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1.

 カサリ......

 音がした。葉が重なる音が近くでなった。意識が浮上していく中で、薄目に開けた視界からは緑。

 違和感を感じながらも、脱力感からか中々起き上がる気がおきない。


 ふわりと何かが私の頬を優しくなでた。

 風? 窓を開けっぱなしにしてしまったのだろうか。


 外からの明るい光を感じ取り、そろそろ起きるべきだと意識を覚醒させる。

 意識を覚醒していく中で、段々と鮮明になっていく違和感。それは、背中から感じる硬い感触。そして、僅かに身じろいだときに感じたザラザラした感触とジャリという音。まるで、土の上に寝転んでいるような。

 そこから考えられる事に、まさかという思いが湧き上がる。

 身体が強張ってしまうのを止められずに恐る恐ると覚醒した頭で外の様子を確認すると、私の考えは杞憂となってはくれなかった。現実のものとなっていることをまざまざと見せつけただけに終わった。


 緑、緑、緑。四方を見渡しても鬱蒼と茂っている木ばかり目に映る。

 ただ、真ん中だけはぽっかりと虚しく空白をあけていた。


 体を起こして、立ち上がる。だけど、自分がそこに立っているということを確かにするだけで何も変わらない。

 

 緻密に創造された景色、私を包み込む風、風によって騒めく森、鼻をかすめる森の独特の香り、カラカラとした喉を潤すために飲み込んだ唾の苦い味、私の五感が全てを肯定していた。 

 この場所が本当にあることも、その場所に私がいることも。

 これが、夢ではなく、現実だということを証明する。



 それでもどこか、現実味を帯びなくて夢現のまま、ふらり、ふらりと歩き出した。

 一歩、一歩、足を踏み出すたびにジャリ、ジャリと音が鳴り、足に鈍く痛みが走った。

 気にせずに歩いているから痛みがどんどん重くなっているはずなのに、それがなんとなく心地良くて、歩みを止めることはなかった。


 森の奥へ奥へと歩みを進める。何も考えずに、ただひたすらに歩き続けた。


 何をしているのだ、私は。無謀にも知らない森の中を歩いて、獣に遭遇する可能性だってあるのに。


 そう、私は頭の片隅では確かに考えていたはずなのに、私の歩みは止まることを知らなかった。

 危機感がなくなってしまったわけではないけれど、成り行きに身を任すことが私にとっての最善の様に思えたのだ。



 もっと、もっと、痛みを、苦痛を、私が生きている証を与えて欲しい。

 その時私は、その思いが頭の大半を占めていた。


 だけど、そんなとても危うい、とてもじゃ無いが普通ではない精神状態にも終わりはある。

 なぜなら、そうだと認識しているから。


「くしゅん」

「くしゅん、くしゅん」

 体がブルリと震えて、思考が戻る。肌寒さが時間の経過を知らせていた。


 その反動で立ち止まってしまった私が、また、歩き始めようとした時に耳に音が吠えた。野太い、唸るような声だった。

 1匹じゃない、2匹だ。

 なぜここまでの音なのに、今の今まで気づかなかったのだ。そう、疑問に思った瞬間、音が蘇った。


 森の音が、風の音が、私がここにいるという呼吸音が、耳にするりと流れ込んできた。

 足にしか向いていなかった意識が体全体に広がっていった。


 あぁ、そうか、そうだね。

 もう、知らないふりはやめよう。


 認識しなければいけないんだ自分の事を。

 見なければいけないんだ現実を。


 声の方へ向くと、二匹の獣が互いに牽制していたのを止めて襲いかかっているところだった。


 二匹の獣はどこかおかしく、目を真っ赤にギラギラと光らせ、尋常じゃないよだれを垂らしている。狂ったまま、全てを排除するかのようなその存在らに私は圧倒された。

 だんだんと広がる赤や生々しい塊に吐き気が襲う。目を逸らしたくても、体がいうことを聞かない。この場から直ぐにでも逃げないといけないと、頭の中で警報がうるさいぐらいに鳴るのに、全てを飲み込まれてしまって動けない。


 そのうち、片方の牛角をもった黒い狼のようなものが優勢になり、しばらくすると、相手の首元を噛みちぎり勝った。

 そいつが、勝利した栄誉を誇るかのように、ウオォォーンと吠える。地鳴りのように響く音が森を駆けめぐった。ドンドンと心臓が大きく鳴った。やっとのことで唾を呑み込む。我に帰った私は逃げようと踵を返そうと、静かに、本当に静かに息を吸った。

