4.
前方から強い風が吹いた。
うるさいぐらいに森がざわめく。
目に痛みがはしる。砂と一緒に風が横に流れていった。
頬にまだ残っていた涙をぬぐい、街へ足を向け、歩き出す。
森はうるさいままだ。
1時間強過ぎると、街というか壁がみえてきた。
獣の記憶はここで終わっているが、ここまでこれたならもう十分だ。
壁に近づくと、門番みたいな二人が立っているのが見える。二人に気づかれないように隠れながらスキルを使い、この街に入るためにはどうすればいいのかを調べる。
このスキルは視認できる範囲ならどこでも使える。そして、情報を奪うときは欲しいと思う情報を検索すれば頭に浮かんでくる。まるで本を読んでいるみたいで、読み終わって本人に返した後もその知識は失われないまま。とても便利な使用になっていて、スキルの特典か速読と脳内処理能力も上がっていた。
片方の門番によると、入るのには身分証明証が必要みたいだ。この世界出身ではない私が持っているはずもなく、焦ったけれど、田舎から来た人などの何かしらの理由で身分証明証を持っていない人にも方法があるみたいだ。それは、犯罪履歴がないかを魔法道具で測り、問題がなっかたら入れるというものだ。仮の身分証明証が渡され、2日以内に本物の身分証明証を渡せば、登録完了となる。本物の身分証明証とやらは、どこかのギルドに所属する際に貰えるらしい。ちなみに、ギルドは主に冒険者ギルドと商売ギルドだ。
私もなんなく入れることが分かり、門番に近づいていく。
「すみません。この街に入りたいのですが」
「ああ、嬢ちゃん。この街に入りたいのなら、身分証明証はなんかもっているか?」
片方の優しそうなおじさんが相手をしてくれる。
「いいえ、田舎から来たもので持っていないのですが」
「.....ああ、なるほどな。なら、この上に手をのせてくれないか?」
おじさんは、手のひらにちょうど乗るぐらいの大きさの丸いガラス玉を取り出して言った。
初めてみた魔法道具というものなのだが、ただのガラス玉にしかみえなくて全然テンションが上がらない。取り合えず、まだ人は殺してないから大丈夫だろうとガラス玉の上に手をのせる。
手をのせると淡いピンク色に光り、少しすると光は収束していった。
ただのガラス玉にしか見えなかったものが光ったことに驚く。
「よし、大丈夫だな」
おじさんに言われるまで、不思議に思いぼんやりとしてしまった。
驚いていたことに触れられることもなく、おじさんに文字が刻まれた銅板プレートを渡される。これが仮の身分証明証とやらだろう。そう思ってしげしげと見る。
「で、それが仮の身分証明証だな。本物は、どっかのギルドで発行して二日以内にもう一度ここに来て欲しい。それで、そのギルドは.....」
すると、おじさんが、私が知っていることとギルドの説明、その道順を教えてくれた。
「ありがとうございます」
私はおじさんにお礼を言って、門をくぐった。
なんて親切なおじさんなんだと好感度を上げながら、この世界で初めての街に足を踏み入れた。
ちなみに、なんで門番の二人が裸足である私に訝しげな目を向けることなく普通に対応していたかというと、その理由は私のスキルにある。それは、私のスキルで私が裸足であるというという相手の認識を奪ったからだ。ほんと、スキル様様である。
街に入り、辺りを見渡すと、西洋風の街並みが夕焼けに照らされていた。
目が覚めてから結構たっていることに気づきながら、冒険者ギルドに向かって街を歩いていく。
さっきのおじさんの話を聞いて、私は冒険者ギルドに入ることにした。一般的に入るギルドに商売ギルドもあるが、お金が一銭もないうえに知人もいなくこの世界の常識に疎い私に商売なんてできるわけない。なので、暮らしていくために必要なお金を得るためには冒険者ギルドに入ることが一番いいのだ。
裸足であることで若干変な視線を感じるが、これは別に話しかけられるわけでもないのでスルーする。
実際私は、お金がなくてもしようと思えば、生活できるし金も靴も得ることができる。それは、もちろんスキルを使えばできるということである。スキルを使って盗めばいいのである。
でもそれは、私はやらない。どうしても、やりたくないのだ。
それを使えば、冒険者なんて身分証明証のためだけにして危険なことはせず、人を間違えて死なすこともなく、周りの罪のない人を危険にさらすことなく、楽に生きることができるだろう。もしかしたら、人によってはその方がいいと言うというかもしれない。
盗み、それはいけないこと、悪いことだと人は言うだろう。私もそう、認識している。
でも、ある人はそれで罪のない人が死なないのならいいのではないかと言うかもしれない。
殺された場合は、その殺した奴が死ぬのだ因果応報だ。だけどもし、私が足を踏み外して打ちどころが悪くて死ぬなんて誰も関係ないただの私の不注意、または自然災害が原因で死ぬなら、そのせいで、私から一番近い場所にいた者が偶然により死に至り、私は生きるのだろう。そんな理不尽が起こってしまうのだ。
私が冒険者ギルドに入るとその確率は格段に上がる。
そんなことになるなら、理不尽に人を殺すなら、盗みを働いたほうがいいのではないか。そう考えた。
盗みはいけないこと。少し盗むだけで、相手に多大な迷惑をかける。それは、知っているけど、分かっているが、それでも盗んだほうがいい。そう誰かが、言う。迷惑をかけないように調整すればいいのだと。しょうがないのだからと。
人を理不尽に殺すつもりかと。
ああ、だから、これは私のわががままなのかもしれない。正しい事のはずだけれど、間違っているのかもしれない。
盗みをせずに、冒険者ギルドに入って真っ当に生きたいなんて。
普通ではないスキルを手に入れた真っ当じゃない私がそれを望むなんて、おかしいのかもしれない。
それでも、それでも、私はそれを望むのだ。望まずにはいられない。
私は人なのだと。
死ねなくても、全てを支配できる神のような存在でも確かに人なのだと。私は、まだ思っていたいから。
盗みを働いても、私は絶対に捕まることはない。危険にさらされず、法に縛られない。
それが嫌ならスキルを使わずに盗めばいいのだと、それでそのうち捕まればいいのではないのかと思うかもしれない。実際そうすればいいのだろう。それが、一番いいのだろう。
でも、やっぱり私は、どこまでも中途半端で、あやふやで、救えない馬鹿なんだ。それが、嫌なんだ。
捕まりたくはない、なんて、わがままにも思うんだ。
人の命より、自分を優先する傲慢なわたし。
あぁ、あぁ、ほんとうにいらないのに。
うつむいていた私が顔を上げると、知らない屋敷がわたしをじっと睨んでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。