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Last Game  作者: じょん
31/58

第二十四話:雨

 地上を照らす光が地平線の彼方へと沈み、闇が音もなくにじみ出たころ。冷たい雨が音もなく降り出し、月明かりさえない森の木々の葉を一枚一枚たたき始めた。雨音は少しずつ音量を上げ、やがてあたりは雨の降る音しか聞こえなくなった。だが、耳を澄ませば、ぬかるんだ、泥のような地面を湿った音を立てて歩く音が、かすかに聞こえるのだった。

 体を滝のように流れる雨を感じながら、前方の明かり、森が途切れた先にある、一つの建物に目を凝らした。

 畑に隣接するように建てられた丸太小屋。それほど大きくはないが、かといってみすぼらしいと言うほどでもないその小屋の扉は、少し開いたままになっていて、家の明かりが戸口に立てかけられているピッチフォーク(長い柄と複数の歯をもつ、フォークのような形状をしている農具)を照らしている。

 ゆっくりと、だが、足音を忍ばせることなく建物に歩み寄る。手には既に黒い刃を携えて。途中、戸口までブーツの跡が残っていることに気付いた。足跡はふた組あり、どちらも家の中へと入って行ったのが分かる。しかも泥をぬぐうこともせず、だ。

 戸口から流れる暖かな、だがその中に嗅ぎ慣れた鉄のにおいを感じ、ゆっくりと扉を開けた。

 泥の跡を眼でたどると、部屋の中ほど、ひっくり返った椅子や割れた食器の破片が散らばっているあたりに、うつぶせに倒れている老夫婦二人に行き当たった。赤黒い血が床を濡らし、それはいまだ広がり続けている。こちらに首をのけぞらせて死んでいる老婆の顔は、苦悶の表情に歪められ、醜かった。泥の跡はさらに続き、暖炉の側、膝をついて馬乗りになっている男と、そのわきに立っている男の足元で終わっていた。

 足音に気付いたのか、それとも戸口から入る冷たい湿った空気を感じ取ったのか、立っていた男がこちらを見た。

「なんだ、てめえは!?」男は手にナイフを持ち、こちらに向き直った。馬乗りになっていた男も、あわててこちらを向いて立ちあがった。そいつの手にも小さなナイフが握られていたが、こちらはまだ血がべっとりと付いたまま、拭われさえもされていなかった。

「なんだこいつ、頭でもおかしいのか?」血塗りのナイフを持った男がへらへらと笑いながら隣の相方に言う。

「かもな。だが、見られた以上、生かして帰す訳にはいかねえ!」その言葉を合図に、男たちは揃って襲いかかってきた。

 俺然と構え、間合いに入った刹那、剣をすばやく横にないだ。並んで襲いかかってきた男たちののどがぱっくりとさけ、そこから血が噴き出した。

「あ・・・・・・・あ?」相棒が悲鳴を漏らすことなく、喉元を抑えたまま倒れこむのを横目にしながら、血塗りのナイフを持った男は何が起こったのか理解できないと言った様子でこちらを見た。

「殺しをしたときは、必ず血糊を拭うんだな。」男の心臓に深々と剣を突き刺し、引き抜く。男はもがくことなく命を吸われた。

 暖炉のそば、男が馬乗りになっていたところに目を落とす。そこには娘がいた。俺はその姿を見て、思わず眉を寄せた。

 暖炉の光を浴びて、銀色に光る髪。大きく見開かれた瞳は、左が緑、右が青の非対称。幼いながら、美しく整った顔をしたその少女は、その不思議な色をした瞳を体と同様に震わせながら、瞬きすることなく俺を見つめていた。

「・・・・・・穢れた血か」少女はびくりと体を反応させ、露出した肌を精いっぱい隠すように破れた衣服を掻き寄せた。

「娘、貴様の体などに興味などない。服を取ってこい。いや、先に湯を沸かせ。俺が浴びている間に服と食事の用意をしろ。それと、こいつらの処理もな」少女は返事をせず、言われたことが分からないようにぼうっと俺を見つめた。俺は少女がびくつくのも構わず近寄り、そのか細く、白い首に手をかけた。

「二度も言わせるな。こいつらと同じ運命をたどりたいか」二人組の男を指差す。少女は恐怖に顔を引きつらせつつ、首を激しく横に振った。

「だったら早くしろ」首から手を離す。少女はケホケホと咳をすると、足早に暖炉の右手にある暗い廊下に入って行った。

 少女を見送ると、おれは冷え切った体を少しでも温めようと、転がっている椅子の一つを暖炉の前に置き、そこに座った。テーブルに残っていたパンをかじりながら、不規則に揺らめく炎を見つめる。