 最後に確認しようと勝利した獣を見た。それが、駄目だったのだろうか、いやきっともうとっくに手遅れだったんだ。


 目があってしまった。ギラギラと次の獲物を見る赤い赤い目と見つめ合う。


 死を確信した。


 獣が走る、走る、私の元へ。


 きっと初めから知っていたのだろう。私がいたことを。


 獣が私の喉もとへ噛みつこうとしているのがスローモーションで映る。


 全く体が動かない、逃げられない。


 獣の生暖かい息が顔にかかる。


 死に方を選べなかったのが残念だった。走馬灯なんかが流れないくらいなんもない人生。

でも、私にとっては良かったのかも知れない。この獣の血肉となり、役立つのならいい死に方なのかも知れない。怠惰な私が流れに任せて、他者に死に方さえ委ねたという点では素晴らしいのではないか。

 あぁ、思うに結構いい最後だ。


 森が風で揺れているのを焼きつけて、目をつぶった。


 そして、私は獣に喰いちぎられた。


 血しぶきが上がる。世界が真っ赤に染まる。赤く赤く、チカチカと光りを放つ。


 なんだか心地よい。

 今起こってることが全部夢で、喰われた途端に私はここから切り離され、いつもの自分の部屋で目が覚める。そんなことがふと浮かんだ。

 やっぱりまだ、私は諦め切れていないみたいだな。

 自分の強情さに呆れながらも、体をそれにゆだねた。


 だから、確かに私はこの時この世界で死んだ。死んだはずなのに。


《スキル生殺与奪、獲得しました。》


 無機質なアナウンスが脳内に流れた。


 生暖かい感触に全身を包み込まれ、圧迫感を感じた。

 重さに耐え切れず、後ろに倒れ込む。

 ドサッ、背中が鈍く痛んだ。

 何故か感覚がある。なのに、首元からの痛みはなく、激痛は訪れないまま。

 背中に感じる鈍い痛みに顔をしかめながら、衝動的に開かれた視界からは、赤。

 自分がまだ生きていて、思考を回せるほどの平常を保っていることにどこか違和感を感じる。


 助けられたのか?

 違う場所に飛ばされたのか?

 やはり夢だったのか?


 頭の片隅がチリチリと痛む。

 頬に生暖かいものが流れていく。

 頭の中で色んな憶測が飛び交っている。どれもあり得ないはずのことばかりなのに、どれも正しい気がしてならない。


 ズキズキと鈍く鈍く、段々と痛みが増していく。


 風が流れた。冷たい風が、鉄の臭いを私へ運んでくる。


「うっ......!」


 吐き気を及ぶそれに意識が向く。押さえた手からぬめりとした感触が伝わってくる。


 赤黒い、生暖かい、その存在に持っていかれそうになる。

 誰かが言った。

 見るなと。考えてはいけないのだと。その存在を認めてはいけないのだと、本能が告げている。


 女は言った。なぜ、それがいるの? 私は言った。こたえられないと。

 また、女は言った。なぜ、答えられないの? 私はもう一度、返した。わからないからと。

 なぜ、分からないの?

 しらないから。

 知らない?

 ええ、わたしはしらない。

 いいえ、あなたは知っているのよ。知っていて、それを言わないのよ。

 ちがう、ほんとうにしらない。なにもなにも、知らない。

 私は、馬鹿で、愚図だから、何にも分からない。


 女が甘く、優しく、慈しむかのような声で聞いてきた。


 ほんとうに?


 空白が落ちた。全てが一瞬、無になった。


 ふふっ、うふふ、ふふふふふふはははっ、あははははっ......

 突然、女が笑いだした。狂ったように、嗤っている。狂気に満ちているその顔は愉悦をおびながら、私を嘲笑っているように感じた。

 何もかも知っていて眺めている傍観者の目だった。

 この女は全てを知っていてなお、答えを知りたい。私から聞きたいのだと理解した。


 頭に激痛が走る。全てを知った。


 わたしがしたのだ。

 私が全てをうばったのだ。

 

 忘れてはならない罪がどんどん大きくなっていく。


 痛い痛い痛い痛い痛い、いたい。


 こころがあたまが割れるように痛いのに。なんでまだ、私はここにいるの。

 

 望んでなんてなかったのに、なんで......


「ぁ゛、ぁあああああああああああああああっ......!」

  

 こえがわれた。

 世界が全て、白く染まっていく。白く、白く、すべてを塗り替えていく。赤から白へ。

 何もかも、消えてしまへ。私の存在事。


 何もない世界。なにも考えずに全てを、他者に任した人生。


 私の望み。私の願い。


 すべてをむに、ゆめにもどしてください。わたしは、なにもいらないから。かえしてください。もとにもどしてください。なぜ、わたしにこのちからをくれたのですか。なぜわたしはまた、いきているのですか。

 あぁ、かみさま、たいだにいきることはつみなんですか?それは、そんなにいけないことなんですか?

 おしえててくださいよ、ぐずなわたしに。

 かみさまなんでしょ? すべてを、ただしい、きれいなじょうたいにしないとだめなんだから。

 なみだといっしょに、すべてをあらいながさないと。


 あかじゃだめなんだから。



 一際、白く、光が波打つ。

 チカチカ、チカチカ、遠くでクラクションが鳴った。


 私の意識はそこで途ぎれた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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