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ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい 〜弟子が師匠になり、溺愛が始まって外堀を埋められていく~  作者: 藤谷 要


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理由

 いつもどおり放課後になり、私はマルクがいる校長室へ向かう。


「お邪魔するわよ」

「ミーナ、どうかしましたか?」


 マルクは机に向かったまま、書類を確認しながら返事をする。

 私は勝手に応接セットのソファに座り込み、カバンを足元に置く。


「忙しそうね。今日は何時ごろ屋敷に戻ってくる予定なの?」

「講義が終わったあと職員会議で、それが終わったら、今度は組合の会合と食事会があるので、遅くなると思います。私のことは気にせず、先に休んでいてください」

「分かったわ。それにしても校長先生って大変なのね。いつもお疲れ様」

「ありがとうございます」


 マルクはチラリと私の方に視線を送る。


「私の屋敷に寄ってから馬車で実家に行ってもらってもいいですか?」

「うん、わかったわ」


 急ぎの話は、これでもう終わってしまった。


 あとは帰ればいいだけだった。けど、胸の中でささくれのようにずっと気になる点があった。

 ほんの僅かな違和感。このまま見なかったように過ごす選択もあるけど、やっぱり私には合わなかった。


「ねぇマルク」

「なんですか?」

「あなた、私と再会したことを後悔していない?」


 マルクの手が止まった。こちらを見る彼の顔つきが、明らかに戸惑っていた。


「……どうしてそう思うんですか?」


 彼は持っていたペンを机に置く。


「前に私の家に来たとき、帰り際マルクが言っていたじゃない。私は前世の私と違うって。あのとき残念そうだったから。今の私にガッカリしたのかと思った」


 まるで今の私を否定されたようで、とても悲しい気持ちになったんだよね。


「……ああ、あのときですか! あれはそういう意味で言ったわけではありません」


 思い出したマルクは、動揺したのか視線を一瞬泳がす。そのわずかな挙動の違いを私は決して見逃さなかった。


「じゃあ、どういう意味だったの?」


 改めて尋ねても、いつも即答の彼が珍しく口籠る。


 彼は何か誤魔化そうとしている。それは私に聞かれたら都合の悪い内容なのかしら。彼は私の疑念をすぐに否定したけど、やっぱり図星だったの?


「あんなに準備してもらって申し訳ないけど、もし前世の傍若無人な私を期待されていたら困るの」


 言いたいことをはっきりと告げる。

 だって、万が一以前のように彼だけが私に尽くすような関係を望んでいるとしたら、彼の期待に応えられないから。


 あのクローゼットにあった服。私の前世をよく知っているからこその選び方だった。でも、びっくりするほど大量にあったので、まるで彼が前世の私を強く望んでいるような圧のように感じてしまっていた。


 前世の私なんて最悪で、微塵も求められていないと思っていたから、正直戸惑いの方が大きかった。


 このまま彼と一緒にいていいのだろうか。そんな不安が芽生え始めてしまっていた。


 彼の返答次第では、わたしにも考えがあった。


 マルクは目に見えて顔色を悪くして慌て出し、ついに立ち上がった。


「ミーナ。待ってください。違うんです」


 なぜかマルクは必死になって私に近づいてくる。目の前に来たと思ったら跪き、私にすがるように見上げながら私の左手をキュッと両手で握ってきた。


「すみません、私の言葉足らずでした。その、あなたが前世から根がいい人だったのは理解しています。ですが、その、前世では振る舞いや言動がキツかったから、誤解されやすかったじゃないですか」

「……う、うん?」


 何が言いたいんだろう。でも、まだ話の途中みたいだから相槌をうちながら最後まで話を聞こうと思った。


 じっと彼を見つめていると、彼はますます動揺して視線を泳がせる。


「でも、今は気を遣って素直に言葉を口にしてくれるじゃないですか」

「うん」


 次の言葉を待つが、なかなか彼から出てこなかった。みるみる彼の顔が赤くなっていく。


「どうしたの?」

「いえ、その……」

 

 マルクは目を閉じて苦悶の顔をしたり、かと思えば恥ずかしそうに口元を押さえたりと、百面相のように形相を変えるが、やがて覚悟を決めたのか、何度か目の深呼吸のあとに彼は重い口を開いた。


「みんながあなたの素晴らしさに気づいてしまうと思ったら、嫌な気持ちになったんです。私だけがあなたの善さを知っていたのに。だから、その、変なことを言って申し訳ございませんでした」


