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Last Game  作者: じょん
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第六話:旅立つ者と巣立つ者

 眩しさに目が覚めた。以前起きたように、昼前の日差しが窓から差し込んでいた。違っていたのは、窓があけ放たれて、時折吹く快い風にカーテンが揺らめいていることだった。

「目が覚めたか。」声をかけられたほうへと向いた。ベッドの傍らに置いてある椅子に、ヤコブ爺が座っていた。

「ヤコブ爺・・・・・・。あれ、僕はどうしてここに?」

「お主、また記憶喪失か?お主は切られたのじゃよ。」ヤコブ爺は言った。

「切られた・・・・・・!」一瞬にして記憶がよみがえる。村の火事、山賊、頭との決闘。

「あれからどうなったのですか。山賊は?村は?クリスは!?」僕は起き上がろうとして、胸が痛むのを感じ、傷が開きそうになった。

「お主、覚えておらんのか!?」ヤコブ爺は心底驚いた表情を浮かべた。僕はきょとんとした。

「覚えてないも何も、僕は気絶したんですよね?」ヤコブ爺は首を横に振った。そして、僕が切りつけられてからのことを話した。

「僕が、殺した・・・・・・!?」

「その様子を見ると何も覚えておらんようじゃな。お主は急に強くなったうえ、黒魔法まで使いおった。いや、正確には黒魔法で作られた武器を、か」

「黒魔法?」僕は聞き返した。ヤコブ爺は過去のことを思い返す癖でパイプをくゆらせながら天井を見つめたが、いつもの笑顔の代わりに、その顔には嫌悪が満ちていた。

「そうじゃ。昔、黒魔術師と戦った経験があったんじゃが。あれは人の心に恐怖を与える魔法。最も恐れられている魔法の一つじゃ。じゃが、その分非常に扱いが難しいはずじゃが・・・・・・。」と、僕の顔をじろりと見た。

「な、なんです?」僕はたじろいだ。ヤコブ爺はため息をついた。

「つまり、お主は黒魔術師ということじゃな。しかも高位の魔術師のようじゃ。」僕は愕然とした。

「僕が、黒魔術師・・・・・・・?」ヤコブ爺は難しい顔をしてうなづいた。僕はショックで黙り込んだ。

 不意に、外から人の話し声が聞こえた。いや、先ほどから話し込んでいたようだが、ヤコブ爺との会話に気を取られていた上、今まで声をひそめていたようだ。だが、だんだんと議論は激しくなっていた。僕は耳をすました。話しているのはクリスと村人たちだった。

「…は村を救ったのよ!なのに村を追い出すなんて」

「だが、彼は危険すぎる。あれは明らかに危険な男だ」賛同する声が上がった。

「でも、イェリシェンは村を守るために戦ったのよ、それに私たちを襲ったわけじゃないじゃない。」

「今まで襲わなかったからといって、これからもそうだとは限らないじゃないか。」口々にそうだという声が上がった。

 「あの人、怖い。」それは子供の声だった。イェリシェンが村にきて、一番最初に絡んできて、一番イェリシェンと一緒に遊んだ子だった。

 ベッドからはね起き、服を着替える。跳ね起きた時に胸の傷が痛んだが、それを無視した。

「どこに行くつもりだ。」ヤコブ爺が聞く。

「村を出ます。これ以上は村の人にも、クリスにも迷惑がかかります。」ブーツをはき、クリスが僕のためにもらってきてくれた服を見下ろすと、傷とは違う痛みが胸に走った。

「クリスに伝えてください。助けてくれてありがとう、と。」後ろ髪をひかれる思いを振り払い、部屋を出ようとした。

「待て。これを持って行け。」振り返ると、ヤコブ爺が剣を投げ渡した。それはあのダマスカス製の剣だった。

「そんな・・・・・・。受け取れません。」僕は返そうとしたが、ヤコブ爺は頑として受けとらなかった。

「わしにはもう必要ない。おそらく、おぬしには苦難の道しか待ち受けておらんじゃろう。わしはどんな苦難もそいつとなら潜り抜けることができた。今必要なのはお主のほうじゃて。」

