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EP22 自由に捧ぐ闘争 ―3―

 民衆は怒りを胸に団結と行進を始めた。行列には老若男女のすべからくが加わり、口々に元老院議員の死刑を求めた。


 そのような状況であってもなお、元老院は事態をそれほど重視していなかった。不満がたまれば反乱が起こるのはいつもの話で、ローマから出れば軍団レギオンを派遣すればいいとたかを括っている。


 確かに、それはいつもならば正しい判断だろう。疲弊した状況で敵地のローマに乗り込むのは明らかに得策ではない。だが、今回起こるのは革命。火種は小さいうちに潰しておくべきだった。


 結局のところ貴族パトリキは自らが民衆に殺される可能性についてほとんど真面目に検討していなかったのだ。


 そして、”それを見逃すほど中世は甘くない”。


「民衆に力を!」


 義勇軍が瞬く間に編成され、ローマ市内を占拠した。戦争で弱っているローマ総主教庁は抵抗できずにいる。もっとも当のグレゴリウスは抵抗する気などさらさら無かったが。


「民衆に力を!」


 いたるところで隊列を組んだ市民が行進し、しかもその列は日に日に長くなっている。もちろん彼らの隊列は粗雑なものではあったが、戦場において数的有利はすべてを癒す。


 七つの丘は勝利を確信して、その隊列をミラノへ進める。練度も武器も最低レベルだが、士気だけは高い。これに対応する軍団レギオンもさして高い練度なわけでもない。十分に勝機はある。


「けれど、それでは困るんですよね」


 皇帝は窓の外で更新する民衆を見ながらつぶやいた。


「困る? 何の話ですか?」


 そばにいたソフィアが尋ねる。


「いえ、彼らが勝ちすぎてしまっても困る。ということです」


 ソフィアは心得たとばかりに大きく頷くと言葉を継いだ。


「陛下にもとうとう自己顕示欲が……」


「……まあ、私の名声が今のままでは今後の動きに問題が出るかもしれませんが、問題はそこではありません」


 皇帝は悪意がそこかしこに見え隠れするソフィアの言い草を聞き流しつつ問題の本質を話し始めた。


「重要なのは主導権を七つの丘が握っていること。そうでなくては本当にただの共和政になってしまいます」


「ただの共和政でもいいではないですか」


「それは自由だけれど、苦しい茨の冠ですよ」


 自由と幸福の二者択一。人の世では往々にしてこの選択を突き付けられる。そして、恐らく選んだどちらも良いものではない。


 ならば、真実も栄光もない幸福をあらゆる民衆に。これが彼なりの救済だった。間違いだらけの回答がきっと誰かを救うのだと、皇帝は固く信じている。


 また罪を犯すのだと自覚しながら、皇帝は言葉をもう一度紡ぐ。


「我らが、新たなキリストになるのです」


 罪深き偽キリストに幸あれ。






 なるほど元老院はうまくやった。元老院にしては、という枕詞を添えるならだが。小麦の高値が続く中でもきちんと軍を編成して義勇軍にぶつけてきた。


 もっとも数があまりにも足りず、アペニン山脈を越える前に補足できなかった点ですでに手遅れだが。


 義勇軍はすでに食料が枯渇していたフィレンツェを落とし、半島北部に侵入してしまっている。ここからミラノまでは平原が広がるのみで、遮るものは何もない。


 必然的に、会戦ということになる。


 眼前に広がるのは平原。小川が東西に流れる以外に障害はない。あたりはレントゥルス家のラティフンディアになっていて小麦の刈り入れも済んでいるため、視界も開けている。


 これでもかというほどに数の差が強く出る戦場になった。実際に二倍以上の差が開いているのでこのままいけば大楽勝になるだろう。


 七つの丘の幹部はアレクシウスとルキウス、それに皇帝が戦場まで来ている。ここで三人の義勇軍内における地位を絶対的なものにしなければ戦後の主導権は握れないだろう。


 そう、つまり。


「いつものマッチポンプというわけですね」


 もはや誰にもほくそ笑む気力は残っていなかった。

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