先輩は異世界人と交流する
いつもと同じように出勤し、自分のデスクに向かう。昨日が休みだったこともあり、自身の連絡帳ノートにいくつかメモ書きされていた。一通り読み終え、一つだけ対応しなければいけない用件があるのを確認してからノートを閉じた。
これからに備えて動こうと思っていたけど仕方ない。仕事は仕事。まずは用件を書いた人物の元へ行くことにした。部署が違うため距離が遠いが、その間は考え事ができる。
昨日のうちにある程度は攻略対象とシナリオをノートにまとめた。とはいっても、スマホ対応の乙女ゲームだったため、攻略対象が多い。最初からいた攻略対象に加え、年に4〜5人攻略対象が増える。そのため攻略が追いつかず知らないものもあった。更に季節によってイベントもありどれが正規のシナリオだったかも曖昧だ。前世の自分は記憶力がよろしくなかったようだが、そこは過ぎた事だ。
「お、サラ。ちょうどお前さんを呼びに行こうと思ってたんだ。」
前から現れたのは無精髭を生やしたおっさん、そして従兄弟であり私と同じ分家の一人。
「円城寺課長、おはようございます」
「昔みたいにケイスケ兄さんって呼んでもいいぞ?」
冗談混じりに笑う彼も攻略対象だ。34才の独身でやる気のない顔と猫背のさいかやや老けて見える。身嗜みを整えれば劇的に変わるのだけど、幼馴染である自分しか知らないのが残念だ。
「おっさんで十分でしょ。それより新しい異世界人を保護したって書いてあったけど?」
「そうそう。んで、いつも通り話が通じないからお前さんの能力に頼ろうと思ってな。もう聴取室に連れて行ってあるから頼むわ。」
私が遅く出勤したらどうするつもりだったのか、という言葉は飲み込んだ。この男のことだ、待たせるに決まっている。
「わかったわ。終わったら調書ごと引き取りに来てもらうから。あと、タバコ臭いわよ。」
「おっさんだって疲れたらタバコくらい吸いたいもん」
「おっさんが語尾にもんとか付けないでよ気持ち悪い!」
気持ち悪いだなんて!と泣くふりを始める従兄弟を無視して聴取室に向かう。何故こんなおっさんが従兄弟なんだろう。
嘆息しながら聴取室に入るとそこには見知った顔がいた。向こうは大人しく私を見つめている。内心驚きつつも対面席に座り〝能力〝を使う。
「翻訳」
一言で事足りる、言霊の力。それが私の能力。
「私の言葉がわかるかしら?」
どうやら伝わったらしく、彼の顔が驚愕に染まる。
「え、……なんで?」
「そういう能力なの。で、貴方の名前は?」
「俺?俺はオルフィス。ようやく言葉がわかる人がいて助かった。」
オルフィス、勿論知っているわ。調書に彼の名前を記入しながら記憶を引っ張り出す。
彼は【越境恋奇譚】の攻略対象だ。乙女ゲームというだけあって美形だし、亜麻色の髪と空色の瞳に惹かれて攻略する人も多かったようだ。
「オルフィス、ね。私は城音寺 サラ。サラが名前よ。今から貴方にいくつか説明と質問をするから答えてくれるかしら?」
「サラ、か。わかった、よろしく。」
楽観的なようで、この状況になんの質問もなく気の抜けた笑みを浮かべている。
「ここは地球という惑星で日本という国よ。」
「チキュウ?ニホン?うーん、聞いたことないな。」
「そう。なら貴方はどこから来たの?惑星名とかあるかしら?」
「ワクセイ?はよくわからない。出身はイルステリア聖王国のガルラ村。辺境だから魔物多いな。ここら辺は変な建物ばっかりだけど、魔物はいなくて羨ましいかぎりだ。」
さすがファンタジーな世界線から来ただけある。目をつけるところが魔物がいるかいないかとは。まあ、彼の経歴を考えれば納得はできる。
