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先輩は初恋に別れを告げる


 仕事が終わったのは定時を1時間過ぎてからだった。すぐに従兄弟に連絡し、落ち合う場所を決めた。もう少しで終わるというので1階のロビーで待つことにした。

 本当なら一度家に帰って汗を流して、着替えてから行きたかったが時間がなかった。化粧は直せたが、落ち着かない。緊張している。


 それもこれも、初恋の相手でもあり、実の兄である本家の方に会うからだ。

 今までは恋する相手だったから積極的に話をしたり、好かれようと良い娘ぶってきたが、今はそんなことをする気にはならない。どんな顔して会えば良いのか、どんな話をされば当たり障りがないか。普段の私を思い返し、分家が本家に対する態度をもう一度心に刻み、相手の性格からどんな態度が適正か脳内でシミュレーションする。


「おーい、待たせたな。」

「っ!お、どろかさないでよ!」

「別に気配なくしてねぇよ。お前さんが考え事に集中してたんだろ?大方、あいつをどう振り向かせるかどうか、当たったか?」

「違うわ。もうそんなこともしないわよ。」


ニヤニヤしていたケイスケが真顔に変わる。


「熱でもあるのか?案内のせいで仕事つまらせすぎたか?」


正気でないと疑われている。探るような視線がうざったくて鞄で遮る。


「熱なんてないわよ。あと案内させたの悪いと思うなら会計課に任せないでほしいわ。」

「はっはー、手が空いてる奴がいなくてな。ということにしておいてくれ。」


悪びれもしないこの男に平手の一つでもくれてやりたい。しかし立場は上のため頭の中で殴っておく。


「そんじゃ、そろそろ行くか。俺の車で、帰りも送ってやるからな。」

「当たり前よ。か弱い女性を夜に放り出すんじゃないわよ。」

「か弱いの定義が揺らぎそうなんだが。」


文句ある?と従兄弟を睨めばさっさと駐車場に逃げていった。私も後を追い、見慣れた車に乗り込む。従兄弟の愛車が走り出すと気になることを聞くことにした。


「そもそも用件はなんなの?次回の主家定例会議に関してかしら。」

「ま、そうだろうな。もしくは別件か。」

「別件?心当たりでもあるの?」

「そりゃあ、な。だてに組織犯罪対策課の課長やってねぇよ。ま、いけばわかるだろ。」


勿体ぶる従兄弟にこれ以上詮索できそうにないため、渋々諦める。

 しばらくすれば、隠れるように佇む行きつけの店が見えてきた。近くの有料駐車場に車を止め、【レストラン ゼフィール】に入る。

 するとすぐに年配の女性が顔馴染みの私達に気づいて出迎えた。


「いらっしゃいませ。お席を奥にご用意していますよ。」

「急にすみませんね。助かってます。」

「いえいえ、皆さんが来てくれるとおじいさんが喜びます。」


愛想の良いお婆さんは会釈をしていつも使っている奥の個室に案内してくれた。

 10人は座れるそうな長テーブルには3人分のランチョンマットしかない。トライアングルになっている席の1番下座に私は座った。その対面にケイスケも着席すると、お婆さんがお冷やとおしぼりを置いていく。


「注文はもう一人きてからで。」

「ええ、わかりました。ではこちらが今日のおすすめメニューとなります。ではごゆっくり。」


一礼して退室するお婆さんを見送ってからメニューを見る。

 この店のフランス料理は美味しく、小さい頃から来ていたので馴染み深い。


「ケイスケはいつもの?」

「そうだな……たまには別なものにするか。」

「そう言っていつも同じメニューになるじゃない。」

「シェフのイチオシが旨すぎるんだ。車でさえなければ酒を飲みてぇな。」

「まあ、どれも美味しいものね。」


私は季節を楽しみたいからおすすめから選ぶことが多い。デザートを頼むことも忘れないわ。


「お前さんは選ぶの長いからな。」

「どれも美味しそうなんだから仕方ないじゃない。選ぶ楽しみもあるわ。」


それに、美味しいものを食べて食事に集中していれば本家を気にせずにいられるかもしれない。

 おすすめのメニューに使われている食材の味を想像し、今の自分が食べたいものを絞っていく。ようやく決まった頃に、扉が開いた。

 私達は同時に立ち上がり、現れた人物に一礼する。


「お疲れ様です。」

「お疲れ様です、本家。」

「ああ、お前達もご苦労。いつも通りで構わない、座ってくれ。」


許可がおり、私達は遠慮なく座る。彼も席につき、お婆さんから水とおしぼりを受け取りメニュー表を広げた。

 その間、前世を思い出してから初めて会う本家を改めて見る。


 西園寺 シズマ。

 整いすぎた目鼻立ちが冷え冷えとした印象を与えるほどの美貌。そして私と同じうねる群青の髪に満月みたいな金色の目。今まで何故気付かなかったと後悔するほど似通った部分が多い。

