらあまりにも遅かったみたいで、一旦彼の腕から剥がされて、彼に腰まで手を回されて支えられる。何かに掴まってないと不安でたまらないので、今度は彼の胴体に両腕を回してしがみつく。溺れた人が必死に助けを求めるように。
「うっ、これはちょっとまずいですね」
「ごめん、ホントごめん」
マルクの困った声にひたすら謝るしかなかった。
王宮の格式高い場所で、はしたないのは分かっていたが、怖くて気にしているどころではなかった。
「いえ、あなたに抱きつかれるのは問題ないのですが——、私の自制心が貧弱なだけです」
マルクの狼狽した声に本当に申し訳なくなる。見上げれば、彼はとても恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「あう」
その困りきった表情が可愛すぎて思わず見惚れる。
マルクからしたら、この密着は恥晒し以外の何者でもないだろうけど。
「さぁ、行きましょう」
案内人と距離ができている。促されて歩き出し、再び我に返ってブルブル震え出す。それで一瞬だけ怖気が抜けていたことに気づいた。
今度は王宮内の別の場所に案内された。芸術的な装飾の扉の前で息を呑む。ここにあの男がいると思うと、ますます緊張と畏怖が強くなった。マルクにますます密着すると、彼から呻き声が聞こえた気がした。何度も心の中で詫びながら、改めて覚悟を決めて部屋に足を踏み入れる。
「よく来たな。近う寄れ」
あの男の声が聞こえて肩が震える。記憶とそこまで変わってなかった。
遠目であの男の姿が見えた。大きな歓談用の大きなソファが置かれた広い部屋に男だけが一人で優雅に腰掛けている。
以前、マルクが言っていたとおり、男は老けて変わっていた。若いときは痩身だった中身は、中年らしい体格になっていた。身につけている衣服は国王らしく贅を尽くしたもので、王子だったときの印象と異なった。この男の息子リスダムと顔の雰囲気はよくよく見れば似ている。でも、今は全くの別人だと分かる。
観察していたら目が合った気がして、心臓が凍りつきそうになる。慌てて視線を逸らした。
緊張と恐怖は最高限に達したと思う。体が勝手にマルクの背後に移動して、彼を盾にするように後ろからしがみついていた。
「何をしている。娘よ、早く来い」
「無理無理無理」
マルクの背中に顔をつけながら首をブルブル振っていた。
「陛下、申し訳ございません。弟子は陛下のお側は恐れ多いからと激しく緊張しており、粗相をしてしまう恐れがあるため、この場でご挨拶させていただきます」
「まぁ、良い許す」
渋々と言った感じだが、納得してくれたようだ。もしかして年月のおかげで案外丸くなったのかな?
マルクがあの男に挨拶の言葉を流暢に口にして、私を陛下に紹介する。
「その娘が厄災を滅ぼしたと聞いたが本当か?」
「はい、そうです」
マルクが震える私の代わりに答えてくれる。
「ではなぜ以前、余がその娘を求めたときに弟子は魔導士ですらないと偽りを申したのだ? 余を騙したのか」
一気に不穏な空気に様変わりした。
この男が私を求めたって、本当なの? 何も聞いてないけど。
「いいえ、陛下を騙すなど、そんな恐れ多いことはしておりません。弟子は本当に魔導士の資格を持っておりません」
「ではなぜ厄災を倒せたのだ? 馬鹿にしておるのか!?」
冷静なマルクとは対照的にあの男は興奮気味で酷く取り乱している。
「弟子は前世の記憶を持っているので、厄災に対処できたのです」
「前世だと……? もしかして大魔導士のか?」
「はい、恐らく」
「おお、そうか。そうであったか。でかしたぞサクスヘル卿。さっそくその娘を余の妃に召し上げよう」
聞いた瞬間、悲鳴を上げそうになった。マルクの服をぎゅっと掴むと、彼はすぐに上から私の手に触れてきた。彼の気持ちが伝わってくるようだった。諦めるなと。
「陛下、それは現状では無理でございます」
「無理だと? 一体何を言う。余は今まで優秀な娘を召し上げて来たのだ。不可能なことなどない。もしこれ以上ふざけたことを申すなら、不敬罪を其方に適用するぞ!」
明らかな脅しだった。この男の身勝手ぶりは何も変わっていない。吐き気がするほどの傲慢さだった。
