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Last Game  作者: じょん
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第四話:襲撃

 ただの火事でないことは、村についてすぐにわかった。あちこちで扉が壊されて、家財が通りに投げ出されている。それに混じって、血まみれの人が何人も地面に転がっている。ヤコブ爺がその一人に駆け寄り、抱き上げるが、やがてゆっくりと地面に下ろした。

「いったい何が……?」呆然としてあたりを見渡す。あたりからは家屋の燃えるにおいに混じって、鼻をつく鉄のにおいがする。あちこちから悲鳴が聞こえる。不意に、近くの家から甲高い悲鳴が上がった。僕は思わずそちらを見たが、動けなくなった。しばらくして、家から血塗りの短剣を持った男が現れた。男は僕に気づき、にやりと笑ったかと思うと、短剣を振りかざしてこちらに向かってきた。

 僕は動けなかった。迫り来る男の、心底うれしそうな顔が、恐ろしかった。

 迫りくる男は、しかし突然飛び掛ってきたヤコブ爺にさえぎられた。

ヤコブ爺は面食らった男の手首をつかんだかと思うと、短剣を握らせたまま男の胸に深々とつきたてた。男は驚きに目を見開き、口から血を吐きながら崩れ落ちた。

「お主はクリスを探すんじゃ。きっとあの子のこと、村の煙に気づいて急いで村に来ているはずじゃ」ヤコブ爺さんは男の胸から短剣を抜きとり、男のすそで血をぬぐった。男の胸からは今も滔々と血がこぼれている。

「おい、聞いとるのか!?」ヤコブ爺の言葉に我に返る。

「ヤコブ爺さんはどうするんです?」のどからは引きつった声を絞り出す。ひどくのどが渇く。

「わしを誰じゃとおもっとる。その辺のごろつきには負けはせん」そういうと、引き止めるまもなく悲鳴が聞こえる方へ駈けて行く。僕は死体の転がる街路に一人取り残された。足元には死んだ男がうつろな目でこちらを見ている。


 とにかくクリスを探そうと村中を走り回った。家々はほとんど火を放たれていて、何人も人が死んでいた。死んでいるのは村人だけで、さっきの男のような見慣れないものは一人もいなかった。

 もしかしたらクリスは村に来ていないんじゃないかと思い始めたころ、先ほどの男と似た身なりの二人に出くわした。一人がこちらに気づき、下卑た笑みを浮かべながらこちらにゆっくりと歩み寄って来た。

 僕は近くの家に飛び込んだ。そこはヤコブ爺さんの家で、壁に飾ってある剣に目がいった。藁にもすがる気持ちで壁に走り寄って剣をつかみとる。振り返ると、男がすでに背後に迫ってきていた。

「うわああああああああ!」悲鳴を上げながら抜きざま薪割りの要領で男に剣をたたきつけた。男はやすやすとそれを防ぐ。

 と、男の目が驚愕に見開かれた。振り下ろした剣は、男の剣をまるで紙か何かのように両断し、その勢いのまま男の頭部の中ほど、眉間の辺りまでかちわった。男が糸の切れた人形のように倒れる。僕には返り血が飛び、剣には脳漿がこびりついている。ヤコブ爺の清潔な家の中に生温かく甘ったるいさび鉄のにおいが広がっていく。

 競りあがってきた吐き気をこらえ、外に出る。先ほどいた男の連れは、死体をあさっているところだった。

「もてあそぶのもほどほどにしておけよ」男が振り返る。だが、声をかけた相手が仲間でなく殺されたはずの村人であるのに気づくと、驚きの表情を浮かべた。

「てめえ、よくもザザを。ぶっ殺してやる。」男がいきり立って襲いかかる。だがその動きは頭に打ち抜かれた矢によって止まった。矢が放たれた方向を見ると、そこにクリスが矢を放ったままの体勢で立っていた。

「クリス!」

「イェリシェン、無事?」クリスは息を乱しながら尋ねた。

「ああ、ぼくは大丈夫だよ。君を探してたところだったんだ。君のほうこそ、血だらけじゃないか!?」

「大丈夫よ、これは……私の血じゃないから」クリスは目を曇らせた。

 クリスは煙を見て村に駆けつけたこと、そこで死に掛けていた村人の看病をしていたことを話してくれた。……それが実を結ばなかったことも。

 死んでいるのには子供たちも含まれている。僕らの間に重い沈黙が流れた。

「そうだ、ヤコブ爺さんを見なかった?」クリスが切り出す。 

「それが、一人で盗賊たちを倒そうと走って行ってしまったんだ」

「それで・・・・・・?」

「それでって?」

「それで、あなたは一人で行かせたの?自分は逃げ惑って、老人に全部任せて?」クリスは初めて僕に怒りの表情を見せた。

「逃げ回ってただなんて。ただ、僕は君が心配で。」言葉尻がだんだん小さくなるのを感じた。クリスは眉を吊り上げた。

「一人で行かせたのね。ヤコブ爺さんはまだ若い気でいるからすぐ無理をするのよ。急いで探さなきゃ。手伝ってくれるわよね?その剣は飾りじゃないもの。」


 僕らは村の中心地である広場に向かった。そこには教会があり、この町で(クリスの家を除けば)唯一の石造りの建物だ。村人が避難するとしたらそこしかない。用心深く進んでいくと、広場に通じる道の入り口に三人男が立っていた。