「で、前の職業は?」
「……信じられないかもしれないが、風の勇者をやってた。」
「風の勇者ね。戦闘には慣れてるのね?」
「えっ、信じてくれるのか?」
なによ、いきなり身を乗り出して。
「じゃあ、今のは嘘なのかしら?」
「嘘じゃない!いや、その、旅をしてるとなかなか勇者だって信じてもらえなくてな。勇者に見えないって。」
困ったように笑うオルフィスに同情する。確か今まで戦いと無縁そうに屈託無く笑う彼から勇者の威厳も覇気も感じられない。カフェの店員だと言われた方がしっくりくるだろう。
見た目の印象で決められてしまうことは私もある。
高めの身長、やや吊り上がった目は相手を威圧していると思われる。凹凸のはっきりした肢体は男性を誘っているのだと影で言われたこともある。威圧してるわけでも、異性との火遊びなどしていないのに。
最初は頭にきたが、今は違う。
「それを逆手に取れば良いのよ。」
「逆手に?」
「勇者と思われてないからこそ出来たこと、あったでしょ?」
勇者がどんな扱われ方をされていたかは知らないけど、少なくとも好意的には捉えられたはず。
「……他の勇者と違って人だかりができないから街中では自由だった。だから色んな情報を聞けた。」
ポツリと一言漏れれば、更に言葉は溢れる。
「自然体で町の人と付き合えたし、面倒なお偉いさんの付き合いもしなくて済んだ。勇者だって、肩肘張らなくて済んだ。」
「なら良かったんじゃないの?悪いことだけじゃなくて。」
陰口を叩くような奴らも威圧されてると外見で判断する者も、私には関わらない。上辺の付き合いが苦手は私には非常に都合が良かった。だからこの見た目でよかったと思える。
「うん……。 うん。 そうだな。 信じられないのは少し悲しいけど、俺には性に合ってたんだな。」
一人で納得したオルフィスの顔は清々しい。
片付いたなら聴取を続けよう。
「で、戦えるのよね?」
「ああ。主に剣を振るったり、風を操れる。 だから風の勇者とか言われてるんだ。」
「安直ね。あとでどれくらい風を操れるか別な担当者が確かめると思うからそのつもりで。 年齢は?」
「22才。」
「生年月日は?」
「花の第1月中頃。」
「は、花の?」
ちょっと待って。どういう暦してんのよ。そんな設定、攻略本にもなかったはずよ?!
「花の第1月中頃。あ、中頃って正確な日付わかんないんだよ。貴族と違って俺みたいな村人はちゃんとした暦知らないから。神官様ならわかるかもしれないけど。」
「そうじゃなくて。えっと、こっちの世界のカレンダー……暦が記された紙が壁にあるから一緒に見ましょう。」
椅子から立ち上がりオルフィスにカレンダーを見せる。ペラペラとめくる彼の顔はどんどん困惑に変わった。
「えっと、月が12まであって、大体30日ずつあるのか。これで1年なんて短いな。」
「短い?そっちの世界の暦を最初から言ってちょうだい。」
「花の第1月、花の第2月、花の第3月、花の第4月。風の第1月、風の第2月、風の第3月。実の第1月、実の第2月、実の第3月。実の第4月。雪の第1月、雪の第2月、雪の第3月。一月は大体40くらいだったかな。」
「40日?!」
月が14あって、40あるってことは、少なくとも1年に500日あるの?!長いわよ!え、つまりオルフィスは22才だけど、日にち換算したら私より年上ってこと?!
色んな異世界の聴取取ってきたけど、これだけ1年が長いところは初めてだわ。まさか、1日の時間まで違うのかしら?どこまでこの世界と差があるのか恐ろしい。
「サラ?顔が引きつってる。」
「ちょっと驚いただけよ。続けるわ。」
この調書、何枚になってしまうのかしら。