第十七話:宴の中で
ぱちぱちと乾いた木が爆ぜ、火の粉が夜空へと舞い上がる。下火になった焚火から上がるそれは、まるでほたるのようにはかなく、すっと星空に溶けて行った。
火の粉を追って夜空を見上げた視線を下げ、辺りを見渡す。宴は消えかかった焚火と同じように静まり返り、皆酔いつぶれて寝てしまっている。時折小枝が折れるような乾いた音が焚火から聞こえる。
村長の家でマリアさんの治療を受け、外に出てきた僕らを待っていたのは、歓声だった。村人たちが半円になって入口を取り囲んでおり、僕らは突然囲まれてしまっていた。
「な、何!?」びっくりしておもわずクリスは言った。歓声を上げる村人達の間を縫って、小さな老人がひょっこりと現れた。
「いやはや、驚かせてすまない、旅人がた。いや、村を救ってくれた、英雄の方々。今日わしらは、不幸にもまたオーガの襲撃を受けた。だが、たまたまこの村に来た旅人に村を救ってもらった。わしらはそなたらを英雄と呼び、夜毎に子供に話して聞かせ、語り継ぎましょう。」
「英雄だなんて・・・・・・。僕にそんな資格は・・・・・・。」言いかけた言葉を村長が遮る。
「謙遜なさらずともよろしい。そなたは村を救ってくれた。そのことに、わしらは感謝しておるのじゃ。のう、皆の衆。」村長は僕らを囲んでいる村人たちに振りかえった。村人たちはうんうんと頷いている。
「わしらはそなたらにお礼をしたい。そこで皆で考えた。何かわしらでできることを。そこで、これを作ることにした。」そう言って老人は後ろの村人に視線を送った。すると、村人たちがさっと道を作り、布にくるまれたものを重そうに持っている数人が前に出てきた。彼らが僕らの前までそれを持ってくると、村長は布を取り去った。
それはこの村を見事に再現した銅の置物だった。ただ違うのは、中央に大きなオーガの像が立ち、その足元には弓を構えて戦うクリス、後方で傷をいやしているマリアさん、そして・・・・・・。
「分かりますかな?ここにいるのがあなたです、イェリシェン殿。」村長が指差した場所、オーガが驚きの表情を浮かべているその視線の先。民家の屋根に、オーガに飛びかかろうとしている僕の姿があった。
「時間がなかったもので、かなり大まかに造ってしまったのじゃが、今度はこれのもっと大きいのを作って、街に飾ろうと思っておる。クリス殿、そなたの父の像の隣にな。」
「父の像があるんですか!?」クリスはまたも驚いて言った。
「あたりまえじゃ。そなたの父はこの村の最初の英雄じゃぞ。村人全員で三年がかりで作った。まだ見ておらんようじゃから、後ほどゆっくり見てもらおう。その前に・・・・・・。」村長は群衆に道を開けるように指示し、僕らに通りが見えるようにさせた。通りには、うずたかく積み上げられた薪が中心に据えられ、それを囲むようにして丸太を横にした椅子が設置されている。薪のすぐ近くにはテーブルがあり、その上に、豆のスープや、鳥を丸ごと焼いたのや、キノコと野菜をとろとろに煮込んだシチューなどを入れた大皿やなべが、所狭しと置かれていた。
「今夜は宴じゃ!存分に飲み、食べ、騒いでくだされ!」村長が高らかに言い放つと、村人たちはおおっと声を上げてこたえ、僕らの手を取って丸太に座らせると、皆食べ物や飲み物を僕らに突きだした。
「さぁ、食べてください!」村人の勢いにたじろぎつつも、促されるまま料理に手をつける。
「どうです?」
「とても美味しいです。」わあと歓喜の声を上げる村人たち。
「旅の方、今宵はたくさん楽しんでください。」
「あなたは俺たちの英雄だ!」
「屋根から飛び降りるなんて、さすが英雄は違うなぁ」次々と村人が押し寄せては僕に賞賛を浴びせ、食べ物を手渡す。薪にはいつの間にか火がつけられ、大きな炎が空に向かって立ち上っていた。しばらくして数人が焚火を中心に踊り始めると、次々と人が加わっていき、そのうち僕らも連れて行かれ、見よう見まねで踊りをした。皆一様に満面の笑みを浮かべて僕に笑いかける。
その笑顔が、痛かった。
焚火は当初の勢いを失い、小さな篝火となっていた。暗がりにぼんやりと見える黒い塊は、酔いつぶれて寝てしまった人たちだ。
その後ろには、倒壊した家に頭を突っ込んでいるオーが伸したいがあった。
足音に振り返ると、篝火を背に歩いてくる人影が眼に入った。
「クリス・・・・・・。」クリスは千鳥足で僕のところに来ると、隣にどっかと腰をおろした。
「のんでるぅ〜?いぇりしぇ〜ん?」ろれつが回っていなかった。
「酔ってるね、クリス。」
「酔ってるにきまってるでしょう?どれだけのまされたとおもって・・・・・・。」不意にクリスは言葉を詰まらせ、手で口を押さえた。
「だ、大丈夫?」僕は彼女の背中をさすった。彼女は背中を丸めて耐えている。しばらくして、彼女は体を起こした。
「だ、大丈夫。ありがとうね。」
「いや、これくらいのこと・・・・・・。」
