プロローグ
風が私をさらりとなでる。
ふわり、ふわりと、心地よい音をかなでた。
私を通して、ガラス玉のような無機質な青空が見える。
あぁ、私はシャボン玉のようになりたかったんだ。
淡く、太陽の光を反射し虹色に消えていくあの様が、儚い思いと共に泡になって消えてしまった人魚姫よりも私の心を掻き立てる。
両方とも消えていくことが悲しく思うのではない。
ただ、羨ましいのだ。
人を愛し尽くした人魚姫の生き様に、尊敬の念を抱いている。美しくもあるそれに心酔すらしている。
そして、シャボン玉の生き様に、それよりも深い敬愛の念を抱いている。
シャボン玉の生き様? そんなものがあるはずがないと、誰かは嗤うだろうか。
だからきっと、それは、私の願望によるものなのだろう。
私はの心が、ただそれを神聖化したにすぎないのかもしれない。
それは、人の手で作られていく。
例え、すぐに消えると分かっていたとしても、何個も青空に浮かび上がらせられていく。
それは、中身のない空白を抱え、周りからの影響に耐えられずに消えていく。消えた後にはなにも残らない。ただ、消えた場所を埋めるかのようにいつのまにか、そこには風が流れ、時間が進んでいる。
あぁ、まるで私のようだと思った。
自分を持たず、周りばかり見渡す。私が消えたとして、誰が気づくだろう。少しでも、変化はあるのだろうか。気づくほどのものがあるのだろうか。
なんだ、私は悲しんでいるのか。この現状を嘆いているのかと自分に問うかける。
いや、違う。違うのだ。この現状を作ったのは私。自分が招いた結果にすぎない。それを嘆くのはおかしい事だろう。
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
その言葉は、まるで私を叱責しているかのように感じさせた。
私のことのようだと、思った。
ある程度考えてもやっぱり面倒くさいと思い放り投げてしまう私に似ていた。変化をした自分を想像しながら、行動に移さないのはわたし自身。
結局、何も変わらず周りにただ流されるままになる。
それで、何が残るだろうか。誰かに、何かを与えることができるだろうか。
いや、問いかける必要はない。もう既に私はその答えを知っている。
だけど、何故私はこの世界に生まれたのか。この世に生を持ち、今まで生きながられてきたはなぜなのか。
わたしは、この答えをまだ知らない。
知る必要はないのかも知らない。でも私は知りたいと思う。私は知らなけらばならない。
別に、現状に不満を持つほどの暮らしをしている訳ではない。幸せな生活でさえあるかもしれない。
でも、それが余計に私の思いに拍車をかける。何もしない無意味な暮らしをしていても、何も変わらず平凡なまま、命を脅かされるという事もなく生きていけるという事にどうしようもなく不安になった。寂寥感にかられた。
あぁ、生まれてこれたのも、今まで生きてこれたのも全ては人のおかげだ。
私の頭に幾度となくその思いが浮かび上がった。
普通なら、感謝すべき事だろう。ありがとう、今までありがとう、と言うべきなのだろう。いや、実際に私も感謝している。でも、それを口に出すのは躊躇われた。
だって、それなら何故私は、私というアイデンティティが確立されてしまったのだ。
私という自我がある意味がそこにあるのか。
その考えは私を堪らなくさせた。死への一歩を私に歩ませたのだ。だって、そうだろう? 自分から死を選ぶという行為が一番の自我の証明になるのだから。
けれど、私は心の内にそれを願うばかりで、覚悟すらなかった。
あぁ、なんて私は怠惰なんだろう。救えない馬鹿だ。
無気力の権化の様な行動をとりながら、それをつらぬきさえしない。本当に、救えない。
自暴自棄になりそうな時に、私は公園でシャボン玉を見かけた。なんの感慨も浮かばない平凡な光景。でも、なぜかその時私はその光景に目を奪われた。歓喜さえ覚えた。
喉が震えた。
あぁ、ここにもいるじゃないか。私と同じだ。いや、こいつは自分で死ぬ事も出来ないのだから私よりも哀れだ。そう、胸になんとも言えない喜びが浮かび上がった。いや、喜びだけではない。嘲笑すらしていたかもしれない。
だが、次の瞬間愕然とした。
口の端がひくりと鈍くつりあがった。
子供がシャボン玉を見ながら、笑っていたのだ。
そう、ただそれだけ。
温かなよくある光景。
前にも見たことがあるだろうに、自分もその立場に立ったことがあるだろうに、私を酷く落ち込ませた。
個もない、生まれも、死に方さえも自分で選べなく、全てを他に決定される生であるはずのものが他人に影響を与えた。
それが、私をという存在を卑下すると共に、とても美しいものに見えたのだ。
羨ましいと純粋に思った。あぁ、私が求めていた生き方はこれだと確信した。
私は、シャボン玉になりたい。
来世は、シャボン玉の様に散りたいと本気で思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。