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赤毛の魔女  作者: 諏訪野 浩平
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死なない主人公ーーしかし彼には弱点があった。

第零章 動き出した時間編



第一部 出会い



 硬い地面の上で、眠っている十五の少女がいる。

汚れ一つない白いシャツは膝頭が丁度隠れる丈のフレアスカートに入れられていた。


 それは時々吹き抜ける冷たい風にふわりと浮いては地面に落ちているのだが、寒いためかトレンチコートを体に被せていた。


 季節は夏で、外は猛暑であったが、少女は鍾乳洞の中にいるので空気は冷たかった。

 また無音であるせいで、つららから滴り落ちる露が水たまりを波紋させる音が木魂していた。


 うねった外壁から風が通るような――そんな清楚な空気を一杯に含んだ彼女からは、やはり清潔な息を吐いているように思えたほど、気持ちよさそうに眠っている。


 それはとても深い眠りで、赤く透き通る髪が時々、つららから落ちる露に反射する。


 ――突如彼女の周辺の空間が歪み始め、黒い稲妻がばちばちと音をたてながら開かれていく。煙が漏れ出したかと思うと、それは一瞬で人を形創った。


 彼女は何かの異変を察知し、ゆっくりと瞳を開けたが、そのころには稲妻も煙もなく、少年が一人立っているだけであった。しかし、少女は人間を見るのは三年振りだったから、飛び上がり、魔法陣を浮かび上がらせた。


 少女と少年との距離は二メートル程だった。少女は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、後ずさりしながら手のひらを少年に向けている。そして、空気が淀み始めると、彼女の手の回りにある魔方陣が鼓動した。


 少年はようやく目を開けた。


 濃いグレーのスウェットパーカーに黒いジャケット、スラックスの黒いズボンを履いている少年の格好が邪悪に思えたであろう少女は、魔法陣からは電撃をまとった槍を少年に向かって放った。


 ばちばちと稲光している槍が、ひゅんっという音がしたころには、稲妻の光芒を残して飛び出したが、――少年はその槍を叩き落としていた(少年はいつの間にか剣を手にしていたのだった)。


 少女はその剣捌きから、すぐに少年に勝てないことを察したが、それは少女を育てた、少女の祖父が聖騎士であったことが大きかった。


 少女は彼の一つ一つの動作を見逃さないようにと目を大きく見開き、魔法陣が広がっている方の手のひらをまだ少年に向けていた。


「僕は諏訪野奏汰。君は?」


 優しい声だった。そこに敵意も悪意も感じられない。しかし、少女はなおも困った顔をして槍を放つが、それもすぐに叩き落された。


「君を助けに来たんだ」


「……わたしを助けに?」


 奏汰は近寄ろうとはせずにそう言った。


「君は今から三十分ほど後に、聖騎士の『ユニファス=クリス』という男に殺される。その名前は知ってるだろ?」


 少女は魔法陣を解いたが、手のひらは奏汰の方に向けたままだった。


「僕は君の名前も、祖父の事も、この国のことも知ってる。だけど、やっぱり君の口から名前を聞きたいと思うんだ。――これはロマンチックすぎるかもしれないけど」


「……イリアス、です」


 こう少女がか細い声で言ったのを聞いて、奏汰は微笑んだ。彼女の警戒をとくのが先決ではなく、この場から去る方が先決だったが、それが容易でないことを奏汰は理解していた。


 なので、この場で聖騎士である「ユニファス=クリス」という、「ユニグスト王国」が誇る騎士団長を退き、イリアスの転移魔法で何処かへ飛んでいくことが彼の作戦であった。


 それはつまり、戦いの中である程度に信用を得て(イリアスが自分にも転移魔法を使用するぐらいには信用を得て)、自身も死なずに彼女を守らなくてはならない。


「不安なのは分かる。俺が嘘をついているんじゃないかって疑いたくなる気持ちも分かるんだ。だけど、今はどこかで信用しようと努めてほしい。――無理やりでもいい。今から起きる場面から逃れるその一瞬間――転瞬の間でいい。だから」


 少女は視線を落とし、自身が履いている焦げ茶色のショートブーツの先端をじっと見た。それでも手のひらは奏汰の心臓に狙いを定めている。


「見返りはなんですか」と、やはりか細い声で言った後、言葉をつけたす。

「魔女の体には色々な効果があると聞きます。血を垂らせば傷を癒したり、吹き飛んだ腕だって治ると聞きます。骨を砕いて粉末にして飲めば病をなおしたり、魔法の能力だって向上する」


