第十八話:王都グリーアン
村人に別れを惜しまれつつ、グロックを後にしてから一日がたった。王都に近付くにつれて、人の往来は激しくなり、たくさんの馬車が行き交い、地面は轍の跡を無数に残していく。道行く人たちの中には再会を喜び合って手を握り合う者や、道中の話を語り合う者、地方の情勢や作物の出来など情報を交換し合う商人などがいて、街道なのにもかかわらず、まるでイグリスの露店に迷い込んだように人がごった返していた。
「随分と人が多いわね」クリスがずれ始めた荷物を担ぎなおしながらいった。
「こんなに街道がにぎやかなのは初めてだね。さすがは王都と言ったところか」
「それにしたって多くない? 王都に向かう人みんなこの通りに集めたみたいじゃない」
「実際に、そうなんです、よ。王都グリーアンに、入るには、この道からしか、だめなんです」食器や鍋など料理道具をガチャガチャと鳴らしながら僕らの一番後ろを歩くマリアさんが言う。
「どうして? そんなの不便じゃない?」とクリス。
「王都グリーアンは、防衛のために巨大な堀に囲まれていて、西に位置する正門しか出入り口がないんです。だから、東西南北王都に向かう道は、自然と、この道、に、合流、している、です」マリアさんは重い荷物に息を切らしながら答えた。
「マリア、やっぱり荷物減らしてきたほうがよかったんじゃない?」その様子を見て、クリスが言った。
「いえ、もしものための備えは、必要、ですから」マリアさんは首を横に振ったが、今にも荷物につぶされそうだった。
「そういえば、二人はいつの間に仲良くなったんだい?」僕はマリアさんが断るのも構わず、カバンからはみ出している鍋やお玉を抜き取り、自分のカバンに移し替えた。彼女の歩みは僕らと同じほどになった。
「それは・・・・・・ねぇ?」クリスが後ろを歩くマリアさんににやりと笑って目配せした。
「はい」マリアさんもにこっと笑う。
「?」
王都グリーアン。それはサン国最大の街で、国王が直接統べる城下町である。街のぐるりを囲んでいるのは、丘より高い古木ナレスよりも高い城壁。さらにそれを深く、水を満たした堀が囲んでいる。堀の水は川から引いているので、水は清く、飲むことができるうえ、魚もいる。グリーアンはその進んだ科学技術と優れた魔法の業とを掛け合わせ、堀の水を城下まで汲み上げている。これにより城下内での作物の栽培が可能となった。巨大な城壁が城下町まで囲っているのは、そういう理由からである。
川のせせらぎが心にやさしく響く。道のわきには木々が植えられ、建物と調和している。
「ここ、本当に街・・・・・・?」クリスがあたりを見渡しながらつぶやく。ぼくも王都と聞いて、イグリスを整備、拡大したようなものだと思っていた。だが実際は、あたりに緑がそこかしこにあふれ、まるで森にいるような安らぎを覚える。耳を澄ませば、鳥たちの鳴き声に混じって、リスなどの小動物の声が聞こえる。
さらに王都と言うだけあって、イグリスほどではないにしろ、通りには人がたくさんいた。いや、通りが広いだけでイグリスぐらいの人はいるのかもしれない。道行く人たちの話し声がひとつの音楽のように通りを満たしている。
「まるで森の街だな。静かでありながら、騒然としている。まるで通りだけが街のような・・・・・・」僕らは人の波に流されながら、街を歩いた。人であふれかえるというほどでないにしろ、流れが途切れることはなく、あたりの風景に見惚れて突っ立ってられるような状態ではなかったからだ。
街を歩いていると、ふと通りの反対側で、一斉に声が聞こえた。そちらに目をやると、袖の長いローブに幅広の帽子、それに杖を携えた者たちが一斉に遠くの的に向かって呪文を唱えていた。
彼らが呪文を唱えた瞬間、的に向かってかざしていた彼らの右手が光ったかと思うと、こぶしぐらいの火の玉が現れた。
「凄い、魔法使いだ。」僕は立ち止まって二人に反対側を見るよう促した。僕が通りの反対側を指差すと、ちょうど火の玉が手から放たれて、的に向かって飛んでいくところだった。
「おお!」
「わあ!」
「すごい!」僕らの驚きの声にほかの人の声も混じる。僕らと同じように幾人かが立ち止まって魔法使いが使う魔法を眺めている。どうやらこれは市民にとって一種の見世物にもなっているらしかった。
飛んで行った炎はすべてがまっすぐ的に向かっていったわけではなかった。たいていは的の半分の距離までしか飛ばず、失速して地面に落ちたり、途中で形が崩れて消えてしまったり、まっすぐに飛ばないでカーブを描いて、的には当たらないものもあった。
ただ一つだけ、消えたり形が崩れることなくまっすぐ飛んでゆく火球があった。それは的の中心にきれいにあたると、藁で作られた的に火がついて燃え上がった。観客と化している僕ら道行く人たちからおおと言う声が上がり、的に当たらなかった魔法使いたちもあてた者をほめたたえた。