でも、マルクは平然としたまま相手と対峙している。
「理由は二つございます。一つ目は弟子本人が陛下のお側に上がることを望んでおりません。二つ目は陛下のご命令に弟子が従う理由がないからです」
「其方、何を申す 無礼だぞ!」
男が激昂してソファから立ち上がった。
「私の弟子は、エルフィン国の者です」
そうなの、実はマルクが私のためにカーズ先生に頼んだのよ。養女にしてくれって。事情を私の両親に説明して、国籍までさっさと変えてしまったのよね。
校長の権限を使って、留学している体裁をあっという間に整えてしまった。
「小癪な真似を……!」
男は怒りでブルブル肩を震せながら、凶悪な顔を浮かべた。
「衛兵! この男を捕らえろ!」
護衛をしていた兵たちが一瞬で集まり、私たちを囲い込む。
「大魔導士を意図的に隠していたのは許し難い。反逆罪を適用する! 引っ捕らえろ!」
マルクを窺えば、彼は大丈夫と言わんばかりに落ち着いてうなずく。
「陛下、前世の記憶の公表を弟子本人が拒否しておりました。私は師匠として弟子を保護していたに過ぎません。師弟共に守秘義務があります」
「黙れ!」
「三十年前、大魔導士は陛下のご命令を苦に普段飲まない酒で泥酔し、不慮の事故で亡くなったのをお忘れですか?」
「うるさい! 無礼者! 牢に連れて行け!」
「次は議会でお会いしましょう」
「其方は一生牢獄だ!」
男は唾を飛ばす勢いで叫びまくっている。
「ふん! 国籍だけで余の邪魔をしたと楽観しているなら甘いぞ。エルフィン国に結婚許可を求めれば何も問題ないからな! 貴様が牢屋に入っている間に全部問題を片付けてやる!」
また私の意思など構わないらしい。やはり話が通じない男ね。非常に腹立たしいけど、マルクが兵士に捕まるのはもっと嫌だった。
「やめて! マルクは何も悪くないわ! 私が彼に頼んだのよ! 彼を牢屋に入れるなら、私も一緒に行くわ!」
兵士にたちが触れそうになったとき、結界を張って接近を防いだ。
「牢屋に案内しなさいよ! ついていくから」
こうして二人揃って牢屋に連行された。
§
「ここが牢屋なの?」
一見、普通の貴賓室のようだった。広々として、置かれている家具や調度品も高価そうに見える。二人きりになった途端、震えが止まったので、お礼を言って早々にマルクから離れた。
「はめ殺しの格子窓ですし、ドアは外から施錠されているので、中の人は勝手に出入りできないようになってますよ。愛妾にする予定の大魔導士を劣悪な環境には置けないでしょう。ありがとうございます。助かりました」
マルクが窓際に近づき、カーテンを開けていた。
「なるほど。まぁ、いざとなったら転移で逃げればいいよね」
戸棚の引き出しを調べていたら、急に背後からマルクに抱きつかれた。
「ど、どうしたの?」
「先ほどまで、あなたに抱きつかれていたじゃないですか」
指摘された途端、少し前の出来事を思い出し、顔が熱くなってくる。マルクにしがみついていた自分が、すごく恥ずかしかった。彼には情けない姿ばかり見せている気がする。
「あの、ごめんね。マルクがいなかったら、あの男に近づけなかったわ」
「それは全然構わないんですが、お礼を頂けたらと思いまして」
「うん、私でできるお礼だったら、なんでも言って?」
「それなら遠慮なく」
その要求されたお礼が、まさか今度は彼に抱きしめられることだなんて、誰も予想できないわよね。ソファに座りながら、押し倒されそうな勢いだ。
「さっきとやっていることが、全然変わらないんじゃないの?」
「全然違いますよ。さっきの私は受け身でしたけど、今度は私が積極的に抱きしめていますから」
そう言って楽しそうにぎゅうぎゅうと抱きついてくる。彼の顔が間近にあるけど、さっきからドキドキしっぱなしで直視できない。
一瞬、マルクが壊れたと思ったけど、よくよく考えれば、きっと私に気を遣ってくれたんだよね。
恐らく私が負い目を感じないように、お互い様ってことで、水に流そうとしているのね。
マルクの温もりが、とても優しく感じる。
彼に抱きしめられている間は、あの男のことを考えずに済んだ。




