第二十話:それぞれの道ー2
かざした手のひらから光があふれ出てくる。読み上げる神への嘆願と共にその光は強くなり、照らされた患者の患部を包んでいく。私が詠唱を終えると光も現れたときと同様に薄らいで、そして消えていった。
「おお……」患者の声にゆっくりと目を開ける。確かに折れ曲がってしまっていた患者の腕は、元通りにまっすぐになっていた。
「すごい、痛みもなくなっている。これがパナケインの秘術か」患者が元通りになった腕をまじまじと見ているのを見て、ほっと息をつく。
「これで大丈夫です。でも、治ったばかりですので、あまり無理はしないでくださいね」
「勿論です。しばらく高いところには上りたくないですし」患者は雨漏りを直すのに屋根に上ろうとしておちたのだ。彼は一言私にお礼をいい、簡素なベッドから降りて帰っていった。
担当していた患者が終わったので、次の患者、或いは手伝いが必要な人がいないか辺りを見渡した。
ここは協会にある施療室のひとつで、パナケインの力を借りて治療する法儀室だ。部屋には簡素なベッドが数組、十分な広さをとって設けられており、それぞれに患者が寝かせられ、癒し手が治療に当たっている。
実は協会に所属していても、癒し手を担うものは少ない。癒し手は魔法と異なる力でありながら、同じように使える人間は限られている。そのため協会は癒し手の治療の他に、薬や器具を使った治療も行っている。寧ろ施療はそっちが主で、癒し手での治療が受けるのは稀だ。患者に対して、癒し手のほうが圧倒的に少ないから。
しかし、今日はベッドに空きがあるほどすいていた。手の空いた癒し手もいるようで、まだ治療の終えてない仲間の手伝いをしている。現に、私の隣では二人係で患者の治療に当たっていた。患者は年のいった老人で、癒し手のいない村からきたらしい。いかなる病か、片足が赤黒く変色し、二倍ほどに腫れ上がっている。が、それもだいぶ治りかけてきているようで、色が薄くなってきているし、太さも隣の正常な足ほどになりつつある。
「マリア、今日はもう帰っていいよ」癒し手の一人、リアーナが声を掛けてきた。彼女もちょうど手が空いた様子だった。
「リアーナ、でもまだ患者さんが」
「大丈夫、後は私たちだけでも出来るから。大体マリア一人で今日何人治したと思ってるの。私なんて今やっと一人終わったところよ」
「だったら早く手伝えー」別のベッドから癒し手の抗議の声が上がる。
「じゃあ私も」
「マリアはいいから」手伝おうと向かう私を、リアーナの手がさえぎる。
「力があるぶんたくさんの人を治して疲れたでしょ。それに、あなたは早く帰ってエレンちゃんの面倒を見る義務がある」
「リアーナ……」
「そうよ。後はリアーナが全部やっておくからマリアは早く帰ってあげな」
「そうそうリアーナが」
「ちょっ私だけ!?皆は!?」あわてて他の癒し手たちを見回すリアーナ。あわてたリアーナの様子を、患者さんも含めた皆が笑い、私もそれがおかしくて思わず笑みがこぼれた。
「はぁ。まあそういうことだから、早く帰ってあげなさい」リアーナはいいながら、どこから取り出したのか、小さな布袋を取り出した。
「えっと、これは?」
「クッキーよ。前に治してあげた人が来てくれたの。女の子なんだし、甘いものすきでしょ、きっと。それで仲良くなりなさいな」リアーナはそういうと私の背中を押した。私は何度もありがとうを言って、協会を後にした。
外にでても、まだ外は明るい。正午はとっくに過ぎているけど、太陽は高いところにいて、まぶしい光とぽかぽかした陽気を感じる。これだけ早く仕事が終わったのは初めてかもしれない。いつも日中はエレンちゃんのそばにいられないので心配だったので、皆の気遣いはとてもありがたかった。
「エレンちゃん、喜んでくれるといいな」家への道を歩きながらクッキーの入った袋を見る。お菓子は王都でも高価だ。大抵は贈り物として使われる。サン国では作っているお店も少ないはず。もしかしたら食べたことがないかもしれない。口に合わなかったらどうしよう。
「いや、きっとうれしいはず。女の子はお菓子が大好きなんだから」不安を打ち消すように独り言をつぶやく。そうだ、私だって初めてお菓子を食べたときは転がるほどにおいしかったのだ。エレンちゃんだって喜んでくれるはず。それで少しでも彼女の傷が癒えるきっかけになればいい。