 静まり返った部屋に、薪の爆ぜる音と時折パンをむしる音だけが、物悲しく響いた。


 少女は、きびきびと働いた。湯あみを終え、部屋から出ると、出口には服がきちんとたたまれて置かれており、先ほどまで割れた皿や食べ物が転がっていた床はきれいに掃除され、テーブルにはちょうど食べ物が置かれているところだった。

 少女は足音に気付いて、うつむきながらもテキパキと動いていた手を止め、おれをちらと見たが、すぐに顔を伏せ、あわてて準備を終えると、テーブルから後ずさった。俺は少女の手際の良さに少し感心していたが、表情に出さず、静かに椅子に腰かけた。

 目の前に置かれているのは、湯気の立つ豆のスープに日がたってかたくなったパン、木の丸皿に盛られたサラダだけだった。

「・・・・・・これだけか?」横目で少女を睨む。少女はおびえて体を縮めたが、返事をせずにただ首を小さく縦に振るだけだった。

 俺はため息をつき、スープに口をつけた。味はいまいちだったが、スープの熱が冷えて疲れた体を温めて行き、食欲がわいてきた。結局、ものの数分ほどですべて平らげてしまった。

 テーブルから目線を上げ、少女を見る。自然と視線があった。気付いていたが、少女は俺が食事をしている間中じっとこちらを見つめていた。放っておいたのは、単に食事に没頭していただけだったのだが、今はその必要もなくなり、少女に視線を移した。

 少女は目が合うと、あわてて俯き視線をそらした。

「お前、名は?」俺は有無を言わせぬ声音で言った。だが、少女は俯いたまま、首を振るだけだった。

「名前がないのか?」またも首を振る。

「ならなぜ答えない」俺は音もなく立ち上がると、素早く間合いを詰め、少女の首をつかんで壁に押しあてた。

 少女が酸素を求めてあえぐ。俺は手を緩めたが、ほっそりと白い首から離すことはしなかった。

「お前の名は?」俺は静かに、感情のない声で告げた。少女は震えながら口を開いた。

 だが、そこから言葉が紡がれることはなかった。

 俺はすぐにその意味を理解した。なぜ老夫婦・・・の家にいるのか、この家にベッドがふた組しかなく、いすも二脚しかないことも。

 少女を改めてみると、はだけた首筋や手首、その他肌が露出している部分に、細かな傷があることに気付いた。

 俺は少女から手を離した。少女は喉を押さえてコホコホと咳み、俺を見上げた。その目は、次に来る痛みを予期していた。それが妙に癇に障った。

「俺は寝る。部屋には入ってくるな」俺はそれだけ言うと、部屋を後にした。後ろで少女があっけにとられたように見つめているのに気がついていたが、振り返りはしなかった。

 心がざわついていた。先ほどまで、きまぐれで少女を殺そうかとも思っていたのに、そんな気も失せ、いら立ちだけが残っていた。

「・・・・・・何にいらついているのだ、おれは」


 朝が来ても、雨はやむことなく降り続いていた。ガラスの窓から曇天の空を見つめて、おれはベッドから起き上がった。粗雑な服に着心地の悪さを感じながら、ベッドの下に置いておいたカバンをつかむ。それは、昨日のうちに食料その他を詰め込んでおいたものだ。カバンは一番まともなものを選んだが、それでさえ、肩ひもは擦り切れ、革は色褪せていた。

 戸口に立ち、雨降る外を見つめる。雨は昨夜と変わらぬ勢いで、少しもいかないうちに昨日と同じようにずぶ濡れになってしまうのは明らかだった。玄関のわきに、外套が掛けられているのを見つけ、それを羽織る。端はところどころ切れ、そこかしこに穴や切れ目が入っていたが、ないよりもましだった。

 家から一歩前に出ると、途端に雨が体を打ちつけた。外套が多少防いではいたが、空いた穴から入ってきたり、そのまま染みてきたりと、すぐに服はぬれてその重みを増した。俺は足を厩舎に向けた。昨夜、動物の嘶きが聞こえたのを覚えていた。馬があれば旅はうんと楽になるだろう。そうでなくても、荷物を運ぶものは欲しかった。

