先輩の静かな決意
目が覚めると、見慣れない部屋にいた。
「・・・ここは?」
「ああ、起きられましたか、サラさん!今、お嬢様を呼んでまいりますね!」
親友に仕える女中が慌てて部屋を出て行った。どうやら親友の屋敷のいずれかの部屋のようだ。
夢だったら良かったがそんなオチはない。まるでついさっきまでゲームをやっていたのような気さえするほど、脳内に焼き付いている。転生したのか、ゲームの中にはいったのか、それはわからない。
考えていると廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「サラ!目が覚めて良かった!」
現れたのは親友であるリラ。余程心配したのか薄っすら涙を溜めており、庇護欲をそそられる。
「トイレから戻ったらサラは倒れてるし、娘は大泣きしてるし、驚いたんだから……」
「あっ!ツバキちゃん落としたかしら?!大丈夫?!」
今更だが抱いたまま倒れたのだから赤ちゃんであるツバキちゃんが怪我をしてしまったかもしれない!
「サラが抱えたまま後ろに倒れたからツバキは怪我はなかったよ。でも、サラは医者に診てもらってもただ寝てるだけって言われてしまったのだけど・・・」
どこか探るような視線に私はリラが懸念していることを正直に話すことにした。
「ツバキちゃん・・・もう能力が使えるみたい」
「っ、やっぱり、そうだったんだね」
薄々気付いていたらしい。そもそもこの世界では能力は遺伝する。北見家は主に未来視の能力者を数多く輩出してきた。リラに至っては過去視、未来視の二つの能力を持つ稀有な存在だ。恐らくツバキちゃんは過去視を受け継いだのだろう。それともどちらもかはわからない。しかも本人だけでなく他人にまで過去の記憶を共有するのはかなりの力だ。ツバキちゃんは将来有望だ。
「多分ツバキちゃんは過去視かしら。私も見たけど、たくさん見たから頭が混乱しちゃったわ。だから倒れたことは気にしないで」
「でも、あんなに悲しそうに叫ぶなんて・・・。嫌な過去をみせたのでしょう?ごめんなさい」
嫌な過去、と言われ思わず固まる。
妹だと断言されたことを思い出すだけで、胸が苦しい。しかし事情を知らないリラにそこまで説明するつもりは今はない。まだ、あれが真実かわからないのだから。
「大丈夫よ。誰でもトラウマなんてあるし、ツバキちゃんだって悪意があってやったのではないんだから。ね?もう、本当に気しないでよ」
むしろ早く知れて良かった部分もある。私自身が真偽を確かめ、気持ちの整理をすることができるのだから。
「でも、念のため今日はもう帰るわ。明日仕事なのに精神病んでたら城音寺家の名折れよ。 」
「……なら、せめて家の者に車で送らせる。サラが何言っても送らせるから。 」
責任を感じているのか絶対引かなそうだ。タクシーや電車で、帰るのも面倒に感じていたのは確かだし、有り難く甘えさせてもらおう。
リラはすぐに手配してくれて、しかも手土産までくれた。責任感が強く義理堅い彼女らしいと笑ってしまった。
北見家の所有する車に揺られ、外の景色を眺めながら思い出す。
この世界の元となった乙女ゲームの題名は【越境恋奇譚】。世界設定としては近未来では次元の穴が綻び、異邦人や文化が入り混じり最初は争いが絶えなかった。だが100年が経ち、世界情勢は落ち着いた。だが虎視眈々と政府転覆を狙う異邦人や、異邦人を売買する者が現れ新たな機関が設立された。それが乙女ゲームの舞台となる。
ヒロインは高校卒業の日に異邦人の事件に巻き込まれるが、その時発現した能力の珍しさと有用性により半強制的に機関への所属が決まったのだ。
私の――城音寺 サラの立ち位置は先輩兼恋敵。友情ルートもあるが、ヒロインの攻略相手によっては恋の障害にもなる。まあ、失恋したようなものだから邪魔するつもりはないけど。
さて、このゲームは恋愛ゲームであるが同時にバトルも楽しめるシステムになっていた。たまに出るボスが難しく、レベル上げをしたりコンテニューのアイテムを使った程だ。
「……ん?」
待って。コンテニュー?ゲームではコンテニューできるけどここは現実。死人は蘇らない。つまり。
「どうしました?顔が青いですよ。」
「いえ! なんでもないわ。」
なんでもないわけではない!
下手すればヒロインの恋愛で機関の人々が犠牲になる可能性が大きい!強制敗北イベントもあったのだから重症は免れない!心が痛む!
まずい、まずいわ。そんなことなったら人手不足、機関の信頼失墜……ああ、被害者や被害場所の保障で機関の予算はすぐ空に!恐ろしい!
怯えている暇はない。頭を切り替えないと。
乙女ゲームと同じ流れになるかはまだわからないけど、被害を最小限にしないと!
ゲームが始まるのは3月1日。今日は2月27日の午後だから、2日くらいの時間がある。今日明日でゲーム内容をまとめ、どのルートをヒロインが選ぶかはわからないけど対処方法を考えないと!
――そのためにも協力者を作らないと、ね。