第十九話:尋問
兵士たちに連れられてグリーアン城の巨大な城門を通り、城内へと連れてゆかれた僕は、荘厳な装飾が施された天窓や柱、思わず見とれてしまうようなタペストリなどに足を止める暇も与えられず、延々と地下に降りてゆく狭い螺旋階段を下って行った。両脇に兵士が一人づつ、前に数人、後ろに残りがついていた。下ってゆくにつれ、空気はひんやりとして冷たくなっていった。
手枷をはめられたまま、だんだんと湿っぽくなって滑りやすくなる階段をしばらく下って行くと、足もとがたいまつ特有の揺らめく明かりに照らされ始め、階段は終わりを告げて代わりに長い廊下があらわれた。廊下の片側は独房になっているらしく、等間隔に並んだ部屋の扉は樫の木つくりだったが、目の高さに鉄格子がはめられている。廊下の反対側には手前にひとつだけ部屋が設けられていた。
前を歩いていた兵士の一人がその扉に入ってゆく。中で何か会話が聞こえたが、何を言っているかまではわからない。だが、相手はかなり驚いているようで、時折大きな声が聞こえてくる。声が聞こえなくなって間もなくして、入って行った兵士がもう一人の兵士を連れて出てきた。少しほほがこけていて、ひょろりとした体格。手には鍵束が握られている。
彼は兵士に囲まれている僕をちらりと見やった。目が僕と会う。その目は何か、目踏みでもするような目だった。
「オイ、本当にこいつなのか。俺にはどうにもそう見えんのだが」鍵束を持った兵士は自分を呼んだ兵士に訊ねる。
「あなたも人相描きを見たでしょう。これ以上似ている奴なんていないはずです」兵士は答えたが、それはやや上官に接するように丁寧だった。
「確かに人相はそっくりだ。だがな、俺は生まれてこの方人殺しをあきるほど見てきた。そういうやつはな、雰囲気がほかの人間と違うんだ。とくに目がな。まるで獣のような目をしやがる」男はそこで言葉を切ると、僕を不満げに指差した。
「ところがどうだ、こいつは。俺たちの仲間をいくら殺したかもわからないくらいいかれた野郎だというのに、濁るどころか澄んだ眼をしてやがる。俺にはどうにも、ただそっくりな奴を連れてきたようにしか思えてならんのだがな」彼はそういうとまた僕を見つめた。
「とにかく、早く扉を開けてください。こいつが本物かどうかは、これから判断するのですから」
「ハイハイ、分かりましたよ」男はけだるそうに鍵束にたくさんついた鍵を右手の指で一つづつ触っていくと、一つのカギをつかみ、それを反対側の、一番手前の扉に差し込んだ。かちりと音が響き、扉が開いた。
「入れ」後ろの兵士が僕の背中を小突く。僕は言われるまま、部屋の中へと入った。
小さな部屋で、木のテーブルとイスがふた組、部屋の中央に置かれているだけだった。部屋の奥に入っていくと、数名の兵士を残して、扉が閉められた。独房だと思ったが、違うらしい。それとも、この部屋だけが特殊なのだろうか。
「すわれ」先に部屋に入っていた一人が椅子を引き、座るよう促す。僕が座ると、対面に兵士が座った。よく見ると僕を連れてきた兵士ではなかった。
「これから尋問を始める。お前の名前は?」男は唐突に切り出した。
「イェリシェンです」
「違う、本当の名前を聞いているんだ」
「本当の名前? あなたは僕が誰か知っているんですか?」
「お前は自分が誰か知らないと言うのか?」男は鼻で笑った。
「そうです。僕は、自分が誰か知らない」
「ふざけるな!」男は突然、テーブルをこぶしで殴った。
「ふざけてなんかいない。僕は・・・・・・記憶がないんだ」男は威圧するように睨んできたが、やがて、男は自分から目線をそらした。
「そんなもの嘘に決まっている。どこから来た? どうやって? 何のために!」男は矢継ぎ早に質問を繰り出す。ぼくはそれに答えたが、全てうそだと決めつけられ、男は同じ質問を繰り返す。
「どこから、どうやって、どうして・・・・・・」
どれだけの時間が過ぎたろうか。部屋は扉以外に出口はなく、光と言えば机と壁に一つだけともされたろうそくのみで、向かいの相手の顔すらぼんやりとしている。時間が分かるものは何もない。時折僕を尋問する男が代わる時だけが、時間の経過を感じる唯一のものだった。最初の男から何人目かわからない尋問官、はいまだに同じ質問を繰り返してくる。どこから、どうやって、どうして・・・・・・。延々と続く問いに、僕の体力は限界に来ていた。まるで催眠術にでもかけられているみたいに、頭がふわふわして考えることが難しくなってゆく。
「さあ答えろ、お前の名前は?」
「イェリシェン・・・・・・」
「ちがう! お前の名前はそうではないだろ!」男がまたテーブルをたたく。
「なら僕の名前はなんだっていうんだ?あなたたちは僕に何と言わせたいんだ?」僕は同じ質問にうんざりして、投げやりにかえした。
部屋がしんと静まり返った。予期せぬ沈黙にとまどい、うつむいた顔をあげる。その場にいた全員がはっと身を固くし、衛兵たちは腰に下げた剣に手を伸ばしている。僕は彼らとそうしてしばらく睨みあう状態になっていたが、やがて一人の兵士が沈黙に耐えきれず口を開いた。
「それはお前が一番よく知っているだろう、黒の鎧」
「よせ!」仲間の一人がそいつの肩をつかむ。だが兵士は仲間の制止を聞かなかった。
「記憶がないだと? ふざけるな! お前がどれだけ仲間を殺したか、忘れたとは言わせないぞ! ペギー、リン、ブラス、エルベス、カルラ・・・・・・。みんなお前が殺したんだ、みんなお前が!」兵士は突然剣を抜いて飛びかかってきた。あわてて周りの兵士たちが取り押さえ、暴れる仲間をそのまま部屋の外へと連れて行った。
「あいつは仲間の仇なんだぞ!」暴れていた兵士が外で仲間に叫んでいる。そのあとも何か言っていたが、だんだんと声が遠くなっていき、やがて聞き取れなくなった。
気まずい沈黙。だが、すぐにノックの音がその沈黙を破った。
「何だ」尋問官が尋ねる。
「失礼します。その者の仲間だという者たちが、身柄を渡すようにと言ってきているのですが」仲間という単語が僕の耳につきささる。クリス! マリアさん!