 本家の現当主であり、私達の仕事場の署長でもある。公私共々彼は絶対の存在である。口数が少なく、表情が乏しいため冷静沈着と思われている。私のアプローチに気付かないくらい鈍感な面もある。


「お前達は決まったか?」

「俺は決まってるぞ、サラは?」

「決まったわ。」


みんなの注文を書き留め、お婆さんは静々と立ち去った。

 待っている間に他愛のない話をしているはずが近況報告に変わっているということはよくある。しかし今日は用があって呼び出されたためケイスケが単刀直入に切り出した。


「んで、なんでわざわざ呼び出したんだ?ただ俺達の顔が見たかったわけじゃないだろ?」


問われたシズマは逡巡黙り込み、言葉を紡いだ。


「最近、【能力至上主義】の一派がこの国に来ているらしい。」

「はあ。だがそんなの珍しくもないだろ?」

「そうだな。それが【オーディン】の”顔のない集団”でなければな。」


その二つの単語に私もケイスケも唾を飲まずにはいられなかった。


 能力至上主義は言葉のまま、能力や能力者を至高の存在とする思想の持ち主だ。それだけであれば思想は自由、と流すことはできるが【オーディン】であれば話は違う。

 北欧神、しかもその中でも王と呼ばれるオーディンの名で活動するこの集団は過激派だ。その活動員の多くは能力者で、武力行使での政府へ反抗するものだから犠牲者は多い。主な活動地域はヨーロッパ全域だと聞いている。

 しかし顔のない集団とはなんのことかわからない。


「顔のない集団、なんて聞いたことないのだけど。」

「ああ、これは捜査してる奴が名付けたんだ。おそらく仲間に記憶を改竄する能力、もしくは認識を阻害する能力者がいるのか、誰もその実行犯の顔を覚えていない。だから顔のない集団。」

「監視カメラは?」

「無力化されてるそうだ。やり方はともかく手際はいいんだろうな。」


会計課のせいか、そんな情報は知らなかった。

 しかし、そのオーディンに所属する記憶操作の能力者ならば知識としてある。間違いなく攻略対象の一人だ。


「続けるぞ」


その一言に背筋を伸ばす。


「どうやってこの国に入り込めたかは知らないが、おおよその検討はつく。」

「能力者の勧誘だろ?最近、行方がわからない異邦人や能力者が目立つからな。」

「おそらくな。」


どうやらケイスケの心当たりはこのことだったのだろう。

 日本では能力者や異邦人は携帯端末にGPSの他に特殊な装置が必ずつけられている。特殊装置と言っても能力を使ったか感知する程度だ。プライバシーの有無は未だに問題ではあるものの、こうして監視してますよというスタンスをとることで少しでも一般人に安心を与えたい国の政策だから仕方ない。


「中には武南たけなみの分家でも消息を経った者がいるようだ。お前達も身辺には警戒して欲しい。」

「はい。」

「あいよ。」


主家四家の一つ、武南。本家、分家共に彼等は強さを求める。その向上心はいっそ狂気とも思えるくらい殺伐としている。仲間意識は低く、常に下克上を狙っている。武南の当主は強さで決まる。確かつい数年前に分家から才能ある養子を数人取っている。そこに攻略対象も混じっている。


