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ヘブンス、王宮にて2

「どうしてお前が大魔導士の弟子なんだ! ずるいぞ! 王の正統な子である私を差し置いて!」


 あの男は庭で一人彼女を待っていた私を見つけた途端、責めていきなり暴力を振るってきた。

 私を押し倒したあと、馬乗りになり、顔を拳で何度も殴るという、乱暴な行いだった。だが、抵抗はできなかった。抵抗や反撃して王子を痛めつけたら、逆に自分が咎を受ける。あの男を指導する立場の大人の侍従たちも見ているだけで誰も止めもしない。

 過去に何度もこの男から王宮でこのような嫌がらせを受けてきたが、この男は誰からも咎められなかった。みんな見て見ぬ振りをする。私は王子や王妃に疎まれた王の庶子だから。それが当たり前の対応だった。


 この日も出会ったのが運の尽きと思ってひたすら耐えていた。ところが、予想外にも師匠が現れたのだ。


「何をしている」


 怒気を強く含んだ彼女の声が聞こえたと思ったら、体がふわりと軽くなった。乗っていた王子が急に浮いたと思ったら、床に投げ飛ばされたからだ。


「無礼者! 私に何をする! 私が王の正統な子であるアーノイド・フィン・リーカイドと知っての狼藉か!」


 王子は起き上がって彼女を抗議するが、彼女は腰に手を当てて、相手を鼻で笑うような余裕ぶりだった。


「へー、こんな弱い者いじめを堂々とする子どもが王子だなんて夢にも思わなかったわ。まぁ、殿下の暴力行為を止めない周囲の大人が一番馬鹿だけどね」


 師匠が侍従たちを睨むと、彼らは目に見えて怯えた。


「殿下。私の弟子になるには、まず多量のマナに耐性がないといけません。私が魔導を使うたびに倒れられては仕事ができませんので。だから、殿下が選ばれなかったのは、私の弟子は全く関係ありません。八つ当たりは、感情的な恥ずかしい行為ですよ」

「私にこんな無礼をして許されると思うなよ!」

「殿下、大人の教育的な指導に無礼など関係ありません。それに、私を許されなければ、どうなると言うのです? 仮に私から大魔導士の地位を奪ったとして、私の代わりがいるとでも? 分別がつかないと、自ら言っているようなものですよ」

「くっ……」

「では、殿下。みだりに暴力行為は以後慎んでください。王子が抵抗できない相手に暴力ってダサいんで。殿下は貴族の模範となるべき立場でしょう」


 ズケズケと正論を口にする彼女がこのときばかりは眩しく見えた。


「では殿下、失礼します。行くわよ」


 師匠は床に座り込んでいた私の手を取り、引っ張り上げて歩き始める。殴られた顔がじんじんと熱を持ったように痛かったが、今は移動中で治療できないから我慢するしかなかった。


 王宮の外に出て、やっと先ほどの話題を出せると思ったら、いきなり師匠に額を指で小突かれた。


「お前もしっかりしなさいよ。なぜ抵抗の声すら上げなかったの? 理不尽を受け入れるなんて、お前は一体誰の弟子なの?」


 師匠は私を憐れむどころか、こちらを残念そうな目で見下ろしていた。


「弟子のお前がダサいせいで、私が面倒なことに首を突っ込む羽目になったのよ。マルクは頭はいいんだから、自分でなんとかしなさいよ」


 自分は悪くないと思っていたから、このときの師匠の叱責の言葉に苛立ち、出かかっていたお礼の言葉は瞬時に消え失せた。


「ダサくてすみません」


 可愛げない口調で渋々謝ると、師匠に鼻で笑われた。


「そうそう、その憎まれ口を今度は忘れないでね。じゃあ、帰るわよ」


 馬車で自宅に戻るとき、私たちに間に会話はなかった。

 でも、不貞腐れて自分の部屋に戻ったあとだ。顔の怪我を治そうとしたとき、いつの間にか殴られた顔が痛くないことに気づいたのは。


 全部、治っていた。

 もしかして、額を小突かれたときだろうか。


 師匠の優しさは、いつだって分かりづらかった。

 彼女は理不尽な目に遭っていた私のために怒ってくれた。

 誰の弟子だと責めていたようで、実は暗に師匠である彼女の名前を使えと、一番の味方だと言ってくれた。

 頭が良い私なら、王子の問題行動をあしらえるだろうと、励ましてくれた。

 いつだって彼女の不器用な優しさに気づくのは、後になってからだった。

 


