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Last Game  作者: じょん
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第二十話:それぞれの道ー3

 僕らは練兵場を後にして、クリスの部屋に来ていた。僕の部屋では話をするのに少し狭いからだ。

 クリスの部屋は僕の部屋の倍以上も広く、豪奢だった。衣装だなに書き物机、暖炉にふかふかの絨毯、背の低いテーブルに二脚のソファー。おまけに隣には浴室があるらしい。……この扱いの差は何なのだろうか。

 僕らは旅のあらましをヤコブ爺に話して聞かせた。自分でも分かるほどにたどたどしい話し方だったが、説明不足のところや僕が知らない部分はクリスが代わって話してくれた。ヤコブ爺はその間、口を挟むことなく、時折小さく相槌を打つだけで静かに聴いてくれていた。

「そうか、そいつは中々波乱万丈な旅じゃったな。わしの冒険には遠く及ばないがの」旅のあらましを聞き終え、おもむろに口を開いたヤコブ爺はそう感想を漏らした。

「どうした、そんな顔をして。何かおかしいかの?」顔に出ていたのだろう、ヤコブ爺がうたずねる。

「なんだか予想していた反応と違っていたから。拍子抜けしてしまって」

「予想していた反応とは?」

「もっと驚くかと。あっちの王様が偽者で、もしかしたら戦争が仕組まれていたかもしれないこととか。あと、その……」

「敵だ人殺しだと罵るとでも? はん、安くみられたもんじゃの」ヤコブ爺は腕を組んでふんぞり返った。

「わしはお前さんたちが想像もできないほどの冒険を数多くしてきたんじゃ。化け物が人に化けるなんて何度も見たし、逆もしかりじゃ。グラムが使った魔術にもおおよそ見当がつく。大体、お前さんが本当は何者だろうが、今はイェリシェンじゃろう。大事なのはそういうことじゃ」そうじゃろ? と笑ってみせるヤコブ爺。いたずら好きの少年のようなその笑みに、自分でも驚くほど肩が軽くなったのを感じた。

「ほら、それより剣を見せてみい。剣が折れたことのほうが、わしには驚きじゃて」ヤコブ爺はぽんとひざを叩くと、さぁと手招きして見せた。僕とクリスは思わず目配せして、小さく笑った。促されるままに僕は剣を手渡した。正確には、剣が包まれている包みをテーブルの上において開いて見せた。ヤコブ爺は王様が化け物だったくだりでも表情を大して変えなかったくせに、折れた刀身を見るや目をむいて剣を手に取った。そういえばさっきも、剣が折れたときだけ大きな反応をしていた。

「おお。まさかお前が折れてしまうとは」ヤコブ爺は光にかざすように剣を掲げた。ヤコブ爺の剣であるダマスカス製の名剣は、グラムとの戦いで刀身の半ばからきれいに折れてしまっていた。

 僕はこの剣に幾度となく助けられた。この剣でなければ切り抜けられなかった場面は数え切れず、それだけに少なからぬ思い入れがある。使い手として一年も満たなかった僕でさえ心苦しいのだから、ヤコブ爺の心中はどれほどだろうと思うと胸が痛んだ。

「ごめん、ヤコブ爺。僕が未熟だったばかりに」

「謝る事はない。この剣はいかなる使い手がどのような使い方をしたとて、刃こぼれしないように出来ておる。そのための一振りじゃ。これは寧ろこの剣を折ってしまうほどの相手の腕と剣をほめるべきじゃろう」ヤコブ爺は剣を一通り眺め終わると、布の上にそっと置いた。