「――イリアスは死にたいの?」


 奏汰は彼女の言葉をさえぎる。


 殺すこと、裏切ることの利点を話すイリアスからは、死のうとしているように感じたからだった。しかし、イリアスは答えないで、


「魔女が災厄の権化だということはどの国でも周知の事実ですよ。助ける意味なんて……」と淋しそうに俯いた。


「知ってる。だけどそんな事は関係ないよ」


「関係ない?」


「信じてくれないと思うけど、実際のところ僕はただイリアスと旅をしたいだけなんだ。この世界の色々な場所を見て探検がしたい。色々な話をしたい」


 答えに迷うイリアスを奏汰は急かした。


「――だけど今は時間がないんだ。君を助ける事で僕がどれだけの人から狙われるのかも理解している。だから」


 ――金属の擦れる音が微かに聞こえてきた。


 空気の淀みのようなものを感じ、辺りを見渡したイリアスは、突然口を押えながら蹲った。とても強い結界が彼女と奏汰を含む広範囲、直径にして二十メートル程の範囲に広がっている。


 ――稲光が鍾乳洞全体を明るく照らしたかと思うと、奏汰はその光を叩き落とした。ごんっと轟音が鳴って矢が落ちると、つぎつぎに放たれる矢を奏汰は落としていく。その度毎に鼓膜が破れるほどの轟音が鍾乳洞の中に響き渡っていく。


「イリアスは諦めているように見えるけど、僕は諦めたくない。迷う気持ちは分かる。この生きづらい世界で一人残されて、死んでしまった方が楽だと考えてるのかもしれない。――それだったら旅をしてから死のうよ」


 彼女は奏汰を見上げた。とても苦しそうに見える。


「――構えろ!」


 銀色に光る鎧を着た五人の騎士が構えている。

 恐らく魔法使いである二人の女の手には焦げ茶色の杖が握られていた。


 その内の1人の杖の先端には魔法陣が鼓動のように膨張、収縮を繰り返しており、大きな盾を持った男の後ろに隠れたまま、杖の先端のみを奏汰に向けていた。

 そして、中央には光輝く剣を持った金色の髪の男が、神への忠誠を呪文のように口にしている。


 その男が着ている鎧は眩い光を放っており、その光が弱まることはなく、一定を保っていた。

 また、胸の中央には弓の紋章が控えめに刻印されており、それが「王国騎士団」の紋章だった。


「騎士団……」


イリアスがそう言ったのと同時に、

「――撃て」と洞窟内に響き渡った。


 光に包まれた矢が一直線に奏汰へと向かったが、彼はつぎつぎに叩き落している。

 しかし、矢は電撃をまとっていたから、彼の皮膚は焼けて、ところどころが黒ずんでいた。


 一度に飛んでくる矢の数はそれほどに多くなかったが、休む間もなく飛んでくるので、奏汰は動き続けなければならなかった。


 彼が息をあげ始めたころ、今度は天井に小さな魔法陣が見えるとそれは膨張し、一瞬で洞窟内全体を照らす光となって魔法陣から溢れ出した。――その光は太陽よりも明るく感じられる。


 奏汰はその光にとらえられ身動きができなくなったが、彼の体からどろどろとか黒い液が流れ始め、やがてそこからむくむくと煙が浮き上がった。

 それが光を呑み込むと、辺りを暗い霧が包み込んだ。


 結界のゆらぎを感じたイリアスが、転移魔法である呪文を唱え始めた。

「クリス様! さきにそこの魔女を殺さなくては、――シャロットの魔法の効果が切れてしまいます」


 杖の鼓動速度が先程とは比べ物にならないほどに速くなっている。


 クリスは振り返り、魔法使い二人を見た。


「クロエラ。結界の準備をしておいてくれ。シャロットの結界が切れたらすぐに使用する」


 奏汰の体から溢れ出ていたであろう霧が消え失せたころ、クリスは腰につけていた剣を鞘から抜いた。


 その剣は奏汰が消した光と同じように、神々しく光っているのに加えて、電撃がまとわりついているのが見えた。


「聖剣」とイリアスが呟いた。


 クリスは勢いよく奏太へと飛び込んだ。剣と剣とがぶつかり合うと電撃と火花がこぼれ出る。電撃は奏汰の全身を焦がすようにはしり回った。


 奏汰は痛みに鈍い声をあげたが、イリアスが彼の背中に手をそえて、転移魔法を使った。


 冷たい空気が奏汰とイリアスを被い、空間が歪み始める。


「――シャロット!」とクリスは叫んだが、彼女たちを止められなかった。




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