 §



 夜分、暗くて馬は使えないので、魔導車で周囲を明かりで照らしながら帰路を辿る。

 最近、まともにミーナと話していない気がした。私が帰宅する頃には、彼女はすでに就寝していた。自分の忙しさのせいとはいえ、せっかく再会したのだから、彼女の存在をもっと感じていたかった。

 いつも彼女の穏やかな寝顔を見て、柔らかい頬に触れ、黒い艶のある髪を撫でて癒されている。


 一抹の寂しさを抱えて帰宅すると、執事からミーナの手紙を渡された。


 彼女からのメッセージに思わず疲れた心が浮き足立つ。だが、読んだ直後、ここ最近で一番驚いた。


 早く会って相談したいとも書かれていたので、遅い時間とはいえ、彼女の部屋のドアをノックする。


「マルク、来てくれたのね」


 いつもは寝ているはずの時刻に彼女は起きていた。机の上には本が積み重なっている。どうやら読書していたようだ。

 彼女は寝間着で私を出迎えてくれる。私が用意した、ハイウエストタイプのワンピースだ。薄地の布地で、胸元が大きく開いている。フリル袖が可愛らしく、彼女にとても似合っていた。起きた状態で確認したのは初めてだった。


「マルク、忙しいのにごめんね」


 年頃の彼女には全く警戒心がない。前世のように異性として全く意識されていないようだ。

 本来ならガウンでも羽織れと指摘すべきだと思うが、彼女の魅力的な姿を見ていたい欲望に負けた。彼女の張りのある肌から色気を感じずにいられない。


 こんな彼女を陛下が一目見たら、寝所に速攻で連れて行き押し倒すに違いない。絶対に会わせる訳にはいかなかった。


 心の内を知られないように部屋の中に入り、平静を装ってドアを閉める。魔導で空間を閉じて会話の盗聴を防いだ。


「問題ないから大丈夫です。それよりあなたの正体が学校の教師にバレたとは本当ですか?」

「うん」


 彼女が何の警戒もなしに部屋のベッドに腰を下ろすので、私も彼女の隣に座った。

 袖が彼女の腕に微かに触れる。垂らした長い髪から、風呂上がりの良い匂いまでする。


「カーズ先生を知ってる?」


 大きめの黒い瞳が、私を不安そうに見つめている。そんな目を向けられたら、思わず抱きしめたくなる。理性をフルで稼働させ、邪な気持ちを抑え込む。


 彼女にはありがたいことに大切には思われているが、恋人ではなく家族のような親しさだ。

 それなのに性的な欲求を押し付けて嫌われでもしたら、彼女との結婚計画が台無しだ。成人まで二年もあるし、まだ外堀は完璧に埋まっていない。黒薔薇の君が彼女だと、まだ知られていないからこそ、慎重に物事を進めたかった。


 彼女は幼馴染の家族の問題をあっさりと解決するような鋭い観察力と分析の能力を持っているが、それが恋愛関係となると途端に幼児以下になる。


「はい、私よりも長く学校に勤務している高等部の学科主任です。友好的な方で、教育にも熱心だったんですが、なぜ彼にバレたんですか?」

「その先生が今日図書館で話しかけてきたの。そのとき、私がエルフィン語で書かれた本を持っていたから。はじめは普通に会話して別れたんだけど、いきなり私に背後に現れたと思ったら、エルフィン語で話しかけてきたの。彼は私が数日前に高等部の教科書を読んでいたのも知っていたし、彼はエルフィンの出身で、私の下僕だと言っていたわ」


