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魔導学校通学

 それから私は無事に魔導学校に入学して初等部の一年生から通うことになった。色々と予想外なことは起きたけど、私の下級魔導士計画はまだ順調なのでなによりだった。


 この学校には十歳から入学できる初等部以外に中等部、高等部があり、それぞれの部の卒業後の試験で、下級、中級、上級の魔導士資格が取得できる。飛び級も留年もできるから、クラスの年齢層は本当にバラバラだけど、十六歳での私の初等部入学は珍しかったみたい。


 最初、途中からの入学で注目を浴びたけど、同級生と色々と会話をして交流を増やしたら、知り合いも無事に増えて、今では数名の年下の女の子たちと一緒に行動して平穏に過ごしている。

 私の制服姿は、すっかり周囲と馴染んでいた。


 前世の子どものとき、私は魔導の習得だけ優先して、友人関係はバッサリと切り捨てていた。

 当時、魔導の資質だけが全てだと考えていたから、自分より劣る人間に興味がなかったのよね。

 残念ながら、昔は偏った考えでしか価値を測れない狭量な人間だった。

 今は魔導だけにこだわってないし、人それぞれ素敵なところがあるって分かっている。


 今日も昼休みに友人たちと一緒に食堂に来ていた。

 制服姿の生徒たちで溢れ、その中に私たちも混ざっていた。

 濃緑色のブレザーの上着と、同じ色を基調としたチェックのスカートが女子の制服姿だ。シャツの上にコルセットをつけている。

 卒業生の制服が中古で売っていたからお財布的に助かったわ。ちょっと胸のサイズが合わなくて苦しいけどね。


 学校の食堂は、関係者なら誰でも格安で利用できるようになっている。生徒たちに交じって先生たちの姿もたまに見かける。


 吹き抜けの開放的な空間で、天井近くまで贅沢なガラス張りになっている。今日みたいに天気がいい日だと、日がよく当たって明るかった。


 大きめなテーブルが均等に並び、早いもの順で好きな場所に座れるようになっている。私たちも固まって席を確保して、食事を始めている。メニューはたくさんあるから、この時間は一日の楽しみの一つになっている。


 サクスヘル校長も私から離れたテーブルで他の生徒たちと食事をしている。彼は生徒の名前を憶えているようで、気さくに話しかけていた。


 彼は毎朝学校の校門前で生徒たちを出迎え、長い休憩時間には校内を散策して生徒たちと触れ合っている。


 特に新入生に対して、学校に馴染めるように気遣っているようで、廊下で彼をよく見かける。

 すれ違いざまに好意的ではない、意味深な視線を向けられるけど。正直に言えよっていう、無言の圧力のようだった。


「あっ!」


 突然、悲鳴とともにガチャンと食器が落ちる衝撃音が食堂内に響く。

 振り返ればトレイから食事の皿を落とした生徒がいた。

 床には食べ物が無惨に散らばっている。


 落とした子は私と同級生の女の子だ。私と違って最少年の十歳で入学したのか、まだ小さな子どもだった。惨状を見て泣きそうになっている。

 酷い有様なので、片付けるにしても大変だよね。手伝ったほうがいいのかなと思い、腰を浮かしかけたその時だ。


「大丈夫ですか? 火傷はしてませんか?」


 素早く近寄って優しく声をかけたのは校長だ。

 彼は女の子に何も汁がかかってないことを確認すると、魔導を使って素早く床の汚れを消し去った。

 あっという間に何事もなかったかのようになる。

 そんな彼の巧みな仕業を見て、周囲の生徒たちから「すごーい」と歓声が上がる。


「ここはもう大丈夫だから、もう一度食事を取りに行くといいですよ」


 とても穏やかな声だった。彼は慈愛深い眼差しを生徒に向けていた。


「はい、ありがとうございます! 校長先生」


 生徒は泣きそうだった表情を安堵の笑みに変えて、再び受け取りカウンターに向かって行く。

 彼の瞬時の対応は、手慣れたものだった。

 校長先生として立派に勤めている彼の姿に私も感心して眺めていた。


 そういえば、昔から彼は面倒見が良かったわね。私が無理難題を言っても、彼はブツブツ文句をこぼしても結局はなんでも聞いてくれた。


「サクスヘル校長先生って、ホント優しくてカッコいいよねー」

「ねー」


 隣に座る友人たちが顔を見合わせて校長の話をしている。


 彼のすらりとした引き締まった立ち姿。洗練されたデザインのスーツは、いつも整っている。人目を惹く容姿。後ろ姿も束ねた美しい銀糸のような長い髪が揺れ、完璧すぎていた。


 私も伸ばした髪を束ねているが、残念ながら彼とは違って煌びやかさはなく、ただ単に地味で終わっている。


 弟子が生徒たちに尊敬されていて、私も誇らしく嬉しかった。

 私の死後、彼が真っ当に人生を歩んできたと見るからに分かる。

 今の私と比べたら雲の上のような存在だ。


「数少ない上段の魔導士だし」

「王族なのに全然鼻にかけないし」

「黒薔薇の君に一途なのも素敵よね」

「ねー」


 王族? 一途?