「それからもう一つ。まだ先の話だが今年のゴールデンウィークに国の慰霊祭とは別日に本家で十三回忌を執り行う。詳しい日時は後日伝える。俺からは以上だ。」


シン……と空気が重くなる。


「………そうか。もうそんな経つか。」


きっとここにいる誰もが12年前の大災害を思い出していることだろう。

 世界各地で多くの犠牲者を出し、家族を奪った大事件。

 様々な記憶を思い出していると、ドアが開いた。お婆さんがキッチンカートを押して部屋にはいってくる。


「食事をお待ちしました。」


いい匂いが部屋を満たしていく。空気が緩む気配を感じてそのまま食事が配られるまで待つ。

 シズマが注文したのはスズキのポワレと牛のタルタル。

 ケイスケが頼んだのはビーフブルギニュオンとエスカルゴ、ノンアルコールビール。

 私は仔羊のロティ。食後には林檎のタルトタタンが待っている。

 パン、もしくはライスとスープが行き渡り、お婆さんが退出したのを確認する。手を合わせ、いただきますと呟いて食事を始める。

 肉を焼いた匂いというのは空腹を思い出させる。この仔羊の肉もそうだ。柔らかくローストしてある仔羊をナイフで切り分けフォークで口に運ぶ。


「あー、うまい!」


私の心を代弁するかのようにケイスケから声が上がる。私は頷くだけにして仔羊を味わう。

 独特の臭みに嫌う人もいるが、この店の羊肉はそんなこともなく日本人でも食べやすい。香草をうまく使っているのかもしれない。付け合わせの付いている白と緑のアスパラで口直しをしながら黙々と食べ進める。

 その間もケイスケは何か言っているが私もシズマも相槌を打ちながら食事をしていく。

 私の皿に骨だけ転がった頃にお婆さんがタルトタタンを持ってきてくれた。常連だからどれくらいで食べ終わるか把握しているようでプロ意識を感じてしまう。

 一口味わえば心の中でシェフに感謝する。ほろ苦い、けど甘い林檎と塩気のあるタルトが口の中で混ざり合い美味しさを高めあっていく。美味しい。やはりここのお店は素晴らしい。フロルとミーニャにお土産でケーキ買って行こうかしら。どうせ車で送ってもらえるから帰る時間もすぐだし、崩れる心配もない。

 私がケーキを食べ終えるのを待っていたのか、シズマが私に問いかけてきた。


「サラ、お前は誰か気になる男性はいないのか?」


突然の問いに、私だけでなくケイスケも固まる。


「仕事ばかりで時間がないならばこちらで見繕うこともできる。そろそろ身を固めないか?」


うえ、とケイスケが引いた声が耳に届く。

 わかっている。この方はそういう男だ。

 私のアプローチにずっと気づかず、変な気遣いだけはしてくる。どうせ、どうせ私のことは妹だとわかっているからそんな態度になるのだ。こちとら血が繋がりがあることなんて知らずにずっと慕ってきたのに!その相手から将来の伴侶を紹介されるなんて!

 惨めな気持ちと怒りをぐっと堪え、腹に溜まった暗い息を吐く。


「その前に、確認したいことがあります。」


本当は、自分だけで心の整理をしたかった。しかし、今噴き上がるやり場のない気持ちはこの人に責任を取ってもらいたかった。思わず睨むように、私はシズマに答えの分かっている問いをぶつける。


「私は、私とシズマは兄妹(きょうだい)なのですか?」


今まで無表情だったシズマの目が見開かれた。ケイスケなどはあ?!と言って立ち上がった。


「誰から聞いた。」


その言葉が肯定であることは明白だった。

 ああ、そうか。やっぱりゲームの設定通りだった。心のどこかで、間違いであったらと思っていたが、淡い期待は無慈悲に打ち砕かれた。


「は?!本当なのか?!いや、待てよ!お前の母親、本家の懐妊だったら俺達分家の耳にも入ってるはずだ。だがそんな覚えがない。それどころか城音寺の叔母さんが妊娠してた記憶だってある。戸籍はどうなる……?」


ケイスケは混乱したのか言葉がどんどん尻すぼみとなる。


「それくらいどうとでもなる。……サラ、確かにお前は私の妹だ。断言しよう。」


言葉にされると胸が締め付けられるように苦しく、喉が焼けるように熱い。しかしここで泣いてしまったら困らせるだけだとわかっているから呼吸を乱さないよう、次の言葉を待つ。


「詳しい話は、後にする。当時のことをよく知るものの口から話をさせる。……黙っていてすまなかった。」

「ッ、シズマが謝らないで!貴方が決めたことじゃないなら、謝らないで……。」


シズマの顔を見るのが辛くて顔伏せる。

 シズマが悪いわけではない。悪くない。それでも何故、どうしてと怒りをぶつけたくなった。今までそんなに気にならなかったのに、納得できる説明が欲しくてたまらない。でないと本家も分家も全てを恨みたくなる。