「違うわ、さっきのことよ。私が逃げなかったから、屋根から飛び降りたりしたんでしょ。」クリスは急にまじめになって切りだした。
「それは、ただあれくらいしないとあいつは倒せないと思ったからだよ。」僕は本心で言った。だがクリスは、本心の裏を見抜いていた。
「そんな無理して倒す必要はなかったでしょ。村の人は逃げてたし、あなただってあいつは死んだものと思ってたから、逃げることだってできたじゃない。」鋭い。ここまで鋭いと、本当に酔っているのか疑問に思えてくる。
「イェリシェン。私は心配なの。あなたはやさしい人。それはすごくいいことだけど、いつかあなたは、その優しさで死んでしまう気がして、すごく怖いの。
「今日だってそう。たった一人でオーガ達と闘って。私だって戦えたのに・・・・・・。」
「あれは君が危ないとおもったから・・・・・・。」
「私は役に立たないってこと?」クリスはむくれて顔を近づけた。白い柔らかそうなそのほほが、ほんのりとあかくなっている。
「ク、クリス、近いって。」あわてて距離を置く。これ以上そのほてった顔で近くにいられたら、どうにかなりそうだ。
「近いと何か問題でもぉ?」そんな気持ちを知ってか知らずか、クリスはにじり寄ってせっかく開けた間を詰め、息がかかるくらい近くに顔を近づける。ほほにかかるクリスの息は暖かく、アルコール特有の鼻を突くにおいがした。
「な、ないです・・・・・・。」僕はいつになく押しの強いクリスにたじろいでいた。
「ならばよろしい!」クリスは満足し、体を起こした。僕はほっと胸をなでおろしたが、どこかでそのことを残念がっている自分もいた。
「もっと・・・・・ても・・・・・・。」クリスはぼそりと何かをつぶやいたが、僕は聞きとれなかった。
「え?なんだい?」僕はクリスに聞いたが、クリスは答えない。
「クリス・・・・・・?」返事がない。どうしたのかと思っていると・・・・・・。
「・・・・・・すー・・・・・・すー・・・・・・。」小さく寝息を立てていた。どうやら寝てしまったらしい。
「随分と寝付くのが早いな・・・・・・。ここで寝たら風邪ひくよ、クリス。」軽く肩をゆする。が、全く起きない。仕方なく、彼女の背中と足の下に手を回し、抱き上げた。
「とと・・・・・・。思ったより重いかも・・・・・・。って、聞かれてたら起こるだろうな・・・・・・。」そうひとりごち、今日泊めてもらうことになった村長さんの家に向かう。
扉は幸いにも開いていて、苦労することなく家に入ることができた。部屋の中は暗くてわかりにくいが、外で闇に目が慣れていたので、案外すんなりと客間へ行けた。
村長さんの客間は一つしかなく、二つしかないベッドには、すでに先客がいた。マリアさんだ。何とかベッドまでたどり着いて力尽きたのだろう、行き倒れのように顔が枕に埋もれている。扉をあけっぱなしにしていたのも多分彼女だろう。ということは、それだけ彼女も飲まされたのだろうか?
ともかく入り口にずっと立っているわけにもいかず、空いているベッドにクリスをそっとおろした。そのままだと窒息しそうなので、体を何とかあおむけにし、毛布をかける。クリスにも毛布をかけようと振り返る。
「ん・・・・・・。」背後でクリスが小さく身じろぎする。寝ている彼女はあまりにも無防備で、可憐だった。いつものしっかりとした彼女とは思えないほどはかなく、かよわげで触れたら壊れそうなもろさを感じさせる彼女の寝姿をみて、自分がしたことに改めておぞ気が走った。
僕はクリスを殺そうとした。僕じゃない僕がそれをしようとしたことは、覚えていなくても感覚が告げている。
「皮肉だな・・・・・・。僕ほど英雄に遠い存在はないだろうに・・・・・・。」
人を救うどころか、守るべき人に手をかける。それのどこが英雄だろうか。あと少しで僕は、取り返しのつかないことをするところだった。あれだけ心に固く誓ったのにもかかわらず、僕はまたあの男に頼ってしまった。その結果、危うくクリスの命を奪うところだった。
クリスが寝返りを打つと、髪が顔にかかった。僕は彼女の顔に手を伸ばし、髪をさっと払った。
少し赤みがかっているのに、澄んだ色をしている茶色の髪。だが、今は長旅に痛み、本来の輝きを失っている。それだけ厳しい旅を、彼女は僕とともにしてくれている。
次にあいつに変わったとき、僕は抑えられる自信がない。そのとき僕は、クリスを・・・・・・。
「・・・・・・君をどう説得しようか・・・・・・。」僕は小さくつぶやいた。
「ん・・・・・・。」クリスが寒そうに体を丸めた。そっと毛布をかけると、足音を忍ばせて部屋を後にした。
どうも、締め切りを守らないジョンです。もはや謝罪や反省が何の意味もなしていません。会社だったら首ですね。
作者の力量次第ですが、既に二章は佳境に入っており、余すところ数話ほどだと思います。あともう少し、気合を入れなおして挑みたいと思います。