「ん?」


 最後まで聞いても、やはりよく分からなかった。

 だって、まるで彼が独占欲丸出しで拗ねていたような口振りだったから。


 首を捻って彼を見下ろしても、彼は気まずそうに目を逸らして俯いている。

 だから、細かい言葉の意味をかえって聞きづらかった。


「あの、つまりマルクは、私が前世とは違ってもガッカリはしてないってこと?」


 だから、最も気になっていた点を聞き返した。


「そうです」


 力強い返答だった。


「そっか、それを聞いて安心したわ」

「あの、誤解が解けてよかったです」


 そう俯き気味に答える彼の顔はまだ赤い。


 もしかして、先ほどの自分の推測はあっていたのだろうか。

 そうだったら、目の前にいる彼がとても可愛い存在のように感じた。前世からの付き合いだが、彼にこんな感情を抱くなんて初めてだった。


 胸の奥が温かくなり、同時にきゅっと締め付けられるような切なさに似た気持ちだった。


 思わず彼の頭に右手が伸び、きれいに整えられた彼の銀髪を撫でていた。

 触れた瞬間、彼は恥ずかしそうな顔をしたけど、されるがままになっていた。


 私を独り占めしたかったなんて、そんな感情を彼が持ち合わせていたとは驚きだった。

 いつも真面目で、初めて会ったときから子供らしくなかった彼の意外な一面を見た気がした。


「もしかして私って、思ったよりもマルクに好かれていたのかしら?」


 そう言ったら、彼は驚いたように目を見開く。


「嫌うわけないじゃないですか。前に言いましたよね? かけがえのない大切な人だと」

「師匠として大事なのと、人として好ましいのは、別だと思っていたわ」

「そんなことないですよ」


 彼はやれやれと言わんばかりにため息をついた。もう彼の顔色は普段どおりに戻っていた。それどころか、じっと何か物言いたげな視線を私に向けてきた。

 私の左手を掴んでいる力がさらに増した気がする。まるで逃さないと言わんばかりの圧を感じた。


「ところで、つかぬことをお尋ねしますが、もしかして私の回答次第では私との契約をなかったことにしようとは考えていませんでしたか?」

「笑顔が怖い、怖いよ!」


 笑っているけど、目が笑ってない。

 いつもは晴天のように綺麗な青い目がこのときばかりは、一瞬で濁って不穏な色をしていた。


「正直に答えてください」

「環境を変えて欲しいかなとは考えていたけど、なかったことにはしないわよ! だって、私が弟子である利点があるんでしょう? それを変えたらあなたが困っちゃうじゃない」

「じゃあ、何を考えていたんですか?」

「前世の私を期待して、あんな風にどこかの貴族のお嬢様みたいに丁重に扱っているのかと思ったから申し訳なかったのよね。だから、私が使用人や召使いみたいにお手伝いしながらマルクの屋敷でお世話になるなら、お互いに気兼ねなく付き合えるんじゃないのかなって考えていたの」


 私の前世のとき、マルクが私の身の回りのことを全部していたからね。今度は私がお世話する番かなって思ったの。


「はぁ」


 マルクは呆れたような目を私に向けてきた。


「べ、別に悪くない案でしょ?」

「いえ、あなたがそんな下働きや家のことができるくらい器用でしたら、家事は全滅と他人にまで言われなかったんじゃないですか?」

「あう」


 そう言われれば、そうだった。

 どうせ魔導以外は役立たずだよ。

 一瞬でしょげた私の顔を見て、マルクは心底可笑しそうに噴き出した。


「私はあなたが家に来るのを楽しみにしていたんですよ」

「ありがとう。でも、あの服は多すぎだと思う。私にお金をあんなにかける必要ないわ。もったいないわよ」


 そう指摘すると、彼はまた残念そうな目を向けてきた。


「そんなことないですよ。あなたの衣服は前世でも私が管理していましたが、あのくらい持っていましたよ。それに、あなたの莫大な遺産、覚えてないんですか?」

「え?」

「相続人としてあなたが私の名前を書いていたんですよ。あなたが死んだあと、何も知らなかったから大変驚いたんですよ」

「えっそうだったの? ごめんね。書いた覚えがなかったけど、書いてあったとしたら、多分マルクしか頼める人がいなかったからだと思う」


 前世の私は、開発した魔導の権利や報酬などで有り余るほど金を持っていた。でも管理が面倒くさくって、マルクに丸投げをしていた。

 でも、それで何も困ってなかったから、何かお金関係で書類を提出するように言われたとき、何も考えずにマルクの名前を書いてしまった気がする。


「じゃあ、私の名前以外にも、一言書いたのも覚えていないんですね?」

「うん……」


 一体、何を書いたんだろう。全然覚えていない。不安そうな顔をした私にマルクは優しく微笑む。


「いつもありがとう、と書かれていたんですよ。最期に優しい言葉を残すなんて、狡い人だと笑ってしまいましたよ」


 彼は目を伏せて、深く息を吐く。

 口調は冗談めいていたけど、その切なそうな仕草から、彼の辛い悲しみの片鱗に触れた気がした。それが自分のせいだったと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。