「ケイスケ、サラを送ってやってくれ。俺は先に帰る。」

「あ、ああ。」

「………。」


何か言いたげな気配がしたが、彼はそのまま部屋を去っていった。室内には不貞腐れた私と、そんな私が落ち着くのを待つしかないケイスケだけとなった。


「んで、誰から聞いたんだ?もしくはどうやって知ったんだ。」


黙ってはいられないようで、ケイスケは自ら八つ当たり対象になると決めたようだ。長く息を吐いてから、私は打ち明けることを決めた。


「知ったのは事故よ。一週間前かしら。北見 リラの娘、ツバキちゃんがたまたま力の暴走起こしたのよ。その時、ツバキちゃんの能力で視えたのよ。」

「なるほど。小さい子供だと能力を制御できないからな。そんで知りたくもないのに視ちまったのか。災難だな。」


自分でも不運な事故だと思っている。けど知らなければ不毛な恋で終わっていたとも思う。

 ああ、でも。


「サイアク……。」


どうしてこんな目に合わなければならないかしら。私は悪いことなどしていないのに。

 後から立ち直るものだとしても恨む。言霊を扱う者として、恨み言を口にはしないけど、今だけは世の中を恨む。


「……帰る。」


家に帰って寝たい。思いっきり泣いてしまいたい。

 私が立ち上がれば、ケイスケも席を離れる。


「そうか。明日休みになるようにしてやろうか?」

「結構よ!もう、わかってたことだもの。それよりも早く送ってちょうだい。お持ち帰りのケーキ付きで。」

「あー、はいはい。お前んちの家人分まとめて買ってやるよ。」


あら、言ってみるものね。せっかくだから一人2個計算で買ってしまおうかしら。

 個室を出るとカウンターにいるお婆さんがこちらに気づいた。

 


「お帰りですか?会計は西園寺様が済まされましたよ。」

「ケーキが欲しいんだが。」

「ああ、城音寺様にですね。少々お待ち下さい。」

「え?」


まだケーキも選んでないのに、お婆さんは奥の方に行ってしまった。戻ってきたお婆さんはケーキ箱を持ってやってきた。


「西園寺様から頼まれてましたよ。怒らせてしまったからお詫びに、と。」


どうぞ、と渡されたそのケーキ箱はずっしりとした重さがあった。

 シズマに怒っているわけではないけど、こうして気遣ってもらえると喜んでいる自分がいる。単純と思われるかもしれないけど、彼が自分を気にかけてくれている、それだけで少しだけ気分が上がる。


「良かったな。」


ケイスケも安心した声色で私を見守っている。


「……あとでシズマにお礼言わなくちゃね。」

「そうしてやれ。」


まだ整理できない気持ちもあるけど、彼の誠意としてこのケーキは受け取ろう。

 また食事に来るとお婆さんに別れを告げ、ケイスケの車に乗る。変わる景色を眺めるくらいには私は落ち着いていた。


「ねえ、ケイスケ。」

「なんだ?」

「私が妹だって、ツバキちゃんの能力で視たって言ったじゃない?」

「言ってたな。それがどうした?」

「もう、外れたこともあったけど……これから起きることも視えたって言ったらケイスケもシズマも信じてくれる?」


転生していることはなんとなく伏せて、それ以外のことは吐き出してしまいたかった。

 元々私一人で背負うには重すぎて、誰かを助けるにしても力がない。けど、彼等なら一緒に付き合ってくれるんじゃないかと、なんとなく確信している。


「能力を制御できてないのに視た内容は信用できないな。」


それもそうだ。未来視は沢山の分岐点の中から1番可能性があるものを選ぶ。過去視は自分が想像している過去を映すため可能性があるためそこを見極めなければならない。どちらも繊細で集中力が必要なのだ。子供が、しかも暴走した状態でできたなど、ケイスケでなくとも信用できないだろう。