 厩舎に近付くにつれ、糞の臭いが鼻をついた。中を覗くと、そこにはやせ細った驢馬が一頭、柱に古ぼけた綱でつながれて、足元に敷かれた干し草を食んでいた。

 厩舎に足を踏み入ろうとしたとき、部屋の一角に集められた干し草の山の中から音が聞こえるのに気づいた。

 反射的に剣を出し、干し草に忍び足で近づく。が、すぐに剣を消した。干し草の一部から銀色の髪が見え、音が規則正しい小さな寝息の音だとわかったからだ。

「まだ分裂の影響が残っているのか。小娘の寝息に神経を逆立てるなど、らしくもない」あきれを込めたため息をつき、驢馬に近寄る。

 だが、驢馬は後ずさって俺から離れようとした。俺が手綱をつかもうと手を伸ばすと、後ろ脚で立っていなないた。

 それと同時に、少女は干し草の中から飛び出すように体を起こした。干し草が羽毛のように宙に漂う中、少女は色違いの瞳を等しい大きさにして、驢馬を、そして俺を交互に見た。

 俺は少女を無視して、驢馬に近寄ろうとした。が、驢馬はまたも後ずさりし、鼻息を荒くして頭を振りまわした。その目は落ち着きをなくし、怯えで満たされていた。

 少女はその様子を見て、干し草の山から抜け出ると驢馬のほうへと駆け寄った。少女が近寄ると、驢馬は暴れることをやめた。少女が優しくその首筋をなでてやっていると、驢馬は次第に落ち着きを取り戻していった。俺の目にも、驢馬の恐怖がなくなっていくのを見て取ることができた。俺がもう一度近寄ろうとすると、驢馬はまた鼻息を荒くしていなないた。

「獣も俺を恐れるか・・・・・・」踵を返すと、雨の中へと戻って行った。

 

 厩舎から離れ、やがて農家からも離れて農場を横切っていると、自分の足音、粘土のような地面を湿った音を立てながら歩く音とは別の音が、後ろからついてくることに気付いた。

 振り返り、顔を伝う雨に目を細めてみると、俺と同じ、いやそれよりもボロボロの外套を来た少女が、驢馬を引きながらこちらに歩いてきていた。

 俺は立ち止まり、少女が来るのを待った。少女は歩を速めることもなく、かといって止まることもなく、こちらに歩いてくる。

 少女は俺から数歩離れたところまで来て、足をとめた。そして、大きすぎる外套のフードの下から、見上げるように俺を見つめた。

「なぜ付いてきた」俺は言う。少女に答えるすべがないことを知りながら。俺はいら立ちを隠しもせず、少女に近付いた。少女はおびえた表情をして、一歩あとじさったが、それでも、逃げ出すことはしなかった。

 間合いに入った瞬間、剣を出して少女の首筋にあてた。黒の刃が雪のようなやわ肌にかすかな傷をつけ、そこから血が一筋流れた。そこで少女は、初めて気がついたかのように痛みと悪寒に顔をひきつらせた。もともと色白い顔が、みるみる青ざめてゆく。傷口から、ゆっくりと魂を吸われているのだ。しかも、この魔剣、漆黒剣<夜>は、分裂に大量の魂を使ってしまったために、飢えている。たとい小さな傷と言えども、少女の弱く脆い魂など、たちまち吸い尽してしまうだろう。少女の怯えは驢馬に伝染し、驢馬は逃げ出そうと手綱を強く引っ張った。

