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幼馴染の女

 __ダンジョン。

 それは世界各地に存在する謎の地下遺跡。いつ現れたのか、なぜ存在するのか、全てが謎に包まれている。

 ダンジョン周辺には街が点在するケースが多々ある。しかしなにがそこまで人を駆り立てるのか。

 それすなわち、豊富な資源、未知の遺産、そして何より魔物たちとのロマンあふれる戦い。


 ダンジョンを探索するもの、探究者。

 彼らはギルドという組織に所属し、日夜これまでに見たことのないような発見を探し求めて魔物たちと戦っている。


 そして辺境の町、スタットにも一人、しがない探究者がいた。



 __ダンジョンは生きている!



 彼はいつもそう叫んでいた。

 名をトイ・フォンド。両親はおらず幼少のころから探究者として生計を立てている。


 そんな彼には二つ名が存在した。

 その名も【偽探究者】。


 探究者にはランクというものが存在する。ギルドがその人物に見合う仕事を斡旋するための指標のようなものだ。

 トイに与えられたのはEランク。現存する冒険者の中で最低階級に位置する。


 歳は既に三十近くになり、経験と知識に関してはベテランの域に達しているが、彼は何分身体能力に恵まれなかった。

 幾らダンジョンについて詳しくてもそれを活用するだけの動きができなかったのだ。


 あまりに弱く、探究者として圧倒的な実力不足からつけられた別称。

 しかしこの二つ名にはもう一つ理由があった。


 この世界におけるダンジョンとはあくまで地下遺跡であって生き物という概念はない。

 そのダンジョンを『生きている』と豪語するトイの姿は紛れもない嘘つきでしかなかった。


 探究者としてはあまりに脆弱な実力、それに加えて偽りを語る。


 この二つの理由、それがトイが皆から【偽探究者】と呼ばれる所以だった。


 だが、トイはもうダンジョンが生きているとは言わなくなった。二つ名に傷ついたからではない。誰も信じてくれなかったからだ。

 トイは今でもダンジョンは生きていると信じている。


 では何を根拠にトイは無機物であるはずのものを生きていると宣っているのだろうか。



 __ドクン、ドクン。


 その根拠がこれだ。

 ダンジョン内部に響き渡る心臓が脈打つ音。生きていないものからは聞こえるはずがない音が聞こえる。

 その音が生き物によるものだと確信したからこそ、トイはダンジョンが生きていると言う。


 しかし不思議なことに、この音はトイ以外には誰も聞こえないらしい。その証拠が今のトイの二つ名というわけだ。


 トイ自身も疑ったことがある。おかしいのは自分自身で、ダンジョンから聞こえてくる心臓の音は単なる幻聴かもしれないと。


 ただ、それでも自分を信じるのにはやはりダンジョンが理由だった。



「やっぱり、弱くなってる」



 いつものようにダンジョンの低層域で簡単な素材の採取依頼をこなしているとき、トイは呟いた。

 初めてダンジョンに潜った日から聞いてきたこの音は、日を追うごとに微かにだが小さくなっていくのを感じていた。



「俺に、どうにかできるものなのか」



 ダンジョンはトイの家計を支える大事な収入源だ。もし心臓の音が止まってダンジョンが死んでしまったら何が起こるか分からない。探検者以外何の仕事もしたことがないトイが生活に困るのは目に見えている。

 それにスタットの町以上に安全なダンジョンは存在しない。このまま心臓の音が日々弱まっていくのをただじっと待っていることはできなかった。


 だが、事態の解決に必要なだけの実力が足りない。協力を頼もうにも【偽探究者】と蔑まれている彼の話を聞いてくれる人間はだれも…いや、一人だけ心当たりがあった。


 手早く依頼の品を回収すると、ギルドで仕事の精算をした後、ある人物の家を訪れた。

 家と言っても、入り口には看板が立てかけてあって【グラツフ武具店】と書いてある。要は家の一部を見せとして経営している店舗兼住宅だ。



「おい、マイヤ居るか?」



 少々乱暴に扉をノックすると、家の中からハチャメチャな音が奏でられた後、「はーい!」という声と共に一人の女が出てきた。


 厚手の前掛けを羽織り、頭には鉄の仮面のようなものを被っている。格好だけ見れば女性らしさは感じられないが、丸みを帯びた顔立ちに加え胸部の膨らみは女性のそれで相違ない。