私の家は、町の中心である大きな噴水から程近い、住宅街の一角にある平屋である。隣は酒屋兼宿屋を営むリーコックさんのお店で、昔治療した縁でご飯をご馳走してもらったりしている仲だ。エレンちゃんと一緒に連れてきたロバも、ここの馬屋につながせてもらっている。
「あら、マリアちゃん。今日は随分早いじゃないか」店先で、ちょうどリーコックの奥さん、ジョージナさんが掃除をしていた。
「ええ、今日は患者さんが少なかったので。ジョージナさんはお店の準備ですか?」
「そうよ。休戦になってお客さんが増えたから、最近忙しくて。どう、マリアちゃん、たまにはお手伝いに来ない? お給金弾むわよ」ジョージナさんは不敵な笑みを浮かべて私ににじり寄った。「え、ええ。そのうちに」
「期待してるわ。マリアちゃんが来ると客足が伸びるんだもの」ジョージナさんは目を輝かせている。あいまいな返事だったけど、ジョージナさんにとっては確約したつもりなんだろうなぁ。お手伝いは嫌じゃないのだが、あのウェイトレスの服が恥ずかしいのだ。
「エレンちゃんも手伝ってくれるとうれしいんだけどねぇ。あの子美人さんだから、きっと似合うのに」ジョージナさんはため息をついた。
リーコックさんとの間にお子さんはいないが、ジョージナさんは子供が大好きだ。私がいない間の面倒も、進んで買ってくれている。
「エレンちゃん、今どこにいます?」
「いつものとこよ。今日も朝から付きっきり」ジョージナさんは親指で馬屋を指した。
「今日はお土産があるんです。気に入ってくれるといいですけど」といって、クッキーをひとつ取り出してみせる。
「まぁ、いいわねえ。大丈夫、きっと喜ぶわよ。でも、食べる前に手をあらわせてね。あの子、そういうところ頓着しないから」
私はそこでジョージナさんと別れて、馬屋へと向かった。
今のところ泊まりのお客さんはいないようで、それほど大きくない馬屋はがらんとしている。いつもは馬の体温と汗で生ぬるく、ちょっと臭いにおいがするのだが、それもほとんどしない。
エレンちゃんはその馬屋の一番奥にいた。年老いたロバの頭をなでている。その手つきはとてもやさしく、ロバも気持ちいのだろう、身動きせずに目を閉じている。だがその横顔に表情はない。なのになんだか悲しそうにみえるのは、気のせいだろうか。
「エ、エレンちゃん、ただいま!」なぜかうわづってしまった声にエレンちゃんが気づき、こちらに振り返る。
「お土産持ってきたんだ。おうちで一緒に食べよう?」エレンちゃんは首を左右に振って答える。いつもこうだ。食事以外では一緒にいようとしてくれない。でも、今日の私はめげないぞ。クッキーがおいしいものだと分かったら一緒に来てくれるはず。
「すっごくおいしいお菓子だよ。食べたら病みつきになるかも」私はエレンちゃんの近くに行くと、かがんでクッキーを袋から出した。
とたん、無表情だったエレンちゃんがクッキーを見て表情を大きく変えた。
「あれ、クッキー食べたことあるの?」私の質問に、エレンちゃんは小さくうなづいた。相変わらずクッキーに視線が釘付けで、目を丸くしている。
「おいしいよ。ほら、あーん」クッキーをエレンちゃんの口元に差し出してみる。しかしエレンちゃんは小首をかしげた。
「あ、そうか、あーんがわからないのか。口開けるんだよ」こうやってと、自分で実演してみせる。エレンちゃんはおずおずと、かわいらしい小さな口を開けた。私はそこにクッキーをゆっくり差し入れた。私が口を閉じて見せると、エレンちゃんも口を閉じ、クッキーを小さくかじった。
「どう、おいしいでしょ」小気味よい音を立てて口を小さくもごもごさせているエレンちゃんに笑いかける。次はきっと、笑顔に表情を変えてくれるに違いない。
「え……」そう思っていた私は絶句した。
エレンちゃんは涙を流していた。ぽろぽろ、ぽろぽろ。
「え、え、え。どうしたの、エレンちゃん? おいしくなかった?」エレンちゃんは首を振った。その間も、涙は止め処もなく流れていく。エレンちゃんはそれを、声も上げず、ぬぐうこともせずに流れるに任せていた。私はどうするべきか分からなくて、結局彼女の涙がかれるまでおろおろすることしか出来なかった。
手抜き第二段。早くもまた失踪しそうだからあげて起きます。これ以上開けたらまた忘れ去られそうだし。一応ちょびっとでも読んでくれる人がいるみたいなんで、そのためにも。
あーTRPGやりたい。