3.
気が狂うのが先か、死ぬのが先か。
今は考えてもわからない。
だけど、考えずにはいられない。それを放棄した瞬間何かが終わる気がすることを、確信していた。
ふと、意識を外に向ける。
深く考え込んでいたせいで、いつのまにかだいぶ乾いていた。服を触りながら確かめる。
まだ日は傾いてはいなかった。
先ほど殺した獣の中に、一番近い街を知っていたのがいた。無意識のうちのにそれを得ていたようだった。ここまでの来た道のりもその時奪っていたらしい。
ふと思い立つ。あの血みどろの場所も、血のほかの獣をおびき寄せるという性質を奪えばいいのではないかと。さすがに、あのまま放置はまずいだろう。他のひとが通った時に、大量の獣がいて、襲われ、最悪死んでしまうかもしれない。自分のせいで罪のない人が死ぬのは目覚めが悪い。
あの場所は、ここから遠くもなく街までの道のりの途中でもある。いかない手はないだろう。
獣の知識なので若干、記憶にある景色の位置だとか、ところどころ人が通る場所ではなく獣道だったりした。裸足では歩みずらいものだったが、少し経つと目的地に着いた。
まだ人が通っていなかったのか獣と遭遇しなかったのかわからないが、死体は獣の他になく、安心した。とりあえず、やってしまおうとスキルを使う。意図的にこの能力を使うのは初めてだが、既に自身の一部として取り込んでいるためか難なく使うことができた。
会得した性質は、自分に使うなんてまねはせずに残すことにした。罠として使うにはちょうどいいかもしれないが今は必要ない。
その他にも得られるものはないかと探ると、レベルやスキル、魔法などもあった。
そこで、ここは魔法があるなんともファンタジーな異世界であることが分かる。
私は、一応ここが異世界であることは薄々気づいていた。初めは見知らぬ場所で混乱していたが、食われそうになったり、生殺与奪というスキルを持っていることが衝撃だったため、今はあまり取り乱さずに受け入れることができていた。
私は、異世界転移なるものをしたらしい、と。
異世界転生という可能性も捨てきれないが、川に映りこんだのは18年間見慣れた顔だったため、違うと思っている。これが幼女だったり、まったく違う顔だったりしたら転生の可能が高いが、そうでないのならやっぱりこれは、異世界転移なるものだろう。
違う世界に迷い込んだわけなのだから、当然元の世界に帰りたいかと思うかもしれないが、実情を把握した今、私はそれに否と答える。
まだ、誰も知人などいるわけもない中、見知らぬ土地で、不本意なスキルを手に入れさせられたわけなのだが、不思議と郷愁の念は沸いてこなかった。
帰る場所。それが私は、ずっと前から思いつかなくなっていた。
元の世界で私は、学校が終わっても中々住んでいる場所には行かず、街中をさまよっていた。行く当てもなく、特に用事があるわけでもないのに、ふらふらと歩き続けていた。私の家族は別段仲が悪いわけでもなかったので、居心地悪さや何か問題があって居れない、そういうわけではなかった。
中学校の頃は、放課後部活や用事がない限り教室や図書館で一人残っていたりしていただけなので、早く家に行くことはなかったが遅いというわけではなかった。
だからそれが目立つようになったのは、高校生になってからだと思う。
私は、家の最寄り駅から5駅先の高校を入学した。高校の決め手は、自分の偏差値と少し都心であることが理由だった。
その後すぐに、私はバイトを始めることになる。
高校は部活をせずに、勉強と自分のしたいことしようと思っていた。バイトもその一つで、憧れや本などの自分の趣味に費やすためという些細な理由だった。家族の反対もなく、面接もすぐに通ったので問題なくバイトは始まった。高校がある町のちょっとこじゃれた喫茶店で週3日のバイト。幸先の良い、出だしだった。
こんな書き出しだからといって、これからなにか奇妙な事件が起こるというわけでもない。
あるといえば、ただの心境の変化だけである。
初めの頃は、週3日のバイトの日以外は学校が閉まるまで残っていたり、町を一人探検していた。
中学と違い地元でないことや都会であることに多少浮足立っていたが、それでも自制して少し遅くなっていただけにとどめていた。
だけどある日、バイトのある日はいつもはすぐに家に行くところ町を少し歩きたくなってずっとうろうろしていたのだ。バイトで失敗して店長にこんこんとこんこんとせっきょう説教されたわけでもない。ただ、なんとなく歩いていたかったのだ。
その日は、さすがに遅いと親から心配の電話がきて、11時前には家に居ることになった。親からは遅くなるなら電話してくれと言われただけで特におとがめはなかった。
これが原因なのかよく分からないが一度遅くまで町にいたせいで、だんだんとその回数が増えることになる。週1だったのが週3になり、週3だったのが週5になり、最終的にはほぼ毎日深夜になってやっと家に居ることになった。土日、祝日に関しては一旦家から出ると朝早くだろうがずっと家には居ず町にいた。
さすがに、これに関しては親も当然驚く。もともと、そういう子ならまだしても私は今まで真面目でおとなしかったため余計に周りを混乱させた。
なんかあったのかと、いじめられているのかと心配された。
もちろんいじめられているわけではないのだと、ただ町で歩くのが好きなだけなのだと説得した。信じてくれたのかは定かではないが、その時はただ危ないことはするなと熱心に注意されるだけで終わった。
それは高校2年生の終わりまで続くことになる。
高校3年生からは大学受験に向けて、塾に通う時間や自習の時間が増えて町を歩くことはほとんどん無くなっていた。
ただ偶に、深夜の街に佇んでることがあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。