第二話:二度目の出会い
「さて、これからどうすればいいんだろう?」酒場を出て、ひとりごちた。外はまだ昼を半ばまで過ぎたばかりであり、人々の往来は激しく、この中に探し求める犯人がいたとしてもそいつを特定することは不可能だった。
「襲われているのは夜だから、やっぱり夜になるまで待たなきゃだめね。それまで、いなくなった人のことを知っている人を探しましょうよ。」クリスが提案した。僕はうなずいた。夜まで今出てきた酒場で過ごすのは気が引けるし、露店の商品を見て回っても、それを買う金銭的な余裕は僕らにはない。クリスは全財産を持ってきたといっていたが、どれだけ長くなるかもわからない旅で、無駄遣いをするわけにはいかないからだ。
さっそく街の人に聞いてみることにした。だが、噂を知っている人はたくさんいたが、いなくなった人を知っている人はほとんどいないうえ、知っていたとしても名前しか知らないような関係の人がほとんどだった。しかし、無理もないことなのかもしれない。この町は、その規模にしては驚くほど人々が多くゆきかう。住んでいる者、通りかかっただけの者、ここを拠点に行動している者などその内訳は様々だ。誰かがいなくなったからといって、その人個人に関心を寄せるものは少ない。
ようやく行方不明者の知り合いを知っている人に出会った時には、日が暮れかけ、西の空が朱に染まっていた。
「夜中にいなくなったやつ?ああ、それならボラんとこの爺さんじゃなかったか?ほら、この道を少し行ったところだよ。」と、露天商のおじさんは本道から離れたところを指差した。僕らはまたため息をついた。
僕らがボラという人の家にたどり着く間に、夕日は完全に沈んでいた。露店はすべてたたまれ、本道の喧騒がやんだ代わりに、酒場や宿がにぎやかになり始めた。ドアをノックすると、中から赤らんだ顔の大柄な男が出てきた。
「なんでえ、お前たちは。」男は眉をひそめて僕らをにらんだ。
「馬車馬亭の店主に頼まれて、行方不明の原因を調べています。あなたのお父さんがいなくなられたとお聞きしたのですが……。」クリスはすらすらと答えた。ここはクリスに任したほうがいいと考え、僕はうなずいて見せるだけにした。男は馬車馬亭の名前と、かわいらしい女の子がいるのに機嫌を良くした。
「そうかい、ナリサの野郎がねえ。それなら、信用してやってもいいな。ほら、立ち話も何だ、入れよ。」男は扉からのいて僕らを家に招き入れた。外は少し肌寒かったので、招かれたことに感謝しながら家にお邪魔した。
ちょうど夕食の最中だったらしく、かっぷくのいい奥さんと小さな男の子が一人、低い小さなテーブルについて食事を取っていた。
「あら、お客さん?」奥さんが赤ら顔の亭主に尋ねた。
「馬車馬亭のやつだとよ。おやじのことで訊きたいことがあるらしい。おれはおやじがいなくなったときいなかったから女房に聞いてくれ。」亭主は妻の質問に答え、僕たちに質問するよう促した。
「行方不明の原因を調べているんですが、何か心当たりはありませんか?」クリスが尋ねた。
「さぁ、お父さんは夜に散歩するのが趣味ですから。あの日もいつものように出て行って、それっきりなんですよ。」
「時間はいつごろですか?」
「夕飯の少しあとぐらいかしら。そうだ、この子なら、お父さんがどの道を通って散歩していたか知ってるはずよ。時々この子を連れて歩いていたから。」男の子は自分が話に出てきたことに気づいていなかった。クリスは子供の目線までかがんだ。
「ねぇ、おじいさんがどこをお散歩していたか教えてくれる?」子供はうんとうなずいた。
「少しこの子に手伝ってもらってもいいですか?」クリスは母親と父親に尋ねた。
「構わんよ。おれもこいつも親父が帰ってこなくて心配してるんだ。たまにしばらく帰ってこないこともあったんだが、今回はさすがに長すぎるし、何か嫌な予感がするからな。遠慮なく使ってくれ。」まだ食事中だったので、男の子が食べ終えるのを待ってから出発することにした。奥さんは僕らを食事に誘ってくれ、スープとパンをごちそうになった。
「こっちだよ。」男の子は家を出ると、クリスの手を引いて町の入り組んだ道を通って行った。迷路のような街の中を、男の子は迷いなく歩いて行く。途中分かれ道に来ると、こっちは本道に出るとか、ここは酒場への近道だとか教えてくれる。