「ヤコブ爺・・・・・・。」僕はうれしさで胸がいっぱいになった。

「村を出て分かれ道に出たら、左の道を行け。森を抜けるてしばらく行くと、イグリスという小さな町に出る。町の本道を少しそれたところに酒場がある。看板に馬が書いてある酒場じゃ。酒場の店主にその剣を見せろ。何か手を貸してくれるはずじゃ。」ヤコブ爺はその間一度もこちらに顔を向けなかった。僕は何も言わずに頭を下げ、裏口から家を出た。

 家の玄関口からはまだ言い争っている声が聞こえた。気づかれないのを祈りながら、背後の森に入り、身をかがめながら森の淵を進み、村の出口へと向かった。


「もう、なんでイェリシェンを追い出せなんていうのよ。」結局何も決まらないまま話が終わり、家へと戻る。村人の不安は自分でもよくわかっているつもりだ。あんなにやさしく、少し度胸がない感じのイェリシェンが、あの日だけはちがっていた。私ですら、あのときのイェリシェンにはぞっとした。別人だとすら感じた。

「そう、イェリシェンが光なら、あれは闇・・・・・・。」

 もしかしたら、彼は自分が思う以上に大きな秘密を抱えているのかもしれない。せめて起きてくれたら、話が進むのだけど。

 部屋の扉をノックして、イェリシェンの部屋に入る。部屋の主は起きていないのだから必要ないことだが、これも習慣だ。

 しかし、そこにイェリシェンはいなかった。ヤコブ爺だけが看病用の丸い椅子に座っていた。

「行ってしまったよ。お前に迷惑をかけたくはないとさ。それから、助けてくれてありがとうだそうだ。」私が問いかけるより早く、野後部爺は答えた。淡々と、静かな口調だった。多くの老人がする、あのすべてが終わってった後のため息のような雰囲気を漂わせて。それが余計に頭にきて、ヤコブ爺につかみかかった。

「どうしていかせたの!?きっとさっきの話を聞いていたのね。私がそんなことさせないのに」ヤコブ爺は振りほどこうともしない。ただ悲しそうに首を振った。

「あいつは、お前がまた傷つくことを恐れたんじゃ。」

「私のことを話したの!?」

「ああ。あ奴には知る権利がある。」

「どうして勝手に話したの!?」ヤコブ爺は口をつぐんだ。相変わらず眉根を下げて静かに私を見つめている。

 ややあって、おもむろにヤコブ爺は口を開いた。

「……なぁクリス、お前はどうしたい?」

「どうしたいって? 今はそんな話じゃないでしょう!?」

「いいや、そういう話だ。お前が七歳のとき、お前の親父は行ってしまった。お前は追いかけず、今もこうして帰りを待っている。しかし本当は、ついて行きたかったのではないのか?」

「そんな、こと……」無いとはいえなかった。むしろ幾度と無く考えたことだ。

「イェリシェンは裏の林から出て行った。遠回りだから、まっすぐ村の中を通ればすぐに追いつくだろう。それとも、またここに残るか。お前はもう子供じゃない。自分の道は、自分で選ぶんだ」

ヤコブ爺は、部屋の外、玄関を指差した。さっきは気づかなかったが、足元に背嚢と弓が置かれている。ふと、その脇にある棚に目が行った。小さな鳥が止まり木に止まっている木彫りの彫像がおいてある。

『これははやぶさといってね。鳥の中で一番早いんだよ』

 確か父はそういっていた。助けた村人に、感謝の印として渡されたのだと。あのころの私は幼くて、母はまだ元気だった。季節は冬だったけど、家の中はとても温かかったのを覚えている。私が調子よく薪をいっぺんに入れたせいだ。母はもったいないと怒り、父は自分がまたやればいい、今年の冬は家にいるからと笑っていた。