 首筋から剣を離し、虚空に消す。少女は膝から下の力が抜けたようにすとんとその場に座り込んだ。

「失せろ」少女を見下ろす。少女は小さな体を震わせながら、俺を見上げた。

 予期していたものと違うものだった。少女は怯えきり、俺についてきた軽率な行動を悔いているだろう。その瞳には、そういうものが浮かんでいるだろう、と。

 確かに少女はおびえ、恐れていた。だが、それとはもっと別の、俺に抱くべきでない感情を、こいつは抱いている。それが何か分からないが、それはひどく俺を不快にさせた。

 俺は少女を置いたまま、歩き出した。心の中のもやもやとした何かが分からないことにいら立ちながら。

 しばらく歩いて、また振り返る。少女はまた、おれの跡についてきていた。

 俺が立ち止まったことに気がつくと、少女も止まった。

 歩き出す。少女も歩き出す。

 俺はもう振り返らなかった。勝手にすればいい。どういうつもりかは知らないが、そのうちあきらめるだろうと高を括って。


 足を止め、感覚を一つ一つ研ぎ澄ませる。

 耳:木の葉をたたく音が森を満たしていて、生き物の存在を告げるものは何一つ感じることはできない。

 鼻:雨のにおいに交じって、腐葉土の香りがかすかに感じる。

 肌:時折枝葉の間を縫って降る雨が体に打ち付ける。服はもうずぶぬれだが、歩いているおかげで寒くはない。足からは、何の振動も伝わってこない。

 目:木の葉の色が少しづつ色づき始めている。森のさらに奥へと続いているけもの道は起伏が激しく、森になれていないものでなければ歩くのは困難だ。

 俺は今、農場のはずれにある森の、奥深くへと入りこんでいた。目的地への近道と言うわけではない。だが、俺が生きていることが知られた今、街道は見張られている可能性がある。面倒を起こして時間を食っている暇はなかった。

 歩き出す前に、無意識に後ろを振り返る。細いけもの道がうねり、森へと消えている。見えるのはそれだけで、他には何も、ついてくる少女の姿もなかった。

 銀髪。そして、左右別々の色をした瞳。それは、この世界において、『穢れた血』と忌み嫌われる者の特徴だ。

 

 こんな話がある。昔、遥かなる昔に、一人の男がいた。そいつは銀髪で、左右違う瞳の色をして、そして酷く醜かった。もっとも、片目は事故ですぐに失ったらしいが。

 そんな姿をした男は、当然人々から気味悪がられた。男は次第に家に閉じこもるようになった。

 久々に人の前に姿を現した男は、おぞましい、怪物をそのわきに従えていた。

 まるで皮膚をつるりと向いたような体に、獣の皮を縫い合わせた人のカタチをしたもの。巨大な目が飛び出している一本足のカラス。人の腕を持ち、義足を履いているコイ。人々は怯え、気味悪がって、以前よりも男に近寄らなくなった。

 ある日、近くに住む少女が花を摘みに男の家の近くに行ったところ、少女が男のカラスに襲われた。命からがら逃げてきた少女は両親にそのことを告げた。娘を襲ったことに激怒し、以前から男を憎んでいた親は、村の者と結託して、化け物を退治することにした。

 男は殺され、化け物の遺体は男と同じ墓に埋められた。そして次の夜、男は甦って村人を襲った。以前よりも醜く、おぞましい姿となって。

 

 よくあるおとぎ話だ。実際にあった話などと、信じている者はいないだろう。しかし、おとぎ話のような姿をして生まれるものは、至極稀にではあるが、生まれてくる。それこそ、百年に一人、国単位の広さで。そうしたものは、その男の子孫だとして、『穢れた血』と呼ばれ、蔑まれる。地域によっては、殺されるものもいるくらいだ。

 あの少女もそうした運命を辿ってきたのだろう。自分を生んだ親には売り飛ばされ、買われた者には鞭を打たれ、同じ食卓で食べることも許されず、眠る場所は臭く、冷たい風の吹きこむ厩舎。

 ・・・・・・何を考えているのだ、俺は。なぜあんな小娘なぞ気に掛ける。たまたま入った家で、たまたま救ってしまった命。ただそれだけのこと。口封じで殺してしまってもよかった。事実、殺そうとした。だが・・・・・・。

だが、殺さなかった。そう、俺は殺さなかった。

 なぜ? 分からない。殺す気が湧かなかった、いや、失せた。少女に刻まれた痛みを見て、気が削がれた。

 それが不思議でならない。なぜ、そんなことで俺は殺意を失ったのか・・・・・・。

 不意に、尾の長い雄たけびが上がった。狼かとも思ったが、もう一度上がった声を聞くと、どうやら野犬のようだ。方角は南西、だが距離は離れている。気にするには及ばない。アングマルの狼ほど巨大なら別だが、野犬になど、後れをとるはずもない。

 止めていた足を進めようと足を上げ、その足が宙でとまる。

 南西と言うことは、これが後にしてきた道だ。ということは・・・・・・。

 かぶりを振り、浮いた足を地につけ、歩き出す。

 だからなんだ。仮に。仮に、まだ追い続けていたとしても、それでどうなろうが知ったことではない。そう、少女が野犬に食われようが、どうでもいいことなのだ。

 俺は歩き続けた。


 エモノは袋の鼠だった。仲間の呼ぶ声に、エモノを見つけたという声に、喜び勇んでやってきてみると、そこには小さなウマと、小さなニンゲンがいた。自分の後に次々と仲間がやってくる。二匹のエモノはあっという間に取り囲まれた。