「これ、直す事は出来ないの?」クリスがヤコブ爺にたずねる。

「わからん。少なくとも、その辺の鍛冶屋では絶対に無理じゃな。治せるとしたらただ一人、これを打った張本人だけじゃ」

「その人は今どこに?」

「ツェイスじゃ」

「ツェイス? 聞きなれない名前だけど、サン国にそんな地名あったかしら」クリスが首をひねる。僕もその名前は聞いた覚えがない。

「ツェイスはサン国じゃない。サン国の南の国境を越えたさらに先、砂漠の大オアシスにある町のことじゃ」

「それってどのくらい遠くなんだ?」

「そうじゃのう。大体三ヶ月、といったところ、だったか」

「ヤコブ爺、ツァイスに行った事があるの?」

「ああ、一度だけな。昔、共に旅した仲間がそこの生まれじゃった。そいつと別れるときに、一度だけな。こいつも、そのときに打ってもらったんじゃ」ヤコブ爺は折れた剣に視線を落とした。

「その人は刀鍛冶だったの?」とクリス。

「そうじゃ。剣以外にもいろいろつくっとったがな。そいつは修行のため、サン国に来ていたんじゃが、いろいろあって、わしらと冒険する羽目になっとったなぁ。全く、今思うと不思議な縁じゃったわい」やれやれとため息をつくヤコブ爺。だが、その顔はどこかうれしそうだ。

「じゃあ、その人なら直せるかもしれないんだ」

「あくまでかも、じゃぞ。それに、なにぶん昔のことじゃ。今は違うところにいるやもしれん」

「もう鍛冶屋をやめてることも?」

「それはない。あいつが金槌を手放すのは、死ぬときだけじゃ。そういう奴じゃった。あの時もあいつの金槌のせいで……」

「あーあー、分かった分かった、その話はまた後でね。それで、私の入学のことなんだけど」話が長くなるのを見越して、クリスは強引に話題を変えた。

「そりゃ、入学すべきじゃて。それでな、あいつときたら『金槌を落とした』といって、命からがら逃げ出したドラゴンのねぐらに……」ヤコブ爺は即答し、また話題を戻そうとする。

「ちょ、ちょっと。そんな適当に言わないで、もっと真剣に考えてよ」

「なんじゃい、何が不満なんじゃ。魔法の才能とは、本当に稀有なものなんだぞ。特に一人前の魔法使いともなれば、職にも事欠かん。引く手数多じゃわい。そのチャンスがタダで手に入るというなら、乗らん手はなかろう」

「でも、そしたらまたしばらく村に帰れないし。その間ずっと、またヤコブ爺を一人にしちゃうし」「ほ、まだ村に帰るつもりがあったんか。わしのことなど心配せんでもええ。それにずっと会えないわけでもない。会いたければこうして会いに来ればいいだけじゃ。どうせしばらくはここにいるつもりじゃしの」

「でも……」

「ま、お前のことじゃ。どうしてもすぐに決めなきゃいけないわけでもないのじゃろ? 残って魔法を学ぶか、わしと一緒に帰るか、ゆっくり考えなさい。それまで、わしもここに残ろう」

「ヤコブ爺……」

「で、どこまで話したかな。そうそう、奴が金槌を取りにドラゴンのねぐらに戻ったんじゃが……」

「結局昔話がしたいだけかー!」


 夜。自室に戻った僕は、ひざの上に白い包みを広げていた。

 僕はじっと剣を見つめていた。旅の間僕と共に戦ってくれた剣。僕の目的が終わると共に、役目を終えてしまった剣。物言わぬ剣がもし話せるとしたら、なんと言うのだろう。

 僕はこれを、ヤコブ爺に返す気でいた。だが、折れてしまったものを流石に受け取ってはくれないだろう。直す方法は、ひとつしかない。

「イェリシェン、まだ起きてる?」控えめなノックの音と共に、クリスの声が聞こえた。

「ああ、まだ起きているよ。どうぞ」「お邪魔します。ごめんね、こんな時間に」声を潜めて、クリスが部屋に入ってきた。眠るつもりだったのだろう、ひどく薄着だった。

「かまわないよ。でもどうしたんだい、こんな夜遅くに」クリスに席を譲り、僕はベッドへと腰掛けた。この部屋で二人がある程度くつろぐには、これしかない。クリスは席に腰掛けたが、視線は僕でなく、ひざの上に乗せたままの折れた剣に注がれていた。

