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EP4 夕暮れのローマへの道で ―1―

 それから二か月ほどで小麦の買占めはほぼ完了した。フィッシャーマンズ商会が所有する船一杯に小麦が詰め込まれ、そのほとんどを秘匿している地下倉庫に運び込んだ。


「ここなら襲撃される恐れもありませんし、盗み出されることもございません。しかし会長よろしいのですか? ここは金や銀を入れるための倉庫ですが」


 ピーターは地下倉庫を視察し、中世の技術では最高レベルの警備がなされていることを確認し、満足した。


「いずれは金とも変わらない額になる。維持費も安くはないが、これをケチっては何もかもうまくいかなくなる」


 そもそも高いリスクを払っている。この上に収奪や破損のリスクまでは冒せない。ピーターの経営者としての哲学はこのリスクマネジメントに集約しているといってもいい。


 視察しているのはアンティオの倉庫だが似たような倉庫がラ・スぺティアとタラントにも設置されている。そちらの倉庫も今頃小麦で一杯になっているころだろう。


「はあ、まあ会長がそうおっしゃるなら……」


 倉庫管理の責任者は納得しきっていないようだったが口をつぐんだ。これまで管理していた貴金属とは違って光りもしないし、物も買えない。こういう反応になるのは仕方がないだろう。


「良くない兆候だな」


 ピーターはぼそりと呟いたが、その声は倉庫長の耳には届いていない。ワンマン社長はリスクが大きい。頼りになる経営層の育成が目下の課題だが、ここで理解を諦めてしまうようなら望み薄だろうか。


「会長時間です。日没までにローマに戻りましょう」


 一緒に来た部下が声をかけてくる。この部下は七つの丘のメンバーで、商会の中でも特に古参の社員である。番頭格ではあるが、リーダーシップには不安が残る。


「ああ、そうだな。戻ろう。では引き続き頼んだぞ倉庫長」


「はい会長」


 元は地下礼拝堂だったという倉庫を出て、北西のローマへ向かう。




 途中の街道で賊を見かけた。日没が迫る時間帯である以上、それ自体はそれほど珍しくはないのだが。


「あれは……」


 発光物が見える。


 松明だろうと考えたのも束の間、その光が急速に輝きを増していく。


「魔術か」


 隣の部下とともにピーターが眉を顰める。そもそも魔術はそう簡単に発動できるようなものではない。


 強い憎しみ、敵意、殺意。これらが事象として表層化することを魔術と呼ぶ。それゆえ誰かを殺すか、あるいは何かを壊すという結果しか生まない。なんら生産しない。商売人としては最も忌み嫌うものだった。


「物騒ですね」


 とはいえ時代は中世。究極の自力救済・自己責任が世界を支配する以上は、魔術で殺されるのも仕方がない。恨まれるようなことをして、魔術発動のタイミングを与えてしまった賊の責任に他ならない。


 だが、魔術にもいろいろ種類がある。火が出たり、雷が出たりが代表的で、中には穴ができて落ちるというドッキリ番組のような魔術も存在する。魔術の種類を発動者がコントロールすることは基本的にできない。


「爆発か何かかもしれん。あまり近づくとまずいな」


 発光とくれば炎か爆発とくるのが定石。即効性のある魔術現象ではないが、物的被害は大きくなる。すぐに離れれば被害を免れることができるが、どの程度の規模になるかは当人の殺意次第。事前に把握するのは困難だ。


「ちっ、野郎ども離れろ! 魔術使いは厄介だ」


 賊も郎党を引き上げさせ、退散する。魔術は対象が生存している限り数回発生する可能性がある。魔術を打たれたら迷わず逃げる、身を守るための鉄則だ。


 わらわらと賊が走り去っていき、見えないところまで行ったのを見計らってから、襲われていたであろう魔術の発動者が姿を見せる。


「ふう、今回もどうにかなったわね」


 発動者は女。それも一人。


「災難でしたな」


 ピーターは賊が走り去ったのを見て、女に話しかける。


「ええ。まあ日常茶飯事です。魔術が運良く発動してくれて助かりましたよ」


 女は警戒した表情を崩さないが、身なりを見てひとまず危険はないと判断したようだ。


「運良く、か。ウェリアみたいなことを言いおって」


「会長」


 コードネームを他人に聞かれるのはご法度。秘密結社である以上は当然の決まりである。だが。


「お名前を伺っても?」


「は、はあ。マリアです」


 ひどくありきたりな名前だが、偽名でも問題ない。


「マリアさんね。私の商会で働きませんか?」

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