「私がやるわ。あなたはできるだけ敵を引きつけて」クリスはそういうと、近くの家のかげに隠れた。僕はどう引き付ければいいか分からなかったが、とにかく敵の注意を引こうと敵のいる中へ飛び込んだ。

 自分を鼓舞するように叫びながら一番近くの敵に突進する。相手は不意の攻撃にひるみ、もんどり打って倒れた。残りの二人が僕の存在に気づき、味方が窮地に立っているとわかると、剣を抜いて援護に向かってきた。しかし、上から矢の襲撃を受け、あっという間に二人とも倒された。クリスはいつの間にか屋根に上がっていた。

 僕は起き上がろうとする敵にのしかかり、何度もこぶしで殴った。そのうち、クリスが止めに入った。男はぐったりとし、僕の拳は血だらけで、額に玉の汗が流れているのを感じた。

「もういいわ。もうおわったの」クリスがやさしく言った。

「そう、終わったのだよ」不意に声をかけられた。広場の方から盗賊たちがぞろぞろとやってきた。二十人ほどだろうか。

 二人で相手をすることができる数ではなかった。その中から一人の男が歩み出た。

 鉤鼻につりあがった目。ジャラジャラと首飾りを鳴らし、上等の服を身にまとってはいるがそれは男のいやしさを隠すほどではなく、いかにもお頭、といった人物であった。

「随分と部下をやってくれたな。そんなお前たちに、俺からプレゼントだ。」

男が片手をあげると、子分たちが何かを引きずってきた。こちらに投げられたそれは、ヤコブ爺さんだった。

「ヤコブ爺!」駆け寄ってだきかかえるクリス。ヤコブ爺さんはか細い声で言った。

「すまん。やられてしもうたわ。」頭はイェリシェンたちの反応に満足そうにうなずいた。

「抵抗するな。諦めて、素直に従えば殺しはしない。」クリスはきっと相手を睨んだ。

「殺しはしないですって。あれだけ村人を殺しておいて、よくそんなことが言えるわね。」

「あれは部下が勝手にやったものだ。うちの連中はとにかく荒っぽくてな。略奪より殺しが好きな連中もいる。それに、おれたちがどういうことができるのかの見せしめにもなる。」不意に自分の内側から黒い感情が湧きあがるのを感じた。そして心の中でそれを喜んでいる何かの存在を感じた。僕は剣を抜いて、言い放った。

「僕と勝負しろ、卑怯者。」

「卑怯?何の事かな?」

「一人じゃ何もできないのか。たくさん部下がいないと何もできないのか、腰ぬけめ。」

その言葉が逆鱗に触れたらしい。

「ほう。よっぽど死にたいらしいな。来い、相手してやる。」頭は剣を抜くと、僕を手招き、教会の広場にいざなった。教会には村人たちが縛られ数人の盗賊に囲まれていた。僕も剣を抜く。

「ほう、いいものを持ってんじゃねえか。おめえには惜しすぎる、お前を殺したらおれがもらってやるよ。」

「いいだろう。だが、僕が勝ったら、さっさとこの村から出ていくよう約束しろ。」意図せず言葉画口をついて出ることに内心驚いていたが、それよりも腹の中でふつふつと煮えたぎるような感覚が僕を支配していた。

「いいだろう。」その言葉が言い終わった瞬間、頭はいきなり頭を狙って切りかかった。あわてて受け止める。だが、相手は間髪入れず二の太刀をいれ、かわしきれずに胴を浅く切られる。

「ほらほら、さっきの威勢はどうした?」絶え間なく続く斬撃を防ぎきれず、腕やら肩やらから血が滴り落ちる。頭やその仲間がへらへらと笑っている。僕はもてあそばれていた。

「どうしたどうした? 威勢がいいのは口だけか!」頭の鋭い突きが放たれる。僕は体をねじったが、交わしきれずに脇の肉をえぐられる。

「くそぅ!」何とか反撃しようと、苦し紛れに突きを繰り出した。

「あたらねえよ」頭は剣を横に振るだけで軽々とそれをそらすと、体制を崩した僕に、容赦なく切りつける。

 焼けるような痛みとともに、体から鮮血が飛ぶ。

「イェリシェン!」クリスが僕を呼ぶ声がやけに遠くに聞こえる。痛みは全身から力を奪い、視界がかすむ。血がどくどくと流れているのが耳の中で聞こえる。

 まぶたが重い。

 意識が遠のく……。

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