「すごいな。どのみちがどこにでるかぜんぶわかるのかい?」僕は少年の記憶力に感心していった。
「あたりまえだよ。この町に住んでる人ならどのいえにだれが住んでるかも知ってるよ。」少年はこともなげに言ったが、その声は若干誇らしげだった。
「おじいちゃんはいつもここに座ってたよ。」男の子は傍らの井戸に手をあてた。
「これは?」
「これはこの町ができる前からあった井戸だよ。でも、古くなって中がふさがっちゃって、今は使われてないんだ。」男の子は答えた。確かにつるべ落としが壊れていた。中をのぞいてみたが、暗くて底は見えず、崩れたがれきがあるかどうかは分からなかった。
「それにしても・・・・・・、夜になるとすごい静かだね。昼の姿が嘘みたいだ。」僕は通りを見渡していった。ここはちょうど町の中心にあたり、ここからすべての本道が見渡せたが、人影はほとんど見当たらなかった。
「そうね。怖いくらい静かだわ。」クリスがいった。
「露天商の人はこの町に住んでない人も多いし、昼と比べたら夜は驚くほど人がいなくなるんだ。」と男の子。しばらくあたりを調べてみたが、争った形跡やおじいさんの持ち物などは見つからなかったので、その場を後にした。
三時間ほどまわって、男の子の家に戻った。ぼくらはボラさんにおじいさんの行きつけの店などを聞き、一応あたってみることにした。僕らが別れを告げようとすると、男の子が心配そうに言った。
「おじいちゃん、見つけてくれる?」僕は笑顔を作った。
「うん、きっと見つけてみせるよ。安心しな。」男の子は元気良くうなずき、僕らに手を振った。
「お店には何日も顔を出してなかったみたいね。」クリスは教えられた酒場を出ると僕にいった。仕方なく、先ほど男の子が教えてくれた道をもう一度たどることにした。
「ねえ、見つかると思う?」クリスが道すがら尋ねる。
「みつけなきゃ。約束したんだから、あの子と。」僕は答えるというより、自分に言い聞かせるように言った。クリスはそんな僕の顔をじっと見ている。僕は居心地悪くなっていった。
「な、なんだい?」
「いや。そういう顔もするんだな〜って。」
「そういう顔?」そんなに変な顔をしていたかな、と首をかしげる。
「うん。なんていうのかな、びしっとした感じ。いつも頼りなさそうな顔してるのに、急にそんな顔するからびっくりしちゃった。」
「そんなにぼくって情けない顔してるのかい?」僕は少し落ち込んでいった。クリスはうんといって、僕をさらに落ち込ませた。
「冗談よ。それだけ意外だってこと。でも、イェリシェンらしいかもね、そういうとこ。」とクリスは言った。
「僕らしい?なにが?」
「それはね・・・・・・」その時、小さな悲鳴が聞こえた。僕は走り出した。クリスもあわてて追いかける。悲鳴は井戸のほうから聞こえてきていた。
たどり着くと、そこには誰もいなかった。僕は息を切れ切れにしていった。
「おかしいな、確かに聞こえたのに。」急に走って疲れたので井戸に腰かけた。と同時に跳ね起きた。
「つめた!なんで濡れてるんだ?」僕はズボンの尻の部分に手を当て、井戸に目を向けた。井戸のあたりはまるで水をまいたかのように水浸しだった。よく見ると、井戸には先ほど気づかなかったが、こすったような跡があった。更に目を凝らしてよく見用とすると、井戸の底で何かが動いた。僕はとっさに飛び退くと、間一髪井戸から飛び出してきたものをかわした。
「なんだ!?」僕は思わず声を上げた。
井戸から出てきたのは、触手だった。人の腕ほどの太さのタコのように赤い触手。タコと違うのは、吸盤のあるべきところにのこぎりのように返しがびっしりと並んでいること。驚きをもって井戸を見ていると、触手がいくつも這い出してきてこっちに向かってきた。僕は剣を引き抜き、足に絡みかかって来た触手をあわてて切った。
「何これ!?」クリスが半ば混乱して叫んだ。
「僕にも分らない!でも、こいつがきっと人さらいの犯人だ!」僕は最初の衝撃から立ち直ると、他の触手を切りにかかった。今まで酔っ払いを相手にしていたからなのか、触手はかわせないほどの速度では襲ってこなかった。というより、とらえる対象を探しているようで、見当違いのところを這っていた。しかし、触手は切っても切っても次から次へと井戸から触手が伸びてきた。