 皆興奮して息を荒くし、口からよだれを垂らしている。全く、いくら久しぶりの大きな獲物だからって、少しは落ち着きと言うものを・・・・・・。そう言おうとした自分の口からも、べたべたとしたよだれがだらりと垂れて、水たまりに交ざってゆく。

 そう、皆、何日もまともな食い物にありついていない。この森は、自分たちの数に対して生き物が少なすぎる。もうほとんどの生き物は食べつくしてしまったように思う。いるのは、小さなネズミやリスばかり。それでは腹は満たされない。もっと大きな、ニンゲンが飼っている生き物ぐらいの・・・・・・。

 今、それが目の前にある。自分が知っているのとはずいぶん小さく、見た目も違うように思うが、子供なのだろう。子供は小さいが、代わりに肉は柔らかくてうまい。どんな生き物も、大抵大人より子供のほうがうまい。ウマの子供は食べたことはないが、さぞうまいのだろう。

 口の中が、よだれで水浸しになっていく。

 突然、群れの若いオスが飛び出した。何としても一番最初に餌にありつきたかったのだろう。オスは怯えてうろうろしているウマの子供に飛びかかった。

 その瞬間、ニンゲンが木の棒でそいつの頭をたたいた。オスははたき落され、キャンキャンと鳴いて群れに逃げ帰っってきた。

 ニンゲンがウマをくくられた紐を引っ張って引き寄せ、木の棒を体の前に構えた。どうやら、エモノにはキバがあるらしい。

 仲間たちの目つきが変わる。小さいからといって油断していたが、あいつもニンゲンだ。なめてかかると、痛い目に会うのはこっちだ。

 仲間たちは毛を逆立て、きばをむき出しにし、低い声で唸った。そして、じりじりと輪を狭める。ニンゲンはきょろきょろとしながらあとじさり、背中を一本の木に預けた。徹底的に抗うつもりだ。だが、勝負は目に見えている。

 輪はさらに縮まり、隙間がないほどになった。皆の腰が下がる。

 全員が後ろを振り返った。何かが来る。とてつもない何かが来る。全身の毛が逆立つ。何だ、何だ?

 それは姿を現した。ニンゲンだった。ニンゲンのオスだった。

 恐い。恐い、恐い! 足がすくみ、尻尾が股の下に吸いこまれていく。

 なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? わけが分からない。あれは違う、ニンゲンなんかじゃない。カタチはニンゲンだ、でも、あんなのニンゲンじゃない。

 死だ。

 一匹が逃げ出した。そのあとを追って、もう一匹が逃げ出した。もう止まらない。群れが逃げて行く。

 逃げ出した一匹目は、自分だった。


 少女は、持っていた木の棒を落とし、驢馬によりかかった。俺は、ゆっくりと少女のところへ歩いて行った。

 少女の目の前に立つ。少女が俺を見上げる。そこには、先ほどと同じ感情があった。恐怖、そして希望。

 俺は肩の荷物を下ろすと、少女に差し出した。少女は荷物に視線を落とした後、俺の顔を見上げた。

「早くしろ。待ってやるつもりはない」少女が、急いで荷物を括りつける。俺は踵を返して歩き出した。

 少しして、少女が走ってついてきた。俺は歩をゆるめなかった。だが、歩くのはゆっくりだった。少女とがついてこれる速さだ。

 荷物を運ぶやつが必要だった。ただそれだけだ。決して憐れみなんかではない。そんな感情はとうに捨てた。そう、捨ててきたのだ。

 あたりには、俺と少女の足音しかしなくなっていた。

 雨はもう、止んでいた。

 読者のみなさんこんにちわ。じょんです。更新が遅れてしまい申し訳ありません。ですが、その分いつもより多くかけたのではないかと思っております。

 この回で、第二章はおしまいです。長かった。すごく長かった。まさかこんなにかかるとは思っていませんでしたよ、ええ。改めて小説家の凄さを実感しています。ですが、何とかここまで来れました。これもみなさんのおかげです。改めて、お礼申し上げます。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。

 次回は、またなぞの回が挟まります。やっと第2話をやれる。これだけ間があくと、読者が忘れてしまう気もしますが。まあ、気付かれるよりはましかな。

 では、また次回に。

 

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