1-4 現実と魔法
ドシン!!
衝撃と痛さで目を覚ます。気がつくと自分の部屋だった。どうやらベッドから落ちたみたいだ。
「え、さっきのは・・・、夢?」
久太はあそこまで鮮明な夢を見たことはなかったが、何も変わらない自分の部屋を見ると、先ほどまでの出来事が夢のように感じた。
時計を確認すると、午後2時を過ぎたばかりだった。夢にしては全然時間が経過していない。久太の知らない科学技術をフル動員しての壮大なドッキリということはないだろう。
しかし、目の前にはいつも通りの日常が存在していた。そう、さっきの出来事の面影など微塵もない。
「・・・そういえば、現実コネクションは?」
ふと気になった久太は自分のスマートフォンを確認した。すると、現実コネクションのアプリは残っていた。久太は現実コネクションを起動してみた。
「お、普通に起動した。でも、あれ?」
現実コネクションは普通に起動した。しかし、1回目に起動した時と明らかに違う。
「サウンドがある。タイトルも文字化けしていない・・・?」
ダウンロードが終わった後に、久太は現実コネクションで普通に遊ぶことができた。それは魔法を駆使して集団で魔物と戦っていく内容のゲーム。可もなく不可もなくという感じだ。
しかし、その舞台はスーアではないし、ニールという光る玉も登場しなかった。
別物(?)の現実コネクションでしばらく遊んでいた久太だが、やがてスマホを投げ出してベッドに仰向けに寝転んだ。別物の現実コネクションがつまらなかったわけではない。が、やる気がなくなってしまった。これは久太にとっての現実コネクションではなかった。
そして、天井をぼんやり眺めながら久太は昔のことを思い返した。
小さい頃、空想は現実になると信じていた。
いつから空想は空想だと理解する、いや、諦めるようになったんだろう?
現実の科学は日々進歩している。が、空想上の魔法は存在しない。紛争とかはあるけれど、人類を破滅に導く魔王のような存在はない。
そう、これが現実だ。
あれは、空想を未だに諦めきれない自分自身が描いた夢だったのか。
空想と現実は交わらない。理解したはずなのに・・・。
でも・・・、
「夢の中では使うことが、・・・できた。」
久太は呟いた。
目の前の天井に手の平を向けてニールに誤射してしまった呪文を。
【ファイア】
そう呟いた途端、久太の手から天井に向けてピンポン球くらいの火の玉が発射された。火の玉は天井に当たるとすぐに消えてしまったが、天井には焼け焦げた痕が残っていた。
久太は飛び起きた。生まれてから最も早く体を起こせたのはこの時だった。
「え、出せ・・・た?」
魔法が使えた。あれは夢ではなかった。
それにしても、現実世界で何故魔法が使えるのか。それが気になった久太はニールが言っていたことを思い出した。
『・・・・・・久太様がご存じの知識は、スーアのキュブ様の知識として共有できるわけであります。逆もまた然りであります。つまり、スーアでキュブ様が経験したことは久太様の状態で忘れることはないのであります・・・・・・』
「スーアで得た知識や経験には、使用できた魔法も含まれていて、地球でも使えるってこと・・・なの・・・・・・、マジで!?」
久太は今すぐにスーアに行きたくなった。しかし、すぐには行けない。
あれが夢でなかったのならば、今夜寝る時がスーアに行ける時。それは自分でニールに確認したからよく覚えていた。今寝てもただの昼寝になってしまうため、スーアにはいけない。
こればかりはどうしようもないので、とにかく夜になるのを待つしかない。逸る気持ちを必死に抑えながら、久太が少し焼け焦げた天井を見つめた時だった。
「久にぃ、今の音はなーに?」
妹の美奈が部屋に入ってきた。美奈は現在中学最後の春休み。明日から高校生になる。その高校は久太が卒業したばかりの学校でもある。
「えっと・・・・・・、何でもないよ。」
「あ、久にぃ嘘ついてる!ねぇ何してたの?」
我が妹ながら鋭い。何故分かったのか。
久太は迷った。現実コネクションのこと、スーアのこと、魔法が使えること。こんなことを話して信じてもらえるのだろうか。いや、実際のところ信じてもらうのは難しくなかった。【ファイア】と唱えれば魔法の存在は簡単に証明できるのだから。問題なのは信じてもらえるかどうかではない。
(話しても大丈夫なのだろうか、もし知らない人に教えた時のペナルティがあったとしたら・・・)
他人に知られてしまうと魔法が使えなくなったり、死んでしまうような呪い的な何かがあるかもしれない。しかも、その対象が久太だけとは限らない。もしその対象に知ってしまった人が含まれるとしたら・・・
呪いなんて非科学的ではある。しかし、火の魔法が実際に使えてしまっているのだから、契約魔法みたいなものがあって既に久太はその契約に縛られている可能性も否定できない。超長い説明に書いてあった可能性が・・・。
手っ取り早く確認する手段は実際に試すこと。しかし、最悪を考えた場合、リスクが大きすぎる。結局、久太は少なくとも今は話すべきではないと判断した。
「いや、本当になんでもないよ。えーと、ほらベッドから寝ぼけて落ちちゃっただけだよ。」
「「・・・・・・・・。」」
「ふーん。まぁいいや。久にぃはドジだね~。」
「ほっとけ。」
納得しているのかしていないのか分からないが、とりあえずはこれ以上の追求はなさそうだった。美奈は話題を変えた。
「あ、そうだ。今から友達の家に遊びに行ってくるから久にぃお留守番よろしくね~。晩ご飯はそっちで食べてくるから。」
「え?母さんは?」
「お母さんは夜勤だよ。だから、久にぃ1人だけだよ。」
ああ、そうだった。深く気にとめていなかったけども。ちなみに、父さんも仕事だ。
「分かった分かった。外出する用事もないし留守番してるよ。」
「いつもいつも自宅警備員ご苦労様です!」
「やかましいわ!」
美奈はスマホをいじりながら部屋から出て行った。
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その後は特に変わったこともなく淡々と時間が過ぎていき、残りは寝るだけとなった。今までで一番長く感じた1日だった。多分、寝たらスーアに行ける。不安はある、そしてそれ以上の期待もある。そこには自分の人生が変わる何かが間違いなくあるはずだ。
ちなみに、現実世界での明日は大学の入学式なのだが、そんなことは一切気にしていなかった。いや、忘れていた。
午後10時、久太は期待に胸を膨らませて眠りにつくのだった。
午前0時、久太は眠りにつきたかった。
午前1時、久太は眠りに・・・
午前2時、久太は・・・
午前3時、・・・
(確かに、寝ないとスーアに行けないのはよく分かったよ・・・。)
結局、久太が眠れたのは、ほぼ明け方の午前5時くらいだった。
導入部はここまでになります。
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