第十四話:足跡
彫刻の村、グロック。そこは人口が百にも満たぬ小さな村だが、王都から約一日ほどの距離であるのと、何より腕のいい彫刻職人が多数いることから、数多の商人や旅人が足を運ぶ、国でも有名な村だ。
「彫刻職人の半分はグロック出身」と謳われるほど腕のいい職人を輩出するグロック村は、今まで村で一番と認められた職人たちが作った銅像が村のいたるところに置かれており、それを見に来る観光客もいるくらいである。
が、しかし。
「こ、これは一体・・・・・・。」僕はその村の有様を見て、言葉を失った。それほどまで、クリスに聞かされた村の様子とは異なっていた。
建物はあちこちがひび割れ、壊れており、通りのいたるところで銅像のがれきが転がっている。人々はみな陰気な顔をしてがれきを片づけており、中には包帯を巻いた人も見られる。僕らが村に入ってきても、疲れた瞳が一瞥するだけで、すぐに中空に視線を漂わせてしまう。
僕らがぼうぜんとあたりを見回しながら村の中に入っていくと、一人の老人が声をかけてきた。
「あんたら、旅の人かい?」頭に包帯を巻いた老人は、曲がった体を杖に預けながら、ゆっくりと近づいてきた。
「はい。王都に向かう途中でこの村に寄ったのですが・・・・・・。」僕はあたりを見回して言った。
「一体何があったんですか?これじゃあまるで、襲撃にでもあったみたいだ。」
「この村はオーガの襲撃を受けたんじゃ。」
「オーガ!?」クリスとマリアさんは同時に叫んだ。通りにいた村人が、その言葉に体をこわばらせた。老人は悲しげにうなづいた。
「左様。つい昨日のことじゃ。突然、オーガがやってきて、この村に自分の銅像を建てろと言いだした。無論、わしらは反抗し、追い払おうとした。じゃが、オーガには歯が立たず、逆に反撃されて家を壊され、銅像を打ち砕かれた。そして奴はあろうことか、村のシンボルである英雄アーサーの像を溶かし、今日までに自分の像を建てろと言いおった。」
「そんな・・・・・・。無理に決まっているじゃない!」クリスは怒りのこもった声で言い放った。
「王都には救援をおくったのですか?」マリアさんが尋ねる。
「若い者はみなけがを負ってしまったから、年寄りが行くことになった。一人向かわせたが、この村は馬を飼っているものが少なく、その馬でさえやつに食料として持って行かれてしもうた。援軍が来るのはしばらくかかるじゃろう。どちらにせよ、今日までに間に合うはずもない。」老人は村を見回し、ため息交じりにつぶやいた。
「こんな時、エナデイルがきてくれたらのう・・・・・・。」
「エナデイル!?」クリスが突然大声を出した。
「ねぇ、それってもしかして、『疾風のエナデイル』?」クリスは自分でも信じられないという風に老人に訊ねた。
「なんじゃ、お主。エナデイルと知り合いか?」老人は目を丸くして言った。
「知り合いも何も、エナデイルは私の父です!」
「なんじゃと!?もしやそなたの名は、クリスか!?」
「ええ、そうですけど・・・・・・。」
「なんと!?よもやエナデイルの娘がこの村に来ようとは!?」老人は驚きもあらわに言った。その声を聞きつけて、建物や通りから人が集まってきた。
「エナデイルの娘だって?」「どこだ、どこだ。」「おい、エナデイルの娘が来たらしいぞ。」村人は続々と押し寄せ、僕らは瞬く間に囲まれてしまった。
「これじゃあまともに話も出来ん。ひとまず、うちに来なさい。」老人はあわてていい、僕らについてくるようにしぐさで伝えると、人の波を押し分けながら村で一番大きな建物に向かっていった。
「どうする、イェリシェン。」クリスが僕に言った。
「どうするも何も、これじゃあどうしようもない。とにかくあの人の話を聞こう。村を襲ったっていう、オーガの話も聞きたいし。」僕はそう答え、先頭に立って人ごみの中をかき分けて行った。
家の中は見た目通り広く、柱や梁、壁、暖炉など、いたるところに彫刻が施されており、建物全体が彫刻であるかのような印象を与えている。
村人たちはさすがに建物の中までには入ってこないが、出てくるのを待っているらしく、騒がしい声が入口あたりから聞こえてくる。
「村の者が迷惑をかけたの。」老人がコップを盆に載せて部屋の奥から現れた。コップからは湯気が出ており、どこか安らぎを感じさせるにおいが漂ってきた。
「皆、エナデイルに会いたがっておるんじゃ。かくいうわしも、彼に会いたい。」老人は大きくはないが、淵や側面にさまざまな獣や木々が森の中でいこう様子が彫りこまれたテーブルに盆を置き、僕らに一つずつ渡すと、大きな座りごこちのよさそうな椅子に深々と腰かけた。肘掛には鷹をあしらった装飾がされている。コップを握ると、凹凸が感じられ、見てみると妖精が楽しげに跳ね回る姿が彫られている。