「くそ、一体何本あるんだ!?」僕は剣を振り回した。クリスは弓ではなくナイフで触手を相手にしていた。
突然、触手は攻撃をやめ、井戸のほうへと引っ込み始めた。
「終わったの?」クリスは問いかけるというより、むしろ願望に近い言葉を口に出した。だが、ぼくの直感はそれを否定していた。残念ながら、僕の直観は正しかった。
触手は井戸の中へは入らず、淵の近くで止まり地面に返しを引っかけた。触手は地面を少しひっかきながら何かを引っぱり出しているように見えた。僕らは何が出てくるのかを待ち構えた。
口。出てきたのはとても大きな口だった。絵に描いたようなぎざぎざの歯をもった口が、井戸の中から現れた。口の中には、先が大きな眼になっている舌。胴体は口と同じ胴回りの蛇の体で、尾は井戸から出ていなかった。
「化け物・・・・・・・。」クリスは恐怖に身をすくませていた。僕も驚いていたが、なぜか化け物の姿よりも、そいつがここにいることに驚いていた。
「ギェビェリーだ」僕は知らず知らずそいつの名を口にしていた。クリスは僕がなぜ名前を知っているかは聞かなかった。おそらく、そんな余裕はなかったのだろう。
ギュベリーはその巨大な口から舌を突き出した。それが左右を向いて、僕と目が合う。すると先程とは打って変わり、獣が飛びかかるように触手が飛んできた。あわててやみくもに剣を振り回すも、次々っと繰り出される繰り出される触手をすべて打ち払えることはできず、いくつかが僕の体を打ちつけた。
触手の返しは服を突き破って中の体をひっかいた。さほど返しが長くないので傷は深くなかったが、やがて服はぼろ布のようになり、裂けた服からのぞく肌には血が滴った。
「イェリシェン!」クリスは僕を助けに触手を切りながら近づいてこようとしたが、僕は身ぶりで近寄らないように指示した。クリスまで巻き添えをくらわすわけにはいかない。クリスはそれでも近づこうとしたが、僕は叫んだ。
「だめだ、こっちへくるな!」クリスはかなり驚いたようで、近寄ろうとするのはやめてくれた。僕はほっとしたが、自分がピンチなのは違いがない。剣を振り回す腕はしびれてきたし、痛みが意識をもうろうとさせる。その時、クリスが弓を構えるのを目の端でとらえた。
クリスは弦を目一杯引き、矢を放った。矢は空を切って飛び、ギュベリーの舌、巨大な目に刺さった。ギュベリーは鐘のような叫び声をあげて攻撃の手を緩め、一瞬井戸へと落ちるかに見えた。
だが、井戸には落ちず、先ほどよりも激しく触手を振り回し始めた。目が見えていないので正確な攻撃ではなかったが、数が多い上、その激しさは異常だった。僕はあわてて身を伏せたが、クリスは突然の敵の反撃に反応できず、一本の触手に絡まれてしまった。すると、いくつもの触手がクリスに絡みつき、締めあげた。クリスは苦痛に悲鳴を上げた。
「クリス!!」僕は触手が体をたたくのも構わず立ち上がった。からみつく触手を切りながらクリスのもとへと駆け寄る。だが、触手はずるずるとクリスを引き寄せ始めた。その先には巨大な口が大きく開かれ、獲物を待ち構えている。
僕はただクリスを助けたいという考えだけが頭を絞め、大きく振りかぶって剣を投げた。剣は唸りを上げて飛んで行き、大きな口の中へと入り、舌を切り裂いた。
ギュベリーは再び悲鳴を上げた。また井戸へと落ちそうになって触手が緩み、クリスを地面へと落とす。クリスは気絶こそしていないものの、締めつけられた痛みで身動きが取れない。幸い、返しは服を引っかけただけで、どこもけがを負ってはいなかった。
「クリス、大丈夫か!?」僕はクリスを抱き起した。
「ええ、なんとか。助かったわ、危うく…危ない!」クリスは警告の声を発したが、僕は反応できなかった。触手は今度は僕に絡みつき、僕を持ち上げた。僕の体は宙に上がり、やがて井戸の真上にきた。
「イェリシェン!」クリスは叫び、落ちた弓を拾おうとした。だが、ギュベリーは僕を離した。僕は落ちながら口が迫ってくるのを見た。
「イェリシェン!」私は叫んだ。ダメ、このままではイェリシェンが死んでしまう!しかし、私にはイェリシェンが化け物の口へと落ちていくのを見ているしかなかった。