「仲間だと? そいつらも牢にぶち込んでしまえ」尋問官が荒々しく告げる。
「それが・・・・・・。追い返そうにも、その一人がどうも協会の人間らしく、しかもヘイル皇子からの正式な公文書を携えているんです」
「皇子の公文書!?」尋問官が勢いよく立ちあがったために、椅子が大きな音を立ててひっくり返った。「はい。何でも、皇子から命じられた任の報告に来たとのことで。・・・・・・如何致しましょう?」
「どうするも何も、従うしかあるまい・・・・・・」尋問官は眉間にしわを寄せている。その顔は、明らかに不満そうだ。
「ですが、こいつを野放しにするわけには・・・・・・」
「分かっている! だが、相手は協会の人間、しかも皇子の公文書まで持っているのだ。下手な動きをすれば、協会と揉めることになる。この戦で、どれだけ我々が協会に借りを作っているか、知らないわけではあるまい。しかしこいつをそのまま返すわけには・・・・・・」尋問官は何やらぶつぶつと独り言を始めた。兵士たちも仲間内でひそひそと話している。その中で一人僕は、疲れ切った頭の隅でやっとここから解放されるのだろうかという淡い期待を抱いていた。だがその期待は早くも崩れ去った。
突然扉が開き、兵士が入ってきた。
「で、伝令!ヘイル皇子が帰還されました!」
「なんだって!?」部屋にいた全員が異口同音に叫んだ。
「本当かそれは!?」
「はい。つい先ほど、二千五百の兵を率いて、遠征から戻られました」
「二千五百!? 残り二千の兵はどうした?」
「まだ詳しいことはわかっていませんが、今回の遠征で千三百の兵が失われたそうです。残りは国境警備の補強に回されました」
「千三百だと!?それだけの兵が・・・・・・」衛兵の中から自分の友人は大丈夫だろうかという声が上がる。
「今回の遠征はかなりの痛手を被りました。ですが、それ以上の損害をアングマルに与えました。推定千五百の兵のほか、ベアハンドの異名を持つグルンベルド、投げ槍のデリシュを打ち破り、アングマル軍は国境付近から自国へと撤退してゆきました!」男が誇るように言い切った途端、部屋の中が歓声でびりびりと震えた。
「追撃は!? 今こそ反撃のチャンスじゃないか!」衛兵の一人が言うと、他の者もそうだそうだとはやし立てた。
「それが・・・・・・ヘイル皇子は追討しようとしたのですが、ガナ皇子が深追いは危険だと判断し、ヘイル皇子を呼び戻したんです」部屋の中でため息が漏れる。
「今こそアングマルを倒すチャンスだというのに・・・・・・。ガナ皇子は戦争を分かっておられない」兵士の一人が呟く。周りの兵士たちが注意するが、彼らもそう思っているらしく、強くは言わない。
「それで、皇子は今何処に?」
「今はガナ皇子の私室にて、遠征の報告をされております」
「ヘイル皇子にお伝えしてくれ。件の人物とおぼしき者を捕えたので、急ぎ確認してほしいと」
「仲間と言ってきているもの達はどうします?」
「彼らも立ち合わせろ。皇子自らが認めたら、やつらは何も言えまい」尋問官は僕に目を向けると、にやりと笑った。
「喜べ、お前の尋問は終わりだ。皇子はお前の顔を見ている。どんな言い訳も通用しないぞ」
読者のみなさん、お久しぶりです。随分と長い間更新せず、申し訳ありませんでした。ですが、夏がやっと終わり、普通の生活ができるはずですので、今週からどんどん更新していきたいと思います。よろしくお願いします。