 彼女の名前はマイヤ・グラツフ。グラツフ武具店の現店主にしてトイとは幼馴染のようなもの。

 歳は三つほどトイの方が上だが、マイヤは店を訪れたトイの顔を見るや否や、



「げっ、なんだトイかよ。慌てて損したじゃんか」


「げっとはなんだ。俺も客だぞ。その態度はないんじゃないか」


「よく言うよ。どうせ碌な稼ぎもないんだからうちの装備も買えないくせに」



 図星を突かれたトイは言い返せない。

 辺境の町の武具屋にそれほど高いものは置いていない。それでも偽探究者にとってはなかなか得の届かない品ばかりだ。



「ま、なんか用事があってきたんだろ。取り敢えず上がって」



 人口の流通も多くない町は当然店の利用者も少なく、武具を陳列している場所に人一人の気配もない。

 その割には店の中は綺麗に片付けられていて清潔感が窺える。だが、清潔感が見えていたのはあくまで店舗空間までだった。


 店舗空間の奥にマイヤの住宅空間は点在している。その双方の空間を繋ぐ扉を開けると広がるのは混沌とした汚部屋だった。



「相変わらず汚いな。よくこんな場所で生活できると感心するよ」


「うっさいな。万年Eランクのヘボ探究者に言われたくないね」


「それとこれとは話が別だろ。こんなんじゃ嫁入りしたとき苦労するぞ」


「あんたは私のお袋か」



 マイヤはトイにとって妹のようなものだ。

 小さいころから彼女のことを知っており父親の教育の元、大好きな鍛冶仕事に携わってきたところを見てきた。

 しかし十年前、武具の素材を探しに行くと出ていったマイヤの父親はそのまま帰ってくることはなく、後日ダンジョンで亡くなっているところを探究者に発見された。

 彼女の母もマイヤを産んですぐに他界し、もうこの世にはいない。


 両親の顔すら知らないトイに親を失った時の気持ちは理解できない。父をなくしてしまったマイヤはそれ以降、それまで生きがいとしていた鍛冶を、何もかもを投げ捨ててしまったかのように廃れていった。


 親を亡くす気持ちは理解できない。でも、一人きりの寂しさは理解できる。このまま心を閉ざしてしまうマイヤがただじっと孤独の連鎖に落ちていくのを見過ごすことはできなかった。


 少ない依頼の報酬を使って買い物をし、毎日家を訪れた。毎日、語り掛けた。毎日、ご飯を作った。毎日、掃除をした。毎日、一緒に過ごした。

 食事を一緒にしてくれない。拒絶された。もう来ないでと突き飛ばされもした。それでも毎日、依頼が成功しなくても、ダンジョンで怪我を負っても、彼女の元を訪れた。


 そしていつの日か、マイヤは一緒に食卓を囲むようになった。遠ざけていた鍛冶仕事も再びするようになった。笑うようになった。


 最近は以前に比べると家を訪れる回数は少なくなりはしたが、今でも時折彼女の経営する【グラツフ武具店】を訪れてはお世話をしている。



 トイは手始めに汚れ切った部屋をくまなく掃除した。仕事終わりで疲労が溜まっているがもう習慣みたいなものだから別に苦ではない。


 見違えるように片付いた部屋を見てマイヤは感嘆の声を上げる。



「おーさっすがだね。探究者より執事とかの方が向いてるんじゃない?」


「うるせえ、俺みたいな身元不確かな奴をお偉いさん方は雇わないんだよ」


「んー、じゃあ私が雇っちゃおうかな」



 トイの脳細胞がものすごい速度で回転し始める。


 __武具店の稼ぎはいいとは言えないにしても俺の稼ぎよりは遥かにいい。もし本当にマイヤに雇われたとしたら探検に必要な道具の調達なんかの費用がすべて浮く。いやしかし妹のようなマイヤに雇われるというのは些かみっともない。いやそれでもよりよい生活を求めるのならばちんけな誇りなんて捨てるべきなのか。くっ、分からない。どうすればいいのか。取り敢えずまずは雇用条件だ。いくらで雇ってもらえるのか聞かない限り冷静な判断は下せない。



「いくらで?」


「タ・ダ♡」


「けっ、期待した俺がバカだった」



 選択肢が決まった。却下一択。



「えっ、本気で考えてたの?じゃ、じゃあやっぱ……」


「ああもういいよ。どうせまた俺をからかおうって魂胆なんだろ。ごみ捨てた後飯作ってくるから待っとけ」



 ばたんと扉が閉められ綺麗になった部屋でマイヤは一人になった。


 彼女は長い溜息をついた後、



「…………ばか」



 その言葉は、誰に対して向けられたものだろうか?


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