1-2 キュブとニール
「・・・・・・へ?」
気がつくと全く知らない部屋にいた。窓もドアもなく白い壁に囲まれている、ように見える。部屋の中には何もなかった。
「え、いったい何が・・・?」
訳が分からず呆然としていると、
『ご利用ありがとうございますであります!!!!
貴方様でちょうど100人目のユーザー様なのであります。リリースして30分と経っていないでありますが、100人集まるのは早かったであります!!』
声のした方向に振り向くと、光る玉が明滅を繰り返していた。口はないので喋っているようには見えなかったが、光る玉が言葉を発したように思えた。
『おっと、申し訳ございませんでありますキュブ様。私はニールと申しますであります。お気軽にニールとお呼び下さいであります。これから、現実コネクションのご案内をさせていただくでありますので、よろしくお願いいたしますであります。』
どうやらこの光る玉、ニールが本当に喋っているようだった。名前なんかより聞きたいことが山のようにあるけれども・・・。
ちなみに、キュブというのは久太のユーザー名である。深い意味はないのだが、本人は気に入って他のゲームでもよく使っていた。決してツヨシなどではない。
『先ほどのユーザー様と違って取り乱しておられなくて良かったであります。落ち着いてもらうのに一苦労だったのであります。』
確かに久太もといキュブは取り乱していなかった。が、それは驚きが勝っていただけ。ニールに尋ねるというよりは、再確認する意図が強かったため、呟くように疑問の言葉を発していた。
「ここはどこ? これは、夢?」
『・・・・・・またであります。』
「え?」
『「・・・・・・・・。」』
『もしかしなくても、キュブ様も現実コネクションの「ご利用上の注意・説明」を読まれていないのでありますよね?』
「え、えっと・・・、睡眠をとりましょう的なことが最初に書いてあったやつ?」
『そうであります! そこにこのゲームについて詳細をまとめていたのであります。ここにはそれを読んだ上で賛同いただけた方のみに来ていただきたかったのでありますが・・・。結局読んでくださったユーザー様は今までお一人もおられなかったであります。作成するのにかなりの時間がかかったのに、であります。』
「え、かなりの時間? どのくらいの量だったの?」
『文章の長さということでありますか? そうでありますな、キュブ様の用いている言語で換算しますと、ざっと5,000,000文字くらいでありますかね?』
「読めるかぁ!!!」
なんか頭の混乱が少し収まってきた気がした。
仮に1分間に1000文字読める速読の達人だったとしても、ニールの作った約500万文字の説明文を読み終えるまでに、約83時間、ぶっ通して読み続けたとしても3日半かかる。したがって、リリース初日の、しかもニールの発言が真実ならばリリース30分以内にゲームのプレイを始めている人間が説明文など読んでいるわけがない。読んでいたとしてせいぜい最初の数行が関の山だろう。
久太はそんな感じのことをニールに論理的(?)に説明した。
『ぐぬぬであります。』
ニールは一応納得したらしい。久太的には、500万文字が500文字だったとしても読む気は全くなかったのだが、言わないでおいた。
『結局、最初から説明することになるであります。どのみち最後だからもういいであります。まず、現状についてでありますが、ここはいわゆる夢の世界のような状態ではありますが、もちろん夢ではないであります。といっても、チュートリアルみたいなものでありますので、説明が終わるとゲームを始めた時点、つまりは元いた場所に戻るのでご安心下さいであります。』
「まだ完全には納得できないのだけど・・・。これが夢でないとして、このゲーム?を無しにすることって」
『これは夢ではないであります。そして無しにすることもできないであります。そもそも、始める前にちゃんと何回も念押ししていたであります。あとでご質問は受け付けるでありますので、とりあえずは説明をお聞き下さいであります。』
言われてみればしつこい確認があった気がする。UMAみたいな存在にクーリングオフを突きつけても無意味だろうし、とりあえずキュブは現状を把握することにした。
『それでは、気を取り直してスーアとキュブ様の関係についてご説明するであります。・・・最初から。』
ニールはこの世界、スーアについて話し始めた。要点をまとめるとこんな感じだった。
・スーアは魔法がある世界で、人間も生活している。
・魔法は人間だけでなく、多くの生き物が使っている。
・キュブはノヒン地方のとある場所でグータラ生活を満喫していた。そこからキュブの冒険譚は始まるのだった。
「・・・もしかして、と思っていたけど、これって異世界転移ってやつ? なら、魔法って本当に使えるの?」
『異世界転移と言えば異世界転移であります。魔法についてはもちろん使えるであります。ガンガン使って下さいであります!』
普通、異世界転移なら帰れるか、とか元の世界の自分はどうなったのか、などが気になるものだが、キュブは魔法の方が気になった。変なスイッチが入り一気に捲し立てた。
「やった! 魔法使えるのか!! ねぇねぇやっぱり色々な呪文があるの? こうなんていうか、ほら。火を出したかったら【ファイア】みた『あ。』」
久太がおもむろに手を前に向けて【ファイア】と言った瞬間、手の向いていた方向、つまりはニールのいる方向にサッカーボールくらいの火の玉が発射された。
『「うわあああああ!??」』
火の玉はニールに当たりこそしなかったが、かなりスレスレの位置をかすめていった。
『いきなり魔法を唱えるのはナシであります! 驚いたであります!!』
驚いたのは久太も同じだった。そもそも、なんで炎を生み出せたのか全く分からなかった。が、明らかに自分で意識的に出せた感覚があった。本当に魔法が使えるようだった。
『・・・ともかく、先ほどのように魔法を唱えれば使うことができるのであります。今のはどうやら火を生み出す魔法でありますね。意識的に出そうとしなければ呪文名を唱えても発動しないでありますので、無闇に使うのは避けていただけるとありがたいのであります。』
「・・・。」
(え、こんな簡単に魔法が使えるの???)
キュブは先ほどの事を考えていたが、ニールは話を先に進めていた。
『それでは話を戻すであります。キュブ様の物語はノヒン地方からスタートするであります。日々グータラ生活をしているであります。設定は忠実であります。そして・・・』
ニールの話は続いていたが、キュブはニールの言葉があまり頭に入らなかった。魔法のことが頭から離れなかった。
『・・・聞いているでありますか?』
「・・・あ、ごめん。えっと、さっきの魔法の衝撃が強すぎて。」
『確かに、地球には魔法の概念がないでありますし、驚かれるのも無理はないであります。しかし、これからキュブ様がスーアで生活していく上で魔法はたくさん使うことになるでありますから、慣れるしかないであります。では、続きを』
「あ、ちょっと待って。」
『どうしたでありますか?』
「魔法が使えてとても嬉しいんだけどさ、やっぱり、異世界転移ってことはもう元の世界に帰れないんだよね?」
魔法のことばかり考えていたが、キュブはもっと大事なことを思い出した。
『ああ、やはり気にされるでありますか。いやはや、だから説明をちゃんと読んでいただきたかったであります。』
同じ説明を繰り返してきたからなのか、ニールは慣れた様子だった。
『あまり落胆しなくても良いであります。元の世界に帰れないわけではないであります。キュブ様にはこれからスーアと地球、2つの世界で生活していただくことになるであります。』
ある意味、これが魔法以上の驚きとなるのだった。
最初は4話まとめて投稿します。
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