 玄関に行き、彫像を手に取る。記憶にあったより、なんだかくすんでいる気がする。それだけ、時間がたったということなのだろう。

 部屋を見渡す。小さな家だ。それがイェリシェンがきて、さらに手狭になって、またいなくなって、広くなった。私にはもう、小さな家には思えなかった。


 森をぬけて、街道というより山道のような道へと出た。道を振り返っても村はもう見えない。そのまましばらく歩いて行くと、ヤコブ爺の言っていた通り、分かれ道に出た。

「確か左だったな。」左の道を行こうとして、森の端に動くものを見つけた。

 森から出てきたのは、背の低い奇怪な顔をした異人だった。ゴブリンだ。全部で三体。背が低く、ぼろぼろの獣革の服を着ており、手には錆びついた刃物を持っていた。彼らは奇声をあげて襲いかかった。あわてて剣を抜き去り、最初に飛びかかって来た一体に切りつけた。ゴブリンはナイフでそれを防ごうとしたが、ダマスカス製の剣は錆びついたナイフをやすやすと切り、ゴブリンに手傷を負わせた。

 だが、ゴブリンはそのまま止まらず、僕に掴みかかって来た。僕は引き倒され、ゴブリンは馬乗りになったが、あわてて剣を引き戻していたので、ゴブリンは剣に覆いかぶさる形となり、背中からさざ波模様の切っ先が突き出ていた。

 しかし、ゴブリンに突き刺した剣は引き抜くことができず、二体のゴブリンにたいして無防備になってしまった。ゴブリン達は死体にのしかかられて動けなくなっている僕を殺そうと刃物を振り上げた。僕の旅はここで終ってしまうのか。

 すると、一体に矢が刺さった。突然仲間が倒れたことに驚いた最後のゴブリンは、とっさに矢が飛んできたほうを見やった。それが間違いだった。

 ゴブリンは自分を貫く矢を目の前で見て、脳天を貫かれた。50メートルほど離れた所にクリスの姿を認めた。

 クリスが近寄ってくる間に、何とかゴブリンの体をのけて(ゴブリンは僕の胸にも達さない身長だというのに、妙に重かった)、剣を引き抜いた。クリスは僕の傍らにきていた。

「大丈夫イェリシェン?怪我はない?」剣についた血をゴブリンの服でぬぐいながら答える。

「ああ、大丈夫だよ。」

クリスはそう、というと、僕の顔を平手打ちした。あまりの強さに歯が抜けそうなほどだった。

「なんで勝手に出ていくのよ!私に断りもなく!」

「なんでって、君に教えたら君は引き留めるだろう。それに、きみにはもう迷惑をかけたくはなかったんだ。」

「あたりまえよ、勝手に出て行くなんて許さない。第一、迷惑をかけたくないって言うけど、そういう無駄な気遣いが迷惑なのよ。いい? 私はあなたを助けたの。だから、最後まであなたを助ける義務がある。私も一緒に行くわ。」クリスは一気にまくし立てた。僕は驚いていたが、同時にうれしくもあった。

「なるほど、僕はまだ君の手が必要なわけか。」僕は苦笑した。あれだけクリスにはもう関わるまいと思っていたが、クリスの顔を見てホッとしている自分がいた。

「そうよ、文句ある!?」クリスはまだ怒った顔をし、眉を吊り上げて顔を覗き込んだ。

「ないよ。やっぱり君がいると安心する。むしろぼくがお願いしたい、僕の旅について行ってくれるかい?」

「勿論よ。あなたの記憶が戻るまでは、一緒にいてあげるわ。あなたって危なっかしいもの」クリスはそれだけいうと、ふいと顔を背けた。そしてそのまま大またで歩き出してしまった。

 あわてて僕もその後を追う。それにしても、彼女は何であんなに怒っているのだろうか?

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