第二十三話:そしてまた、歩き出す
日がまだ上る前の、肌寒く薄明るい時間だと言うのに、門は行き交う人々で賑わっていた。来たときほどはたくさんの人がいるわけではなく、その顔ぶれも荷馬車を引いた商人たちがほとんどではあるが、人の流れは途切れることなく続いている。
僕は肩にかけた荷物を担ぎなおし、左側の人の波、空の荷馬車を引く商人たちに交ざって朝靄の漂う街を後にしようと歩を進めた。
その歩みは、こちらに近づいてくる足音を聞きつけて緩やかになり、そしてとまった。ゆっくりと振り返ると、息を切らし、背負った荷物を上下させている、クリスがいた。
「クリス」クリスはふふんと笑った。
「あなたが一人でいこうとしてるのなんて、すぐにわかるわよ。イェリシェン、すぐに顔に出るんだもの」
「クリス、僕は」
「分かってる。追うんでしょ、あいつを」クリスは僕の言葉を半ばで遮り、僕の言いたいことを言い当てて見せた。
「なら、どうして」
「どうして? それはこっちのセリフよ! どうして私たちを置いていこうとするの?」クリスはずいと僕に歩み寄った。その瞳は大きく、僕をじっと見つめる。僕はゆっくりと言葉を紡いだ。
「クリス。君は、僕の記憶を探すために、わざわざ一緒に来てくれた。そのせいで君を何度も危険な目にあわせてしまった。けど君は、一言も文句も言わずついてきてくれた。感謝している。でも、僕がこれからする旅は、今までと比べ物にならないほど危険な旅になる。これ以上君を僕のわがままのために危険な目に会わせるわけにはいかない。・・・・・・今まで付いてきてくれて、本当にありがとう」僕は頭を下げると、くるりと向きを変え、人ごみへと歩き出した。
「ちょっと待った」その僕のカバンを、クリスがつかんで引きもどした。
「それで? それくらいで、私たちを置いていけると思った?」クリスがむっとしていった。
「そんなことじゃ、私はあきらめないわよ。私たちは仲間なんだから」
「仲間・・・・・・」
「そう。仲間はそう簡単に別れないものよ。それに、私はこの旅が楽しくて仕方ないの。だからついていく。たとえあなたが嫌と言ってもね」
「クリス」僕はやっとそれだけ言った。それしか言えなかった。なんだか分からないが、胸がいっぱいだった。
耳慣れた、金属がぶつかり合う音が近づいてくるのに気づいて、僕は視線をそちらに移した。
「ほら、もう一人の仲間が来たわよ」クリスが大きなカバンを揺らして走ってくるマリアさんを指差して言った。僕は苦笑して、荷物を手伝いにマリアさんのほうに歩き出した。
「それで、これからどこに行くの?」王都を抜けて、最初の十字路に差し掛かった時、クリスは僕に聞いた。
僕は目をつむり、心を静かにして、精神を集中した。
「・・・・・・イェリシェン?」クリスが僕に声をかける。だがそれには答えずに、僕はさらに精神を集中させ、自分の内側に意識を沈ませた。
「・・・・・・こっちだ」しばらくしてから、僕は左手の道を指した。
「どうしてそっちなんですか?」マリアさんが首をかしげて聞く。
「僕も確信があるわけじゃないんだけど。目覚めてから、何となくだけど、あいつの居場所が分かるんだ。と言っても、方向くらいしかわからないけど」僕は答えたが、実際はそれなりの確信があった。自分の中の一部が欠けている感覚。そしてそれは、間違いなくあいつと一緒にある。
それが何なのかはわからないが。
「それだけわかればいいじゃない。手掛かりがないよりずっとマシよ」クリスは僕の指した道を、ためらいなく歩き出した。
「クリス、信じてくれるのか?」
「当たり前でしょ、仲間なんだから」クリスは首だけ僕のほうを向いて言いながら歩き続ける。僕はそのあとを追うように歩き出した。
「あ、待ってくださ~い」マリアさんがあわててついてくる。僕らは歩をゆるめて、彼女が来るのを待った。
ふと、クリスと目が合う。クリスがニコッと笑う。ぼくは胸の奥に小さな疼きを感じつつ、笑い返した。
読者のみなさん、こんにちは。新しいシステムに戸惑っているじょんです。
前回の描き切れなかった部分ですので、いつもより短くなってしまいましたが、どうかご容赦ください。