「うむ、さすがは首席のアーネだ。皆、彼女を見習ってもっと魔法を磨くように」魔法使いたちの後ろに立っていた、ローブの上から赤い腰帯を身に付けた教師らしき人物が、魔法をうまく使った生徒をさした。観客から拍手が起こる。するとその魔法使いは優雅なし草でこちらに振り返ると、ローブの裾を持ち上げて宮廷風のお辞儀をした。
誇るようにお辞儀から体を起こした時、顎がツンと上がって帽子で隠れていた顔が見えた。金色に輝く髪に白い肌、つりあがり気味の眉は細く長いが濃く、僕らに小さくほほ笑んでいた。
「凄い、女の人なのにあんなに魔法を使いこなすなんて。僕らと同じくらいの年じゃないかな」
「なんか高慢な感じ」クリスが口を尖らせる。
「そうかな。礼儀正しくて良い人だと思うけど」
「あれは絶対そういうタイプよ。私だって、五十メートル先の的なら外さないんだから」
「魔法と弓は違う気が・・・・・・」何を張り合っているのだろうか。マリアさんが僕の肩をそっと叩き、耳にそっとささやいた。
「クリスはイェリシェンさんが彼女をほめるから気に食わないんですよ」
「へ?どうして?」
「それは」マリアさんが再びささやこうとする。
「ちょっと二人とも、何こそこそしてるの?」クリスが咎めるように僕らを睨む。
「いや別に何も・・・・・・」と答えようとしたその時。
「オイお前!」突然声をかけられ、振り返ると、街の衛兵がいつの間にか周りを取り囲んでいた。
「動くな。抵抗すれば殺すぞ」彼らは槍の穂先を僕に向けて構えている。僕は何が何だか分からなかった。衛兵は明らかに僕を敵視しており、よく見ればやりを構える手が震えている。声をかけてきた男を見ると、表情に恐怖の色があった。
「あの、僕が何かしたんでしょうか?」僕は尋ねずには居られなかった。衛兵たちは異様に緊張しており、僕がまるで今でも飛びかかってきそうな猛獣であるかのごとく、槍を出来得る限り伸ばして穂先を突き付けている。
「き、貴様がまさか堂々とやってくるとは思っていなかったが、そうやって他人のふりをするつもりか。そんな手が通用すると思ったのか」衛兵はわめいた。
「ちょ、ちょっと待って。一体何のことなのかさっぱり・・・・・・」
「うるさい!とにかく、本物かどうかわかるまで牢獄にぶち込んでやる」衛兵たちは全く耳を貸さなかった。それどころか、僕を槍で囲んでいた衛兵の後ろで控えていた一人が、突然叫びながら槍を突き出してきた。
僕はとっさに身をかわしたが、あまりに突然だったために穂先はほほを掠め、鋭い痛みが走った。反射的に腰に手を伸ばす。今まで何度も何の前触れもなく戦いになっていたので、その行動はもはや当たり前になってしまっていた。しかし、今回はそれが災いした。
「剣を抜くぞ!」
「取り押さえろ!」衛兵が一斉に槍を突き出してきたのだ。幸い、既に迎え撃つ状態になっていたので身を伏せてかわしたものの、そのまま槍が振り下ろされた。槍が突き出された時点で抜いていた剣でそれを防ぐも、数人がかりでは耐えられるはずもなく、次の瞬間には地面に叩き伏せられていた。さらにほかの衛兵が槍を突き出そうと身構える。僕はもはや袋の鼠だった。
「やめて!」クリスが衛兵たちの間を縫って僕の前に飛びこんできた。
「イェリシェンが何をしたっていうのよ!?いきなり襲いかかってきたのはそっちじゃない!」
「なんだ女、こいつの仲間か?」衛兵はクリスにも穂先を突き付けた。
「仲間と言うのなら、貴様も・・・・・・」衛兵たちはずいと槍を突き出す。
「やめてくれ!!」僕は必死になって叫んだ。途端、衛兵たちがびくっとして槍をひっこめた。
「わかった、言う通りにする。だが、その人は関係ない。連れていくのは僕だけにしてくれ」僕は衛兵たちを刺激しないようゆっくりと、息を吐くようにいった。手に握りしめていた剣を地面に置き、戦う意思がないことを示す。衛兵たちはじりじりと僕に近付き、僕の両手を縄できつく縛った。僕の両腕の自由を奪うと、まだ槍を油断なく構えてはいるものの、先ほどの緊張感が少し緩和された。
「イェリシェン、やっぱり私も・・・・・・」
「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから」
「行くぞ」衛兵の一人が手首に縛った縄の先を持ち、僕を引っ張る。僕はつんのめって転びそうになったが、何とか踏ん張ってこらえ、歩き始める。逃げられないように衛兵が僕を囲んでいる。衛兵に連れられて歩く僕を通りの人々は誰がつかまっているのかと首を伸ばして僕を見る。
こうして僕は、捕らわれの人となった。
お久しぶりです。
あまりにも遅れてしまったのでとりあえず上げたって感じです。