 友人たちの会話を聞きながら思わず固まってしまった。


 就職後には、実績や推薦で、下段、中段、上段の魔導士資格も得ることができる。上に行くほど厳しくて、特に上段は国内でも数人しかいない。

 優秀なマルクがその上段の魔導士っていうのは納得だけど、それ以外は全然知らなかった。


 マルクが王族だったのは初耳だ。身寄りがないと弟子本人から以前聞いていたからだ。でも、当時王族だと名乗れなかったのなら、よほど後ろ盾もなく、立場がない状況だったのだろう。

 国の命令で私の弟子になったのも、優秀さだけが理由かと思っていたけど、一応血筋も理由にあったのなら、さらに納得がいく。


 一途という言葉にもびっくりしたのも、私の弟子のとき彼にそんな相手はいなかったから。私が死んでから、黒薔薇と呼ばれる女性に恋をしたのだろう。

 私がいなくなってからのほうが、彼の人生は長いのだから。


 そう思ったら、私と彼との間に見えない距離を感じて、胸がチクリと小さく痛んだ。


 なんだろう、この寂しい気持ちは。

 泣きたくなるほどに胸が苦しくなる。


 そっか、そうだったんだ。彼にとっては、もう三十年も経っているんだ。

 生きていれば、かなり長い年月だ。

 私はそんな当たり前のことに気づいていなかった。


 現在、彼は平穏に過ごし、社会的な地位を立派に築き上げている。それなのに前世で散々迷惑をかけた私が名乗りを上げて彼に迷惑をかける可能性を全然考えてなかった。

 気だって遣わせるかもしれない。


 彼が師匠の偽物を感情的に怒ったのも、もう二度と触れられたくなかったからかもしれない。

 彼が忘れた過去を今さら蒸し返して良かったのだろうか。謝罪したかったなんて、私の自己満足なだけだった。


 そうだ。私は良い師匠ではなかったどころか、最悪な奴だった。そこまで嫌われていた可能性を考えるべきだったのに失念していた。


 でも、手遅れになる前に気づけてよかった。

 次に彼と話せて師匠だと分かってもらえないなら、もう謝罪は諦めよう。彼とは距離を置いて、なるべく関わらないでおこう。


 お互いのために。


 落ち込みそうになる自分に言い聞かせるように決心した。

 その矢先、再び彼と二人きりで会える機会が、突然やってきた。



   §



「君は前世では何を専攻していたんですか? 魔導士として記憶がある以上、君も知っていると思いますが、国としては野放しにできないんです」


 入学してから二週間が経った放課後、私はまた校長室に呼ばれていた。


 前回サクスヘル校長から追い出された身としては、二度と彼と話す機会はないと思っていたから、彼からの呼び出しに緊張していた。


 応接セットのソファに前回と同じように腰掛けて向かいにいる校長を見つめる。目の保養と言わんばかりの美しさだ。


 彫刻のように整った顔立ちは、まだ不機嫌さはなく平静のままだ。

 今回も周囲に魔導で結界を張られている。私のために相変わらず用意周到だ。前世の記憶持ちで身分詐称したと誤解されているから、彼に警戒されまくっているのね。


 彼の寒々とした態度から、渋々対応していることが嫌でも分かる。


 こんな厳しい状態だけど、せっかく弟子と再会できたんだから、偽物の汚名を返上する絶好の機会だ。

 彼の機嫌を損ねず彼の師匠だとアピールして誤解をなんとか解きたかった。


 うーん専攻ねぇ。死ぬ直前、何を研究していたかしら?


 大魔導士として有名な実績を口にしたら、また騙るつもりなのかと文句を言われそうだ。

 だから、誰も知らないようなマイナーな仕事を私が答えられれば、弟子から師匠だと認めてもらえるんじゃない?

 そう思って、研究の途中で未発表だった仕事を頭の引き出しから頑張って取り出した。


「えーと、マナ解析の効率化と、マナの付加添付の研究だったかしら」


 どう? これは本物の師匠しか知らないことでしょ?

 結構自信があったから、今度こそ校長は私のことを見直すだろうって思って彼のことをじっと見つめる。


「なるほど」


 校長がそう呟いた直後、彼の眉間にまた深い皺が刻まれる。

 彼から発せられる気配が、一気に氷のように寒くなった。


 えっ、なんで!?


「また君は大魔導士ごっこを続けるつもりなんですね。呆れてものが言えません」


 忌々しそうにため息までつかれた。


「本当に本物なんだけど……」


 私が控えめに抗議すると、校長はギロリと鮮やかな青い目で私を睨みつけてきた。

 しかも魔導で威圧までかけてくる。前回よりもかなり強力なやつを。

 これって、普通の女の子だったら、失禁して気絶するレベルよ?