「一体、父はこの街で何をしたんですか。」クリスは受け取ったコップに口もつけず、たまりかねたように言った。
「エナデイルはこの村を救ってくれたんじゃよ。」老人はポケットからパイプを取り出し、火をつけはじめた。
「村を救った?」クリスは聞き返した。老人はパイプに火がつくと、煙を吹かした。
「実はの。十年以上前にもオーガがこの村にやってきたことがあったんじゃ。それも一匹や二匹ではない、やつらは大挙してこの村に襲いかかったんじゃ。」老人は一息つき、煙を深々と吸った。そしてゆっくりと紫煙を鼻から吹き出した。
「そのときやつらを追い払ったのがエナデイルじゃ。彼はたまたま村に土産を買いにやってきていた。じゃが、オーガが村に大挙として襲ってくるのを見ると、臆することなく単身でやつらに切り込んでいったよ。その姿は、今でもありありと思い出せる。巨木のごときオーガのむれの中、小さな人間が一人立ち向かっていく様を。」老人は目を輝かせて言った。そのさまは、まるで子供が昔話を聞いている時のそれだった。
「彼はその二つ名の通り、オーガが密集する中を、一つの攻撃も掠めることなく、同志討ちをさそった。さらにやつらの膝を砕き、脛を割り、腱をたたき切った。オーガはたまらず逃げだしたよ。後には十数匹のオーガの死体が転がっておった。もしやつらが逃げ出さなければ、全滅させていたろうよ。」
「信じられません。たった一人で、オーガを、しかも十数匹も倒すなんて。」マリアさんはおもわずつぶやいた。老人ははっはと笑った。
「わしもその場に居合わせなかったらほら話だと笑って、信じなかったろうよ。だが、わしはしかとこの両目で見たし、この手でオーガの死体を埋めたよ。埋めたところは、今も村のはずれに丘として残っておる。」老人は言葉を切り、クリスをじっと見つめた。
「あの、私の顔に何か?」
「いや、彼はよく自分の妻と娘のことを話していてな。この村に来たのも、家で自分の帰りを待ってくれている家族に土産を買いに来たんだ、と言っておったのを思い出したわい。いやあ、しつこいほど妻は美人だ、娘は妻に似て可愛いと、聞いてもいないのに村中の人間に言いふらしておった。」老人は懐かしげにクリスを見つめた。昔あった孫娘を見つめるように。
「じゃが、確かになかなかの娘じゃないか。彼が言うのもうなづける。」クリスは顔を赤らめた。
「彼は元気かの?」老人が当然の質問をした。僕はクリスがびくっとからだを固くしたのに気づいた。ややあって、クリスがくるしそうに口を開く。
その時、誰かが扉をたたいた。老人が入るよう言うと、一人の男が入ってきた。
「村長、エナデイルの娘さんに渡したいものが・・・・・・。」男は布にくるまれたものを大事そうに抱えていた。
「次に来たときに渡すはずだったんですが、彼はあれから一度も来なかったもので・・・・・・。」男はクリスにそれを手渡した。クリスは予期せぬ重さに、思わず落としそうになった。
「是非、ご覧になってください。」クリスは言われるまま、布を取り払った。
「・・・・・・!」クリスの息をのむ音が聞こえた。
布の中から現れたのは、一人の女性の像だった。草花が咲き誇る野原に立つその女性は、両腕に幼子を抱えている。銅像は手の大きさほどしかないのにもかかわらず、表情までわかるほど精巧に作られていて、幼子をやさしく見つめている女性は、クリスにとてもよく似ていた。
「いやあ、出来上がるのに五年もかかりましたよ。何せ村を救ってくれた英雄ですから、手を抜くわけにはいきませんからね。あ、別に他の人は手を抜いているわけじゃないですから。あれ、どうしたんです?」
クリスは銅像を胸に抱き、顔をうつむかせていた。男は自分が何か失礼なことをしたのかと、おどおどしている。マリアさんも老人も、クリスがどうして泣いているのか分からず、声をかけるべきかもわからず、僕の顔を見る。この場でクリスの涙の意味を知る者は、僕ただ一人だった。だが、僕は首を振ることしかできなかった。
ふがいなかった。クリスのために、僕ができることは何もなく、ただ手が白くなるほどこぶしを握りしめていただけだった。
突然、扉が勢いよく開け放たれた。
「村長!オーガが!」
どうもみなさんお久しぶりです。自分の都合で二週間も休んでしまい、申し訳ありませんでした。久々に書いたので前より下手になった気がしてしょうがないですが、すぐに前くらいになり、それを追い越して行きたいと思います。いつもと比べて短いですが、その分次の更新に反映できるよう頑張るつもりですので、ご容赦を。