「だから、お金は元はあなたのものですから、気にしないでください」

「……うん。金銭面でマルクの負担になってなかったのなら、良かったわ」

「負担どころか、あなたに会えて、日々が喜びに満ちているんですよ。それを忘れないでくださいね」


 彼はそう言って、ずっと握っていた私の左手を両手で包み込む。


「う、うん」


 改めてそんな風にはっきり言われると、なんだか照れ臭かった。


 多分、遺書に感謝の気持ちを書いたとき、そんなに深い意味はなかったと思う。最初は嫌々ながら引き受けた弟子だった。でも、一緒にいるうちに彼がいるのが当たり前になって、そういう日常もまんざらでもなくて。


 元々、基本的に他人を信用していなかったから、期待することもなかった。

 使用人もあまり雇い入れなかったのも、いちいち雇い主である私に確認されて作業を中断されるのが嫌だったから。

 他人がいる生活を過ごせるとは私自身が思っていなかった。

 ところが、マルクが弟子として来てからは、私が過ごしやすいように彼自身が考えて判断してくれていた。

 そのおかげで汚部屋だった自室は、いつの間にか整理された使いやすい部屋になっていて、快適に生活を送れるようになっていた。


 いつもありがとう。


 その言葉は、そんな彼の献身に気づいたから出た言葉だった。


 でも、当時は今よりももっと捻くれていて、滅多に感謝や好意の言葉を口にしていなかったから、彼に必要以上に重く受け止められてしまったのかもしれない。

 たった一言の感謝の言葉で、ここまで哀しい思い出になるくらいなら、普段からもっと言っていれば良かった。

 だから、気持ちはきちんと言葉にして伝わるべきだと、改めて強く感じた。

 私からも彼への好意をちゃんと口にしないと。


「私もマルクのこと、大事に想っているよ」

「ほ、本当ですか?」


 彼の表情が、みるみる歓喜で花開く。キラキラと光を放つみたいに目が輝いている。


「そうだよ。血は繋がっていないけど、家族みたいに大切だよ」


 再会してから彼の成長や成功を嬉しく感じていた。まるで息子か弟が、立派に育った感じだった。

 出会った頃の彼は、全然子どもらしくない性格で、まだ子どもなのに私の面倒をよくみるオカンのような存在だった。

 その年齢に不釣り合いな内面に、今思えばとても違和感があった。

 でも、そんな彼が私を独り占めしたいなんて、今頃になって豊かな情緒が芽生えていたのも嬉しかった。


 きっと彼も私と同じように家族のような親しみを持っているから、今まで抱きついたり、手を握ったりしているのだろう。

 私はまだ恥ずかしくてドキドキして落ち着かないけど、こういうことなら早く慣れないとね。


「可愛いね」


 彼の頭を先ほどみたいに撫でると、素早く手を払われた。今までの友好的な態度とは打って変わって邪険な感じで。


「止めてください」


 私の最後の一言は、何か彼の気に障ってしまったようだ。

 瞬時に彼の目から光りが消え、嬉しそうな顔が途端に真顔に様変わりしてしまった。

 和やかな雰囲気が一気になくなってしまった。


 握られていた手がさらにぎゅっと強く握られる。まるで逃がさないと捕獲するように。

 彼がまとう気配まで、冷気を帯びている気がする。

 あっ、ヤバイ。


 本能的に危機を感じて、慌てて空いている右手でかばんを掴み、「ごめんね。じゃあ、先に帰っているわね」とそそくさと逃げるように転移した。


 マルクの屋敷にある自分の部屋に一瞬で着いていた。

 ついうっかり口にしてしまったけど、男の人に「可愛い」はまずかったようだ。

 胸の奥に初めて感じた複雑な気持ちを上手く表現したつもりだったのに。

 後でまた会ったときに謝っておこう。少しは機嫌が治っているといいけど。


 改めて自分がいる場所を見渡す。

 今日からここが私の部屋なのね。

 窓のカーテンは全て開けられ、綺麗な状態で維持されている。マルクが用意してくれた好意に溢れた空間。

 そう思うだけで、なんだか胸の奥がくすぐったかった。


 この静かな部屋のように穏やかな日々が続きますように。


 そう願わずにいられなかった。

 でも――。


「大魔導士ウィスターナ・オボゲデス、俺を覚えているか?」


 この日から一ヶ月後の放課後、学校の図書館にいた私の前に男が現れて平穏な時間の終わりを告げられるなんて、このときの私は予想もしていなかった。

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