 肌がビリビリしている。


 食堂のときに他の生徒に見せた優しさを私にも見せてくれてもいいのよ!?


 一体何を考えているのかしら。こんなときまで前世の私の真似をしなくてもいいじゃない。


 彼が国からの命令で弟子としてやってきたとき、私も彼に思いっきり威圧をかけたのよね。もし腰を抜かせば、役立たずって追い返そうと思ったから。でも、彼は子どもだったにもかかわらず、顔色は真っ青だったけど、その場に立っていたのよね。少しは骨がある奴がきたのねって逆に感心したけど、いちゃもんをつけて追い返す口実を失って舌打ちしたのよね。

 うわっ、私ホント最悪だったわね。


「君が先ほど答えた師匠の仕事は、すでに出版公開されている私の手記に掲載されています。読んでいれば誰でも知っている内容ですよ」


 彼は吐き捨てるように言い放つ。

 弟子の手記が、出版されていたとは驚きだ。


「私はあなたの手記が出版されていたなんて、今初めて知ったの」


 私は下町暮らしの庶民育ちで、贅沢品である本を買えるほど生活に余裕があるわけではなかった。日常では、本屋なんて全然立ち寄らなかった。


「なら、せめて手記に載ってない事実を私に教えてください。まぁ、私を騙そうとするのは無駄だと思いますが。前にも言いましたが、君は師匠とは全然違います。あの人は道理や根回しなど、些末と言わんばかりに力づくで解決してしまう人なんですよ。まぁ、そこが師匠が師匠である所以で、私にはない発想で解決するので強引だと思う一方で尊敬もしていたんですけどね。だから、私を説得しようとしている時点で君はすでに失敗しているんですよ」

「ええ、そうね。以前の私ならさっきのあなたの威圧より強力なものを返していたわね」

「それをやらないのは、単に不可能だからですよね? 偽物」


 麗しの顔で睨まれると、すごい気迫がある。

 でも、ここまで拒絶されたせいか、私の中で歩み寄る気持ちがボキリと音を立てて折れた。

 私、頑張ったよね? これ以上、説得を試みても、彼を不快にさせるだけだよね?

 だから、目的の謝罪だけさっさと済ませてしまおう。


「弟子に謝りたかったのに威圧で失礼な真似をしたら、意味がないと思ったからよ」


 何か言い返そうと口を開いた校長に対して、私は制止させるために彼に手のひらを向けた。


「これで最後にするから、少し黙って聞いてちょうだい。私が前世を思い出したのは、つい最近なの。治療院で魔導を初めて見たときだった。弟が怪我をしてね。私の八つ下で、弟子と出会った頃と同じ年齢だったの。だから、弟子のこともすぐに思い出して、大変申し訳なくなったの」


 チラッと校長を窺いみると、彼は黙ったままだったので、私の話をとりあえず聞いてくれそうだった。だから、彼の気が変わらないうちにさっさと用件を話してしまおうと思った。


「前世の私は、弟子に本当にひどいことをしたの。まだ彼は子供だったのに威圧で追い払おうとしたり、素材としてムスカドラゴンの逆鱗をとってこいって無理難題を言ったりしたの。二ヶ月後にやっと帰ってきた弟子に対して今度はパンツいえ下着を買って来いって失礼な扱いをしたのよ? それなのに一度も弟子を辞めるって言わなかった健気な子に対して、今まで弟子をとったことがないから何をすればいいのか分からない。だから、私に何をしてほしいのか自分で調べてこいって何様な態度だったの。思い出して自分でも酷いと思ったから弟子にまず謝りたいと思ったの」


 ここまで話しても、校長から何も反応はなかった。黙ったままの彼から何も感情は読み取れない。


「あと、入学試験で手を抜いたのは、目立ちたくなかったから。魔導士として優秀だと国から目を付けられるでしょう? 上の役職に就くと、誓約させられて命令に背けなくなって、最終的にはよく知らない王族と結婚させられそうになったから、もうこりごりなの。何か悪いことを企んでいるわけでもないから、前世の記憶の件は黙っていてくれると、その、助かるわ」


 前世の私は、魔導を極めたい、知りたい、それだけだった。

 それなのに知識を得るたびに誓約という名の重い枷を嵌められて、理不尽な命令をしてくる国のお偉いがたに私は徐々に絶望していった。

 ついには優秀な血筋を残せと、王族との結婚を命じられ、家畜のような扱いをされたとき、私の心はぼっきりと再生不能なくらい完全に折れたのだ。


 だから家の中でやけ酒をあおった挙句に泥酔して転倒した結果、乱雑な床にあった置物に頭を強く打ち付けて死んだのよね。

 大魔導士に相応しい死に方ではなかった。


「屋敷で私は死んだから、たぶん弟子が最初に遺体を見つけたと思うの。きっと驚いただろうし、迷惑をかけただろうから、大変申し訳なかったわ。以上が弟子に伝えたかったことよ」


 そう最後に締めくくり、私は口を閉ざした。


 途端に校長室は静まり返った。


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