「南に行くつもり、なの?」静かな、つぶやきにも似た問いかけだった。

「まだ考え中、かな。いや、君に嘘は通じないな。いくよ」

「いつから?」

「明日にでも、準備を始めるよ。でないと、決心が鈍くなっちゃう。ここは居心地がいいからさ」

「そう」クリスは小さなため息をついた。

「だと思った。イェリシェンなら、きっとそうするだろうって」

「ははっクリスにはお見通しだったか」

「あんなに熱心に訊いてたもの。誰だって気づくわよ」

「それもそうか」

「うん。そうだよ」相変わらず目を僕に合わせないまま、クリスは請合った。

 それから、クリスは何も言わずに、椅子に座り続けた。

「そっか。じゃあ、そろそろ帰るね」どれくらいそうしていただろうか、しばらくして、クリスはゆっくりと立ち上がった。

「うん、おやすみ。また明日ね」部屋を出て行こうとするクリスに声を掛ける。

「うん。また、明日」クリスはそういい残して、部屋を後にした。

 クリスが部屋を出ると、すぐに明かりを消して、毛布に包まった。明日からは準備に忙しくなる。早く寝ないと。

 しかし、その日は中々寝付けなかった。何かいいたげな、あのクリスの悲しげな表情が、どうしても脳裏にこびりついて離れようとしなかったからだ。


「そう、これで、よかったんだ」飲み込んだ言葉の代わりの呟きが、暗い部屋に溶け込んでいく。私は毛布にうずくまりながら、言い聞かせるように同じ言葉を吐き出す。

 これでよかったんだと。わがままで彼を引き止めなくてよかったんだと。自分もついていくと無茶を言わなくてすんだのだと。

 飲み込んだ言葉が漏れでてこないように、身体を小さく丸める。

 夜目になれた部屋は、なんだか妙に広く感じた。それが、子供のころに住んでいた家のようで、私は固く目をつぶった。


 一週間後。準備を終えた僕は、早朝の街路に立っていた。空はまだ白み始めたばかりで、人の姿はまばらだった。運よく南に向かう商人たちがいたので、僕は途中まで同行することになった。

「何もこんな朝早くでなくてもいいじゃんか」大きなあくびをするガウェイン。髪のはね具合で彼が寝起きなのがよく分かる。最近夜に飲み歩いていると聞いたが、昨夜も遅くまで飲んでいたのだろうか。

「無理に見送りにこなくてもいいんだぞ」辺りを見回しながらヘイルが言う。見送るから人がいない早朝にしろ、といったのは彼なのだが、それは黙っておこう。

「気をつけてくださいね。向こうは日差しが強いそうですから、日焼けに気をつけて」マリアさんは手製の軟膏を渡してくれた。日焼けによく効く薬だという。

「全く。別に返してくれんでもよいというておるに。お主も結構頑固よのう」ヤコブ爺は何度目かになるセリフをはいた。

「けじめですから」それに対する僕の返事も同じだ。ヤコブ爺はやれやれとため息をついた。

「だったら、ついでに自分の剣も打って貰え。せっかくのたびだ、何か得て帰ってこんとな」

「はい」

 後ろで隊商の人が僕を呼んでいる。荷物の積み込みが終わったらしい。

「それじゃあ、行って来るよ」皆に別れを告げ、隊商たちのところへ向かう。

「イェリシェン!」不意に、ずっと黙っていたクリスが僕を呼び止めた。振り返ると、彼女はじっと僕を見つめたまま、口を真一文字に結んでいる。そのまま彼女はしばらく何も言わなかったが、僕はじっと待った。

「……気をつけて」しばらくして、彼女はつぶやいた。

「うん。クリスも、がんばってね」僕はうなづき、きびすを返した。それきり振り返らず、僕は南へと旅立った。

 バイト始めました。

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