 前世を伏せているし、これ以上は信用がない。


「そう……。なら忘れてちょうだい。」

「だがお前さんのことは信じてるに決まってるだろ?俺だけでなくシズマも同じだろうよ。」


からかう風もなく、当然とばかりにケイスケは続けて話す。


「内容聞いて、精査して参考くらいに留める。お前さんがシズマの妹だという事実をあてたなら、どれかも当たる可能性あるからな。」

「……うん。」

「あ、今のは北見に言うなよ?信憑性がないのかとクレーム入れられても困る。あそこは能力のプライドに関してはうるさいからな。」

「そういえばそうね。」


リラにも言おうと思っていたが、考え直そう。ツバキちゃんの能力を馬鹿にされたと思われては喧嘩になりそうだ。


「まあ、とりあえず休め。あとそこまでしおらしい態度だと家の奴らが心配するぞ。俺がなんかしたと思われちまう。」

「ケイスケのせいにするのもいいわね。」

「よくねぇよ?!」


家に着く頃には軽口に付き合えるくらいになっていた。ケイスケにも感謝しよう、心の中で。


「んじゃ、またな。」

「ええ、送ってくれてありがとう。次は別なケーキ奢ってもらうわ。」

「へいへい、結局奢らなきゃならないわけか。したたかだな。」


彼は車の窓から手を振り、夜の道を愛車で走らせていった。


「ただいま。」

「おかえりなさいませ、ニャ。」


玄関で待っていたのかミーニャが立っていた。ふんふん、と鼻をひくつかせケーキの箱を見つめている。


「苺タルトの匂いがします、ニャ。」

「そうなの?中身は見てないのよ。みんなで食べましょ。」

「ケイスケ様からですか、ニャ?」

「いいえ、シズマからよ。」

「ええええ!!し、シズマ様から!?ニャ?!」


顔を赤らめながら驚くミーニャの声量に私まで驚いてしまう。それどころか別の部屋にいたフロルにまで届いたのか玄関に彼まで現れた。


「おかえりー。西園寺さんがどうしたの?」

「シズマ様がサラ様にケーキを贈られたのです、ニャ!!」

「ええっ?!何々?!とうとうサラ姉さんのアプローチ成功?」


喜色ばむ二人を眺めていると私の中で冷えていくのがわかる。私が喜んでいないことに気づいたフロルが私を窺う。


「違った?」

「ええ。だって、私、シズマの妹だったのよ。」


その言葉にミーニャもフロルも時が止まったように固まってしまった。私はミーニャにケーキ箱を渡して靴をぬいだ。


「もう寝るわ。私の分のケーキは残しておいてね。明日の朝食べるから。おやすみ。」


何か言葉をかけられる前に私はさっさと部屋に逃げた。

 メイクをクレンジングシートで落とし、服は脱ぎ散らかしてさっさと布団に潜る。明日の朝シャワーを浴びようと決め込み目を閉じる。

 自然と小さい頃の思い出が蘇る。


 よく本家に行く親について行き、シズマと遊んだ。言葉や漢字を覚えるためにと、カルタをよくやった。シズマに負けては拗ねた記憶がある。その度におやつをくれて、私の機嫌をなおしていたっけ。


 シズマと一緒にケイスケにいたずらをした時もあった。確かケイスケが帰りそうになったら靴を隠したっけ。その時は両親に怒られたな。


 幼い頃のシズマはよく静かだけどよく笑っていた。いつの頃からか表情が乏しくなっていたが、相変わらず優しくしてくれた。

 成長するにつれ見た目の良さが目立って行き、周りが彼に見惚れると苛々した。これが嫉妬であり、恋であると自覚するのに時間はかからなかった。


 それからは自分磨きを始めた。

 ただの幼なじみから脱却するためメイクを始めた。

 話すきっかけを作るために髪型を変えたりしてみた。

 本家に嫁げるように能力の制御、向上訓練に励んだ。

 幼なじみでずるいとか、生意気とか言われてもへこたれないよう、気が強いように装うことができた。

 一緒にいたくて同じ職場を選んだ。

 話をしたくて食事に誘ったりした。


 それももう終わり。

 恋に燃えていた過去の私。努力を無駄にはしないけど、想っていた彼と結ばれることはなくなりました。

 さよなら、私の恋心。さよなら、大好きだったシズマ。

 明日からは城音寺家当主として、妹として、貴方と歩んでいきます。


 勝手に目から涙が溢れる。止まることのない滴は頬を伝い、枕を濡らし、悲しみの跡を広げていった。


 
















 















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