その時、イェリシェンは文字通り胸に手を突っ込んだ。胸から引き出された手には、山賊の首領をやった時と同じ黒い何かが握られてあった。イェリシェンは落ちながら体勢を整え、口の中へ投げ込んだ。化け物の体に震えが走り、イェリシェンはそのまま口の中へ入っていった。
化け物は震え続けたかと思うと、ずるずると井戸の中へ落ち始めた。胴体が消え、口が井戸に入ろうとしたその時、イェリシェンが口から悠々と出てきた。その手にはヤコブ爺の剣と黒い剣が握られていた。イェリシェンは口から出ると、化け物に向きなおった。
「なぜ貴様がここにいるかは知らんが、俺を食らおうとした罰だ、死ね。」イェリシェンは黒い剣を化け物に突き刺した。化け物は断末魔の叫び声をあげた。
「いい、すごくいい!もっとだ、もっとその声を聴かせろ!」イェリシェンは快楽に酔った声を出し、剣をねじった。化け物はさらに大きな声を上げた。剣の一突きなど蚊に刺される程度だと思われた化け物だが、イェリシェンの剣を突き刺されてから目に見えて弱り始めていた。イェリシェンがさらに深く突き刺すと、化け物の震えは止まり、体を支えていた触手がだらりとした。その瞬間、化け物は井戸の中へと落ちていった。
私はゆっくりとイェリシェンに近寄った。顔は陰になってみえないが、どんな顔をしているのかはわかった。イェリシェンはゆっくりと振り返った。その顔は予想通り笑顔だった。それしいつもの朗らかな笑みではなく、人を恐怖させる狂気じみた笑顔だ。
「あなた、誰?」私は尋ねた。イェリシェン、いや、イェリシェンの顔をした男は心底おかしそうに笑った。
「誰?誰って、見ての通りイェリシェンだよ、クリス。」からかうような声。違う、イェリシェンは人をあざ笑ったりしない。
「とぼけるのはよして!私にはわかるんだから!」私はかっとなって叫んだ。男はふむっというと、態度を改め、急に口調を変えた。
「なるほど、貴様に嘘は通じないか。なかなかに賢しいな、女。確かに俺はお前の知っているイェリシェンという男ではない」
「じゃあなたはだれだって・・・・・・」男は遮って言った。
「だが、同時にイェリシェンでもある。この意味、貴様にわかるまい。」
「どういう意味よ!」私はいきり立って叫んだ。この男はひらひらと質問をかわそうとしていると思った。
「そのままの意味だ。それより、これ以上過去を詮索するな。おれだけじゃなく、こいつも破滅することになる。」男はぎっと私を睨みつけた。その視線は鋼が突き刺さるように鋭く、あまりにも強い殺意にくらくらしたが、私は反論した。
「嫌よ、あなたの言うことなんか聞かない。それより、イェリシェンの過去ってなんなの、知ってるんでしょ。」男は私を睨みつけたまま言った。
「それを今知られるわけにはいかん。俺にはこいつが必要だからな。もう貴様と話すことはない。」言い終えると、男の体はくずおれ、剣が地に落ちた。男の黒い剣は消えていた。
私が駆け寄って抱き起すと、男は静かな寝息を立てており、その顔は私の知っているイェリシェンのものだった。
「なんだ、どうしたんだ。」気づくと、人々が家から出てきて来ていて、周りには人だかりができていた。
「おい、大変だ!この男、血まみれだぞ!?」
「なんだこれ、触手か?気持ちわりい」次々とヤジ馬がやってくる。私は馬車馬亭の店主を呼ぶよう頼み、その間にヤジ馬のひとりに何があったかを伝えた。馬車馬亭の店主に同じことを伝え、証拠の化け物が井戸から引き揚げられたころには夜が明けていた。私はその間、男の言った言葉の意味を考えていた。
どうも、ジョンです。いや〜、勢いっていいですね、すらすらと書けちゃう。ずっとこのモチベーションなら半年で終るかも、この物語。でも勢いに任せすぎるのも考え物です。誤字は多いしね。話が支離滅裂だったら教えてください。しかも、九時すぎから書いてたのに一時を大きく過ぎちゃいました。むう、明日(いや今日か?)は一日中眠気と戦うことになるな。まぁ、勝敗は目に見えてますが。
ということで、ずいぶん間が空いたりすぐに続きが出たりと思いっきり不定期な更新をしています私。次の更新は明日か、はたまた一ヶ月後か。それは俺にもわかりません。