「あなたが図書館で読んでいた本を知っていたということは、ずっと監視していたということですか?」

「多分、ずっと目を付けられていたのよ。そうとしか思えない。でも、全然気づかなかった」


 彼女から戸惑いとわずかに悔しさが感じられた。

 油断していたとはいえ、大魔導士が気づかなかったのだから。

 それにしてもカーズ先生は、そんなに隠密性に特化していたのか。驚きを隠せない。

 でも、なぜカーズ先生はミーナを疑ったのか。

 彼は高等部の先生だ。学校での日常で、彼女を疑う機会がほとんどない。


「そういえば、中途入学の試験官がカーズ先生でした。魔導を目視できなかったと彼が報告してくれたんです」


 思い出した情報を伝えると、彼女はすぐに合点していた。


「ああ、どうりで見覚えがあると思ったわ。あのときに会っていたのね」


 間違いない。それでカーズ先生は、あれを見て彼女に関心を寄せるようになったようだ。

 今の彼女は前世と容姿が似ているから、一度不審に思えば、見過ごせないだろう。


「下僕とは、服従の呪いをかけた人のことですよね? 何か心当たりがあるんですか?」


 前世の師匠だった彼女に下僕がいたなんて知らなかった。

 その呪いは、人の尊厳を踏み躙るような命令も強制的にできる。


「うん、あるの。あなたと出会う前の話よ。多分、彼は私を酷く恨んでいるはず。彼がいた組織を壊滅させたのが私だから」


 壊滅とは物騒な話だ。しかも、全然その事実を知らなかった。私の前世の死後に組織が生まれ、私が転生する前に消えたようだ。


「……組織とは、なんですか?」

「反社会組織アサーク。厄災の出現は世界の意思だと信じ、魔導士の存在を許さず、抹殺を目的としていたの。彼はその一員だった」


 ミーナは、俯きながら淡々と答える。普段の感情豊かな彼女とは違った。まるで感情を必死に抑えているようだった。


「そんなものがあったんですか?」

「ええ、エルフィンにこっそり行ったとき、私も狙われたの。あの組織は、魔導士を排除目的としながら、魔導の素質がある子どもを育てて洗脳し、邪魔な人を殺せと命じて駒のように動かしていた。当時の私は巻き込まれたから、その組織の幹部たちを全員お縄にしてエルフィンの国に引き渡してやったのよ」


 当時の彼女なら、やりかねない。売られた喧嘩は間違いなく買う性格だったからだ。

 でも、この彼女の話で、長年の疑問が一つ解消していた。

 エルフィンと交換留学のために交流を始めたとき、やたら彼の国の魔導士が友好的だったのだ。私の手記がよく売れていたし、やけに大魔導士の信者が多いとは不思議に思っていた。

 きっと過去に師匠が彼の国の目の上のコブだった反社会組織が壊滅してくれたおかげで、その国の魔導士たちが助かっていたのだろう。


「じゃあ、カーズ先生は、そのときにミーナによって下僕にされたんですか? でも、どうして……」

「まだ子どもだったのに、彼の私への殺意が、尋常じゃなかったからよ。彼の隠密性は、私でもヤバいと思ったほどなの。それに、彼には、すでに下僕の呪いが施されていた。それを完全に失くすより、私の下僕の呪いで上書きするほうが安全だったのよ」


 他人が施した魔導を本体を傷つけることなく解除するのは難しい。本当は一度呪われたら、その人の人生は終わったものだ。ある意味、高位の魔導士に課せられる宣誓と似ている。


「カーズ先生は、ミーナの下僕にして、何を命じていたんですか?」

「私の住んでいる町に近づくなって命じたの。あとは、人を殺さないで、地道に労働によってお金を稼いで生きなさいって」


 やはり彼女は、優しい人だ。自分の都合の良い駒にもできただろうに。彼にまともな道を歩ませようとした。


「じゃあ、あなたの傍に来たってことは……」

「私の呪いは解けている。私が死んだことによって。でも、わざわざ近づいてきたってことは、そういうことでしょ?」

「あなたの命を狙っているってことですか?」


 なんてことだ。彼女の温情を仇で返すような真似をするなんて。


「それなら警備を強化して、奴を近づけさせません。今日から一緒に寝ましょう」


 至極真剣に提案したのに彼女は目を丸くしていた。


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